- 加藤 廣
- 明智左馬助の恋
「本能寺」三部作完結編。明智光秀の娘婿である明智左馬助が主人公です。
「信長の棺」、「秀吉の枷」の前2作と比べると、スケールは小さく、明智家の家族の物語という感じがします。
歴史の謎解き的な面白さには欠けていますが、明智左馬助が魅力的な人物として描かれているので、小説として、悪くはありません。
「本能寺」三部作完結編。明智光秀の娘婿である明智左馬助が主人公です。
「信長の棺」、「秀吉の枷」の前2作と比べると、スケールは小さく、明智家の家族の物語という感じがします。
歴史の謎解き的な面白さには欠けていますが、明智左馬助が魅力的な人物として描かれているので、小説として、悪くはありません。
「動物園のエンジン」「サクリファイス」「フィッシュストーリー」「ポテチ」の4編が載せられた短編集です。
軽妙な会話と、練られたストーリー展開で、特に、二十数年前・現在・三十数年前・十年後と、過去・現在・未来が交差する「フィッシュストーリー」、人のいい泥棒を主人公にした「ポテチ」の後半の2編が面白く読めました。
タイトル通り、自分の体で実験した科学者10名の話です。
内容は以下の通りです。
「あぶり焼きになった英国紳士たち」~人間はどれくらい高温の空気に耐えられるのか(ジョージ・フォーダイス)
「袋も骨も筒も飲み込んだ男」~食べ物はどうやって消化されるのか(ラザロ・スパランツァーニ)
「笑うガスの悲しい物語」~麻酔法の発見(ホレス・ウェルズ、トマス・モートン)
「死に至る病に名を残した男」~ペルー特有の原因不明の熱病の謎を解き明かそうと自分の体に菌を感染させた(ダニエル・カリオン)
「世界中で蚊を退治させた男たち」~黄熱病の感染の仕組みを解明(ジェシー・ラジア)
「青い死の光が輝いた夜」~ラジウムの研究(キュリー夫妻)
「危険な空気を吸いつづけた親子」~炭鉱、海底、高山など特殊な環境で働く人々が安全に呼吸できるようにしたい(ホールデーン親子)
「心臓のなかに入りこんだ男」~世界で初めて心臓カテーテル法を成功させた(ヴェルナー・フォルスマン)
「史上最速の男」~スピードと減速Gの限界に挑戦(ジョン・ポール・スタップ)
「ひとりきりで洞窟にこもった女」~隔離された環境下で人間にはどんな変化が生じるのか(ステファニア・フォリーニ)
キュリー夫人以外は有名な人ではありませんが、それぞれの分野で、「限界」や「原因」を追究した人たちです。
好奇心・探究心が強いこともさることながら、それ以上に人の役に立ちたいという思いで、自分の体を実験台にしたわけで、中には命を落とした人もいます。
あとがきでは、サナダムシを体内で飼った日本の藤田博士も触れられています。
タイトルや表紙から受けるイメージと違い、真面目な研究者たちの本です。
「水晶の夜、翡翠の朝」「ご案内」「あなたと夜と音楽と」「冷凍みかん」「赤い鞠」「深夜の食欲」「いいわけ」「一千一秒殺人事件」「おはなしのつづき」「邂逅について」「淋しいお城」「楽園を追われて」「卒業」「朝日のようにさわやかに」の14の短編が収められています。
それぞれ関連はなく、発表された雑誌や時期もばらばら、ショートショートもあります。
正直言ってどれもあまり出来がいいとは思えませんでした。
試作品を推敲しないまま発表したような感じの作品もあります。
とくに「一千一秒殺人事件」は素人が稲垣足穂のマネをして書いたような作品だし、ショートショートはアイデアが平凡でした。
5年ぶりの短編集ということですが、それがこれではファンを減らすと思います(個人的にはこれまでは「本が出たら必ず読む小説家」のランクだったのですが、これからは「よほど評判のいい小説だったら読む小説家」に格下げです)。
漱石の前期三部作の最初の作品。
熊本の高等学校を卒業し、大学に入学するために上京した小川三四郎が主人公。高等学校の教師をしている広田先生とそこに書生として住んでいる同級生の佐々木与次郎、同郷の先輩である物理学者の野々宮とその妹、そして三四郎が想いを寄せる美禰子といったさまざまな人と出会い、成長する教養小説です。
三四郎は三つの世界~母のいる故郷熊本、野々宮や広田先生のいる学問の世界、美禰子のいる華美溢れる世界~が自分の前にあり、どこに自分の居場所を求めるのかを考えます。
文体は読みやすく、またユーモアに溢れており、日常の生活や事件を描いたものですが、古さも感じさせず、楽しく読めます。
「サニーデイ」「ここが青山」「家においでよ」「グレープフルーツ・モンスター」「夫とカーテン」「妻と玄米御飯」の6編が収められています。
