脳梗塞で1カ月以上も入院を余儀なくされ、様々学ことがあった。

 ➀ 紛れもなく私の人生で最悪の経験である。何よりも辛かったのは、正月越えだった。去年の12月に入ると、ここで正月を迎えなければならないのかと考えただけで、無茶苦茶焦った。密かに、目論でいた12月退院の夢が脆くも崩れたからである。落ち込んだ。毎日訪ねてくれる妻が心配してくれた程である。

 ② 身体に不自由があると、嫌でも「人の情け」に気づく。看護婦さんには頭が下がる。彼等は真のプロである。献身的に病人に尽くしてくれる。丁寧な言葉遣いで忍耐強く対応してくれる。有難かった。そんな目で眺めると、医者は言うに及ばず、リハビリの先生達、部屋の掃除に携わる方、モップを掛けてくれる方、食事のは配膳してくれる方、等々 多くの人の善意で私の生活が支えられていることを、改めて気付く。これらを通じて仏教の教えの深さを再確認できた。

 私はキリスト教も少し齧って、新約聖書も、旧約聖書も1回は読んでいる。キリスト教と比較してである。

   仏教の基本役考えである「三法印」一つとっても分る。三法印とは簡単に言うと「諸法無常」「諸法無我」「涅槃寂静」を指す。人間を根源から把握しようとしている。だから、西洋文明で満たされないが外国人の多くの人が、禅宗に惹かれる人が絶えないのも頷ける。三法印をどうかきちんと調べて、且つ、理解して欲しい。私の話を納得してもらえると思うからである。

 人間不自由になって、見えてくることが確かにある。法印とは真理の印のことである。人間の縁にも本当の理解が得られた。縁の本当の意味も理解できたとも思っている。日本人の武器の一つは深い内省にある。これが、日本の宝である「侘び・寂び」に繋がる。思考は次々と連想が繋がる。人間とは面白い存在である。しかし、「三法印」に立ち返ると無駄をしても、と思う。それよりも、神に今日一日無事だった感謝が先だと考えてしまう。