物騒な標題に、「何?」と思われる方もあろうが、私は永年、「俯瞰視する力」で日本史を眺めてきた。このお陰で、に日本人のこれまで発明してきたものの中で最大の発明品は「仮名文字」の発明だと気付いた。文明の受容国である日本が先生役の中国に比してそれ程大きな劣等感も抱かず歴史を刻んでこられた、または中国の属国に陥らなかった最大要因が「仮名文字」にあると考えてきた事は既に述べてきた。漢字と仮名の併用は、微妙な心理の表現を可能にし、日本人のメンタルに多大の影響を与えてきたはずである。これに加えて、文明の受給国の宿命である今迄積重ねてきた改良や改変する力と相まって今日の日本を築いてきた。更に、禅宗の深く内省する力が加わり、日本を特徴づける「詫び・寂び」を産み出した、と考えている。

 さて、表題にもどろう。俯瞰視からもう一つ見えてきた特徴が日本人の狂気である。歴史上、時々垣間見れて面白い。

 日章旗を踏まれても、侮辱されても、激昂して反撃をしようともしない、礼儀正しい、節度持った日本人歯をゆく思うこともあるかもしてないが、私は心配はいらないと考えている。何故なら、日本人の中に、よい意味でのこの狂気を見ているからである。

 狂気の一例を挙げよう。神風特攻隊・人間魚雷である。これは正に狂気そのものである。真珠湾攻撃も、古くは、仏教伝来時も、鹿鳴館時代も、日本全体が一丸となって事に当たっきたから、何とか乗れ超えられたのだろう。

 現在は、トランプのエゴにより常識が砕かれ、混乱が増した大変な時代である。

 今こそ武市首相の下に結集して乗り超えなければならない。評論家も含め、背後から打つ事があってはならない。弱肉強食という文字も散見されるようになった危うい時代に突入したのである。良い意味での日本人の狂気を発揮すべき時である。私はそう考えているが、いかが。