奥田 英朗
町長選挙

精神科医伊良部先生が主人公の3作目です。
短編が4つですが、本のタイトルとなっている「町長選挙」以外の3作品は、誰でも知っている実在の有名人が俎上に上ります。
「オーナー」では「ナベマン」こと「ナベツネ」が、「アンポンマン」では「アンポンマン」こと「ホリエモン」が、「カリスマ稼業」では「白木カオル」こと「黒木瞳」が。
それぞれ面白いのですが、実際のモデルのキャラクターが強烈なのと、やはりあまりムチャな性格には描けないからか、インパクトは弱い感じがしました。
「町長選挙」では、伊良部先生の無邪気なキャラクターが炸裂して、しかもハッピーエンド。
次に映画にするのはこの作品がいいですね。

恩田 陸
チョコレートコスモス

演劇を主題にした小説です。
主人公の佐々木飛鳥は「天才」ではありますが、超常的な話ではなく、演劇というもののチカラ、演じるということの凄さが描かれています。
出演者にはすごい演技力が要求されるので、映画化はなかなか難しいと思いますが、この小説を映画に出来れば面白いと思います。
タイトルの「チョコレートコスモス」は花の名前で、チョコレート色のコスモスに似た花だそうです。

http://www.yonemura.co.jp/zukan/zukan-f/naiyou/choco-cosmos0.htm
「コスモス」=宇宙ということで、演劇空間あるいは役者自身を表しているようです。

大鹿 靖明
ヒルズ黙示録―検証・ライブドア

雑誌「アエラ」記者による「ライブドア事件」のノンフィクションです。
ニッポン放送買収騒動が前半のメインですが、フジテレビの沿革などについても触れている分、ライブドア自体についての記述が少ないような感じがします。
特に突っ込んだ取材はなく、報道された内容のおさらいという感じでした。
村上ファンドの村上氏はあまり良くは書かれていませんね。

伊坂 幸太郎
陽気なギャングが地球を回す

映画化を機に文庫本版を読みました。
伊坂幸太郎の3作目です。
最近の若干主張めいたことが感じられる作品も悪くはありませんが、粋な会話と面白いストーリー展開を追求した本作品は伊坂作品のなかでも出色だと思います。
伏線もすべて活かされ、ちょっとした超能力も違和感なく話に溶け込んでいます。
お洒落なギャング小説です。

伊井 直行
青猫家族輾転録

「失われた10年」である1990年代をなんとか生き延びた50歳の主人公とその家族を巡る物語です。
語り口は悪くないし、石田衣良の「40翼ふたたび」ほど甘い展開でもないのですが、それでもなんとなくハッピーエンドなところにちょっと違和感を感じます。
30年前に死んだ叔父に語りかけるという形式ですが、その叔父がぼくにはあまり魅力的ではありません。
全体として悪くはないのですが、「だからどうなの?」という感じは残ります。

岩波 明
狂気の偽装

著者は臨床医として多くの診察を行っている精神科医です。
安易にPTSDやアダルトチルドレン(あるいはトラウマ)という言葉が使用されることについては、その本来の意味を説明し、「疾病への逃避」やカウンセラーによる「偽りの記憶」などを指摘しています。
また、福島章氏の「殺人者精神病」や森昭雄氏の「ゲーム脳」など、ジャルゴン(わけのわからない言葉)やネオロギスムス(言語新作)として厳しく非難しています。
本書の目的は、著者が「はじめに」で書いているように「精神疾患に関する『ファクト』を明らかにすること」で、その目的はある程度達成できているように思います。
ただ、後半部分では、症例の紹介が延々と続き、前半の迫力が削がれているような感じがしました。
第1章「偽りのPTSD」第2章「トラウマ狂い」あたりが(タイトルからもわかるように)一番伝えたかったことなのではないかと思います。
PTSDは生命の危機に瀕するような経験の後起こるものであり、家族関係の問題で起こることはありえないこと、「アダルトチルドレン」の概念は何にでも適用可能な危険な概念であること、など、どうもすっきりしないと思っていた言葉について専門家の立場からそのおかしさを説明してくれています。
精神疾患については、玉石混交で様々な本が出ていますが、この本は読んで理解の深まる本だと思いました。