「サニーデイ」はネットオークションにハマった主婦、「ここが青山」は会社が突然倒産して主夫になった男、「家においでよ」はインテリア好きの妻と別居して自分好みの家にインテリアを変える男、「グレープフルーツ・モンスター」はパソコン入力の内職をしている主婦、「夫とカーテン」は突然カーテン屋を始める夫、「妻と玄米御飯」はロハスに目覚めた妻と著者らしき小説家を主人公とした小説です。
それぞれ悪くはないですが、「夫とカーテン」の主人公が無邪気で楽天的な男で、「イン・ザ・プール」「空中ブランコ」の伊良部医師を連想させて一番楽しめました。
奥田英朗はやはりこういう男を主人公にした小説が一番だなと思います。
「家においでよ」も男の理想(ちっちゃいですが)の生活をうまく描いています。
著者は実験心理学者ということです。
「第1章 脳はうぬぼれ屋」「第2章 脳は感情的」「第3章 脳にモラルなし」「第4章 脳はだまされる」「第5章 脳は頑固もの」「第6章 脳は隠し事がお好き」「第7章 脳は意志薄弱」「第8章 脳は偏見まみれ」というのが目次です。
脳については、他にも類書はあり、特に目新しいことが書かれているわけではありません。
軽い読み物にするには適当なテーマだと思うのですが、訳がよくないのか、著者の文章のせいなのか(たぶん後者のような気がします)、読んでいて「だからどうなの?」と反発を感じてしまいます。
著者が二児の母親で、子どもや夫をイントロに使ったりすることや女性であることを前面に出すような書き方なのもちょっと馴染めない感じでした。
スティーブ・ベリー, 富永 和子
米国司法省のスパイを辞めてコペンハーゲンで古書販売の仕事を始めた主人公が、かつての女性上司ステファニー・ネレを狙った強盗事件に巻き込まれ、テンプル騎士団の遺産を巡る争いの渦中に入るというストーリーです。
題材は悪くないはずなのですが、登場人物に全く共感が持てず、遺産を巡る謎は読者には解きようがなく、最後まで読み通すのが苦痛でした。
登場人物のなかでも、主人公の元女性上司が最悪の性格で、傲慢なアメリカ女性そのものです。また、テンプル騎士団の人々もとても宗教人とは思えない俗っぽさでした。
ヨーロッパを舞台にして、キリスト教誕生の謎を解く物語というのがアメリカ人には受けるのかもしれませんが、とにかく安易なストーリー展開・人物造型の小説です。
司法試験界の「カリスマ塾長」である著者による「時間術」の本。
著者も述べているように、必ずしも「効率的」に時間を使うための本というよりは、その目的や過程についても考え、時間の「質」についても述べた本です。
とはいえ、基本的には著者の体験に基づいたハウツー本で、どれだけ参考となるかが価値となる本でしょう。
こうした本は他にも多く出ているので、内容的には他で読んだものと重なる部分がほとんどです。
印象に残ったところは、1ヶ月や1年あるいはより長期のスケジュールを立てることと予備日を作ることなどで、これも読んだことはあるやり方ですが、司法試験受験や今の仕事のやり方の体験に基づいた著者の書き方には説得力がありました。
著名な宇宙物理学者である著者による科学技術の危険性への警告の書です。
核の脅威のほかバイオやナノテクの発展による技術の暴走、個人によるテロ、巨大物理実験による宇宙規模の災厄など、科学技術の発展に関して過度に楽観的と思われる現状に対しその危険性を述べています。
後半は、こうした偶発的な事象を含む人類(または生物全部)の絶滅回避には、宇宙への進出が必要と述べています。
過度に悲観的になって進歩に歯止めをかけることはないと思いますが、確かに、こうした危険はもう少し重視すべきかもしれません。
現状では、危険を伴う科学技術に対して、科学者以外の目から規制をかける体制にはなっておらず、知らないうちにそうした技術が暴走してしまう可能性は否定できないということを認識しました。
目次は以下の通りです。
「第1章 プロローグ 二十一世紀に現れる新しい脅威の正体」
「第2章 人類を不老不死にする技術が人類を滅ぼす?」
「第3章 二十世紀で人類は終わりかもしれなかった」
「第4章 だれでも世界を滅ぼせる時代」
「第5章 人類滅亡を招くテロを防げるか」
「第6章 破壊的技術の誕生を防ぐため科学をやめる?」
「第7章 小惑星の衝突で文明が消滅する確率」
「第8章 人間の活動は地球に何を引き起こすか」
「第9章 科学実験が宇宙を破壊する?」
「第10章 哲学的思索が予見する人類の寿命」
「第11章 「科学の終焉」はどのように訪れるのか」
「第12章 人類は特別な存在か」
「第13章 宇宙進出が人類の保険になる?」
「第14章 エピローグ 二十一世紀の地球は全宇宙にとって特別だ」