この間、白人が世界を発明によって変えたことが、一体どれだけ重要なのかと言うことを書きましたが、今回は発明とは人類にとって一体どういう意味があったのか、考えてみます。
昔、キリスト教などが繁栄し、世界の人々が自分達の身の回りをどう認知していたか、ご存知でしょうか。
キリスト教が人間を支配していたと言っても過言ではないその昔、人々は自分達が世界の中心だと認識していました。そしてキリストという神のいる自分たちの地球を、宇宙の中心であると認識していました。
この頃、キリスト教を含む宗教的概念の中で生きていた人間たちは、自分たちの立場を、全く気にしませんでした。
何故なら、彼らにとって世界とは、自分達が中心の場所だからです。だから逆に言えば、自分達の身の回りで起こることと言うのは、自分達のためだけに世界が起こしてることだから、変えようがない。と言う立場で、周りの出来事を全て受け入れ、それに対して何もしないという状況が続きました。
しかしながら、天文学者のコペルニクスが地球が宇宙の中心ではないと、天体観測により証明して、世界は一気に変わります。
それまで、神のいる地球という宇宙の中心であった場所が、いきなりそうではなくなったのです。宇宙(太陽系)の中心が、実は太陽であったと気づいたのです。
すると大変な事が起こりました。それは神であるキリストが中心ではなくなった事です。言い換えると、キリストと言う神という存在自体が、根本的な間違えであったことを知ります。
すると突然、人々は自分達が世界の中心ではないと、気づいてしまいした。
それは同時に、自分達の身の回りに起きることは、自分達のために世界が起こしているんじゃない、ただ偶発的に起きている、自分達がそれを変えることができる、と知ります。
神が自分達のために世界を変えていないと知り、"世界を変える"と言う動作が、突如として自分達の責任に転じたのです。
こうして、人々は神と言う概念が払拭されてしまった世界で、周りの状態を変えることのできる力、発明を、人間として生きることの責任であると、自覚するようになりました。
もし、あなたを含んだ、今の現代人が発明を忘れたのなら、それはある意味、現代人は人ではないということすら意味してしまう。
これが、人類における発明の重要性です。