今日大学の講義でSocialAndAnthropologyと言う科目をやっていたんですが、内容がヨーロッパを中心とした植民地の歴史に関するものでした。

講義の内容としては、ネイティブがヨーロッパ人と対面した際に彼らが馬に乗っていたり、死などに関する哲学的な知恵を伝授することから、神霊的存在なのではないか?ということに始まります。

そしてヨーロッパの人たちも、自分たちの敷居の高さと、ネイティブの無知さを対象して、自分たちがこの世界の神となるべき存在なのではないか、というコンセプトを打ち出すようになります。

その際にヨーロッパの人達が用いた理論の一つに、人種差別があります。
 

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彼らによると、科学的にヨーロッパ人と他の人種の骨格を比べた際に、他の人種の骨格は、猿とヨーロッパ人の間に位置し、進化過程のようだと言う結論から、人種差別が成立するとしていたようです。

講義の先生はもろ白人の女の人ですが、ものすごい反発心を露わにしていました。

しかし当の僕は、僕らが一般常識だと思っている人間的道徳を抜いて考え時、彼らヨーロッパ人の言っていることが、正しいような気がしてきてしまったんです。

科学的根拠なんてふざけるなと思ってしまいそうですが、確かに、ヨーロッパ人の骨格がより霊長類として進化しているのは、紛れもない事実です。過去のアパール猿人やアウストラロピテクスなどの骨格と、ヨーロッパ人の骨格の間に、今地球上に存在する人種の幾つかは、恐らく位置しているのは、事実だと思います。

そしてそれを裏付けるかのように、ネイティブを訪れたヨーロッパ人は、自らが発明した画期的な知恵を持っていました。発明とは、人間が人間として存在するために、最も重要な要素です。発明なくして、僕らのどんな人間らしい行動もあり得ないです。

そして今、ヨーロッパから進出した白人達が、発明、0から1を実現している、最も優れた民族ということに、結局変わりないような気はしませんか。

日本人が腰に刀を持っていた時代に、ニューヨークではエンパイアステイトビルが建っていました。

今になって、大差なくなった世界ですが、僕ら人類を、白人が一体どれだけ前に進めたのでしょうか。そして僕らは一体、どこまで彼らと道を共にできるでしょうか。10万年後(現在の人種の樹形的隔たりは10万年ほど昔、アフリカの辺りを発祥しているという)、自分たちの子供は、今の人間という立場を守っているのでしょうか。