自殺の多くは他殺 | ぽたらか

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ぽたらかは20年の歴史を閉じます

「自殺の9割は他殺」の著書監察医の上野先生は、自殺者を追い詰めた犯人はいるという意味で多くは他殺であるといわれたが、今の警察は他殺=事件にすると面倒なんで、自殺にするにはいくら何でも無理があるだろうという事件までも自殺で片づけてしまうらしい。

 

20年前、野宿者協同組合ぽたらかを立ち上げた時、病院から追い出された多くの身寄りのない病人が転がり込んできた。診療情報もないし、主治医も決まっていないうちに急死するという事案が増えて困った時があった。救急車を呼べば、必ず漏れなく警察がやってくる。遺体は監察医務院に送られ、その場にいたものはまるで毒でももったかのような扱いを受けて尋問される。

 

仲間なのだから葬式をしてやりたいと思って、遺体を引き取りに行けば、出入りの葬祭業者が持って行ったという。「私が身元保証人なのだから、当方で引き取るとあれほど言ったでしょう!」と抗議すればその業者と話し合ってくれと突き放される。業者は警察に棺から納体袋まで納めているので、遺体を引き取るなら棺代と輸送料を払えだとぬかす。その額なんと9万5千円!!棺なんか卸屋で買えば1万5千円で済むのに。葬祭扶助費もらっても、ド赤字。でも、こちらも意地なんで金払って引き取ったこと数回。

 

今は監察医が少ないのに不審死が多くて、さばききれず、みな事故自殺にしてしまうらしい。恐ろしい世の中になったものだ。警察に運ばれた遺体が1週間経っても帰ってこなくて、今日監察医が署に来る日なのでと連絡があり、死体検案書をもらったら、すぐ連れて帰ろうと軽トラック(?)を横づけして待っていたら、白衣の監察医がバタバタとやってきて、安置室の前で遺体の情報を書いたものをちらっとみると、「ああ、85歳ね。病死病死…。」と遺体の顔も見ないで踵を返して去っていったことがあった。そんなものだ。

 

私は元時衆で居住していた寺は江戸時代に処刑場があって、金瘡医(外科医)がおり、検屍官もやっていたらしい。その寺には現存すれば最古の解剖図『腑分け図』があったはずだ。

 

中国の宋の時代は法医学が進んでいて翻訳された法医学テキストは江戸時代には日本全国の同心検屍官が御上の御用を務めるためにバイブルとしていたという。

 

江戸時代の方が警察力はすぐれていた。