3年前にここを失踪した歩行困難の男、帰ってくる。
たぶん、当たり屋だったのか、交通事故で足が硬直したまま曲がらない58歳の男性が、入寮してきたのは2年前。巨漢だったので、3人がかりで通院のたびに階段を上下して、2ヶ月くらい経ったある日、友達を名乗る男が訪ねてきて、外へ出たきり、帰ってこなくなった。
そしてつい先日、茨城の病院から連絡があって、その男が意識不明で運ばれているという。うちに住所を設定しているので、ぽたらかへ連絡があったのだろう。何はともあれ、面会に出かけた。
病院へ運ばれる前は警察で取調中だったという。歩けない男が何が出来る。また、昔のやくざ仲間に利用されたのか。最後はぽたらかで葬式でもしてやるかとおもって、行ったのだが。奇跡的にその朝、人工呼吸器を外すことができて、意識が戻ったという。
意識が戻ったその顔の前に、私が顔を近づけてやったら、さすがに度肝を抜いていた。お父さんが彼を引き取ると名乗り出ていたそうなので、「お父さんの所へ帰るの?」と聞いたら、「と、とし、とし」「お父さんは歳だから、迷惑かけたくないってか?」「そ、そう」もう、なにがいいたいのか、すぐわかる。
「か、帰りたい、ぽ、ぽたらかへ」と、涙を浮かべていた。退院してお父さんの了解を得たら、また迎えにきます、とコーディネーターに言い残してきたが、まだ連絡はない。
余命、半年といわれて、1年が過ぎた男、救急車でまた運ばれた。この男こそ、もうだめだろうといわれていたので、棺桶まで用意してあったのに、奇跡的に息を吹き返して近々帰ってくる。墓を生きているうちに用意すると長生きするとよく言われるが、棺桶を用意すると危篤状態でも生き返るらしい。
ここに、まだ当分使うことのない、棺桶が私の隣にすっくと立っている。