加藤 廣
秀吉の枷 (上)
加藤 廣
秀吉の枷 (下)
「信長の棺」と同じ解釈をもとに秀吉を主人公に書いた小説です。
この本能寺の変の解釈は、「信長の棺」で詳しく書かれているので、本書では、それを前提として物語は進み、ミステリーの色は薄くなっています。
「信長の棺」ではあまりいい印象のなかった秀吉ですが、本書では、晩年を除くと好人物として描かれており、また晩年のある種錯乱も故あってのことと描かれています。
「解釈」中心で中途半端なミステリーとなった「信長の棺」よりも、秀吉の人間性を竹中半兵衛の死から後を描いた本書のほうが小説としては面白いと思いました。
同じ「解釈」をもとに「光秀のXX」「家康のXX」という小説も書いてもらうと更に世界が拡がるのではないかと思います。
梅田 望夫
ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる

次の10年への3大潮流は「インターネット」「チープ革命」「オープンソース」であり、そのインパクトが閾値を越えた結果、リアルの世界では絶対成立し得ない「3大法則」がネット世界では発展を始めた。
第1の法則は「神の視点からの世界理解」、第2の法則は「ネット上に作った人間の分身がカネを稼いでくれる新しい経済圏」、第3の法則は「(≒無限大)×(≒ゼロ)=Something」。
ネットの「こちら側」と「あちら側」。
こうした観点から、グーグルとマイクロソフト、Web2.0、ロングテールとアマゾン・ドットコム、ブログと表現、オープンソースとマス・コラボレーションなどを解説していきます。
シリコンバレーに在住し、「はてな」の取締役を務める著者は、その変化の渦中に居続けて、肌で感じているだけに、ジャーナリストの解説本とは違って、実感として世界が大きく変わっていることを伝えようという熱意が感じられます。
「あちら側」では世界が日進月歩で変わっていっているのがわかるとともに、自分の年ではビジネスとしてのWeb2.0にはついていけないのではないかという寂しさも感じます。
今の若い人たちには、ちょっと気付けば刺激的な世界があるということを、この本を読んで感じてほしいなと思いました。

スティーヴン・レヴィット, スティーヴン・ダブナー, 望月 衛
ヤバい経済学 ─悪ガキ教授が世の裏側を探検する

スティーヴン・D・レヴィットは、シカゴ大学の著名な若手経済学者。スティーヴン・J・ダブナーはベストセラー作家。2005年に半年で100万部売れたベストセラーです。
「日常生活から裏社会までユニークな分析で通念をひっくり返します」という触れ込みですが、分析自体にはそれほどユニークさは感じません。
回帰分析など通常のツールを使っただけですが、著者も書いているとおり「面白い問題を見つけることが大事」であり、またその問題提起は、米国の通念からすれば内容は斬新なのかもしれません。
なかでも、米国で犯罪が減った大きな理由として、中絶の合法化を挙げているのは、確かに物議をかもすものだと思います。
インチキをするインセンティブやヤクの売人の経済状況、KKKと不動産屋の共通点などもそれぞれ面白かったですが、子育て(=人種問題)に関しては、力が入っているわりには、遺伝学者や脳科学者の分析に比べて独自性は感じられませんでした。

石田 衣良
眠れぬ真珠

45歳の独身女性版画家の咲世子と28歳の新進映像作家の素樹の恋愛小説です。

舞台は逗子の披露山庭園住宅地、素樹と出会う前に咲世子が付き合っていたのはプレイボーイの画商、とお洒落な要素満載で、主演黒木瞳ですぐにでもドラマ化されそうです。

ですが、更年期障害を抱え、容色の衰えを感じ、今後の人生をひとりで生きることを不安に思い、ひと回り以上年下の素樹と、いずれ別れると思いながらも恋の歓びに幸福を感じ、その瞬間を大切にしようとする咲世子の思いは、男性の私にもよくわかる感覚です。

もちろん、作者の石田衣良も男性ですから、だから男性の心に訴えるという要素もあるのでしょうが、女性の描き方もおそらく女性から見てもよく描けているのではと感じるほど、ほんとに上手です。

「40翼ふたたび」ではあまり共感できませんでしたが、この小説では、女性主人公に素直に共感できます。

「今このときを逃さないようにしよう。今日は明日よりも、いつだって一日だけ若いのだ」という思いは年を取れば取るほど大事なのではないかと思います。

小道具もおしゃれで、ふたりが出会う「リキッドカフェ」で流れていた映像はカトリーヌ・ドヌーブつながりで「シェルブールの雨傘」と「ダンサー・イン・ザ・ダーク」、咲世子が泣き明かしながら聴くのはホイットニー・ヒューストンではなくてリンダ・ロンシュタットの「アイ・ウィル・オールウェイズ・ラブ・ユー」。

久しぶりに泣ける小説でした。