日本文化の特徴を見ていくとき、禅の考えを見ていかなければなるまい。

 禅の心は過去や未来から解放され、今この瞬間に心を向ける自由・自在な心の状態を指す。私が日頃から心がけている「一行三昧」の精神である。前回のブログで幾つかの日本文化の特徴をあげてきたが、昔ベネディクトが日本文化を「恥の文化」と喝破したが、日本人の私が見れば、恥じの文化と断じたことに」少し的外れ観をもった。それは彼女が感じたほど日本人は恥をそれほど重くは考えていないと思えるからである。

 私は昨晩、夜中目覚めてしまい日本文化の特徴を暗闇の中でずっと考えていたがこ、恥じの文化でなければ一体何だろうと八十路のぼけた頭で考えていた。そして、新幹線が1分遅れただけで車内放送で謝った事実や相撲の横綱が立ち合いで変化すると横綱らしくないと批判を受ける事実などを考えると、ここに重要な日本の特徴がある、気付いた。

 それは禅の深い内省力に根拠を持つ、「らしさ」の特徴、分かり易く表現すると、「人間の生き様」の特徴があると気付いた。鉄道マンには到着時間を正確に守る鉄道マンらしく、鉄道マンとしての生き様であろう。横綱も真正面から堂々と受けて立ちそして勝つ、こんな横綱の生き様を日本人は期待している。先生は先生らしくあれ公務員は公務員らしく、あれ。

 来日外国人が規律正し日本人の日常生活を眺めていて日本人には一定のルールがあると感じたそうだが、案外日本人の中に私の主張する「らしさ」や「人間の生き様」の特徴が存在するとすると、外人の主張も的をえていると言えるのかもしれない。

 私は嬉しかった。倒れかけの八十路のよぼよぼの頭にでも素晴らしい考えを授けてくれる。少し賢くなったようで、神に心から感謝が生まれた。有難いことである。頑張って生きていればこんな嬉しいことも経験できるのだ。