今日も郵政民営化について考えてみたいと思います。
今日のテーマは、「ドイツの郵政民営化は失敗だったの?」
です。
ドイツの郵政民営化は、1990年、ベルリンの壁の崩壊の時期に始まりました。
それまでは、まさに日本と同じように、郵便局は、通信事業とあわせて
お役所が運営していました。
まさにNTTが「電電公社」であり、日本郵政が「郵政公社」であり、昔は郵政省所属の公的機関だったのと同じですね。
ドイツでまず1990年に行われたのは、この公的機関を、郵便会社、金融会社、通信会社の3つに分離することでした。これで産まれたのが、郵便の配達をおもに行う「ドイツポスト」、金融サービスを提供する「ポストバンク(いわゆる郵貯ですね)」、通信会社である「ドイツテレコム」です。
今現在、この3社とも、完全に民営化され上場会社になっています。
特に、ドイツポスト(郵便事業)とポストバンク(金融事業)を別々の事業体にしたのには、
重要な意味がありました。
なぜでしょう?
それは、一緒に運営していると効率化やサービス改革のスピードが遅れる可能性がある、、、と思われていたからです。
つまり、こういうことです。
郵便事業というのは、基本的には物を運ぶ仕事です。
時間通りに迅速に物を運ぶことはもちろんですが、「生産性を上げる」ためのポイントは基本的には二つです。
1)物を運ぶトラックや人の量を、無駄がないように時間スケジュールを組み、コスト管理すること
(郵便事業会社が電気自動車を取り入れたりしたのは、この観点ですね)
2)そのために一番効率的で、しかもそれほどコストがかからない場所で物を集荷したり仕訳したりする場所を選んだりすること
郵便局で郵便を受けたり、切符を販売したり、葉書を販売したりという仕事も重要ではあるのですが、
生産性を左右する「屋台骨」は、それを動かしている「舞台裏」にある訳です。
一方、金融サービスの場合は違います。
やや単純に言ってしまえば、基本的には、「どれだけ沢山のお金をお客様からお預かりするか」と「どれだけ上手くそのお金を運用するか」が鍵になります。
郵貯のような金融サービスの場合は「上手くお金を運用する」というところは、前に申し上げたとおりあまり選択肢がありません。銀行と違って、郵貯のようなところは普通の企業にお金を貸したりしないで、国債を買ったりして安定運用するのが常だからですね。
だとすると郵貯にとってみると「どれだけ沢山のお金をお客様からお預かりするか」が生死を分けることに成る訳です。
それを実現しようと思うと、「お客様の使い易いところに郵便局の窓口があること」はとっても重要になります。
ですから、東京駅の真ん前の郵便局についてどう考えるか、を一つとっても、
郵便事業の観点からは、「東京駅の真ん前の郵便局で仕訳作業しているのはコストがかかるし、高速の入り口も近くないから効率が悪い。他で作業したい」
という話になりますし
郵貯の立場からは「東京駅の真ん前の郵便局の窓口は、極めて重要!」
という話になりますね。
2つの事業を分けたのは、本来異なるビジネスをやっている訳なのだから、いちいち調整をしなくても、各自でさっさと動いて早く変革できるようにしましょ、そのほうが結果的に全体のサービスが早く改善されると思うから、ということだったんですね。
こうした考え方は、日本の郵政事業が「4つに分割された」背景と全く同じです。
日本の場合は、これに加えて、
「郵便局っていうのは要するに、いろいろなサービスをお客様に提供する『窓口』なんだから、これはこれで独立させようよ。だってそうしたら郵便局は郵便や郵貯以外の商品も広く提供できるじゃん。
で、郵貯や郵便会社は郵便局と「窓口契約」してサービスを提供するってビジネスでどう?」
という考えを実行し、郵便、郵貯、簡保に加えてあらたに郵便局全体=窓口サービスと位置づけて、
4つの会社を誕生させたわけです。
さて、そんな中「ドイツの郵政民営化は失敗だ!」と言われてるのはなぜでしょうか?
実はドイツでは、一旦分けたこの郵便事業と郵貯事業を、1999年から2002年まで、再度統合しているのです。
「民営化反対論者」の多くは、「民営化」というよりも、、、
「郵貯と郵便は一緒に運営すべきだ!! ドイツだって一旦分けたのにまた一緒にしたじゃないか!!」
と言っているわけですね。
さて、本当にドイツの事例は失敗だったのでしょうか?
なぜ一旦分けた事業を統合したのでしょう??
今日はちょっと長くなってしまったので、続きは次の記事で解説したいと思います。
お楽しみに!
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