静かな夜に

雷鳴がとどろき

大雨が来るかと思えば

しとしとと雨が降る

 

窓の外を見れば

周囲のマンションの窓が暗いまま

 

どれだけの人が

地方に帰ったのか?

 

どれだけの人が

地方から出てきているのか

 

一極集中を、語るつもりはない

けれど

帰るべき地方を持って

日々東京で行きている人がこれほど多いのかと思えば

東京という場所の

特異性に驚く

 

リモートワーク からのオフィス

全員が出社したらデスクが足りない

 

昔の大学のように

 

リモートワーク けれど、多くは

地方から東京に出てきて

借家でリモートワークする若者達

 

借家で結婚をして

周辺地区に住まいを購入して

それでも、東京ベースにして

 

けれど、盆暮れには

 

帰る

 

帰る場所に待つのは 誰 誰 誰 誰

 

それが気になっている

 

その誰は、やがて

 

考えても仕方がない

 

私のことではないから

 

 

ふと感じたことがあった

それは、映画を見ていた時

時間のフローを

切り取ったポイントで表現する人が増えた?

 

 

どこかにたどり着く

そう、例えば登山で山頂を目指して

登っていくとする

裾野から

少しずつ高度をあげて

ペースを保ち

時には、少し休みながら登る

夏の季節なら

汗を流しながら

息をあげ

目指していく

 

今、山頂直下の小屋のまで2kmのところを歩いているとする

これを、外界の人に伝える時に

ある人は

「やっと山頂が見える小屋のある場所まできて、小屋を超えてさらに登ってる」

さらに

「標高は1500あるのに、まだ真夏の暑さが続いてるわ」

 

と答える

 

またある人は

 

「小屋まで着た 暑っ! がちやばい」

 

同じ場所からの同じ状況レポートだ

 

ようやく山頂へ

 

「今山頂に居るわ」

 

というのと

 

「頭頂」

 

同じ場所からのレポート

 

そしして、頂上の景色を訊ねる

 

「景色はどう」

 

その答えに

 

「なんなのこれ すごい綺麗 眼下には雲海が広がって 突き抜ける青空が頭上に」

 

という

 

他方

 

「最高 高い 気持ちいい」

 

同じ場所からのレポート

 

同じ日本語

 

ちゃんと通じる

 

 

最近 後者が増えている気がする

 

今回は山登りを例にしただけで

 

日常での同じ

 

とかく

 やばい

  の使い方は 多義にわたる

 

 まさか、そんな場面でやばいなのかと

 

 

 

 

 

 

 

 

 


夕景の中を忙しく駅へと向かう途中

西空が赤いのに気づいた

それだけのこと

 

僕らは いいや 僕は

夕景に助けられたことが少ない人生だった

だって、この時間は常におフォスで忙しくしていたら

出張先では、そろそろ接待されたり したりの時間だし

休みの日にも

そりゃもう

若い時には、ここは勝負時間だったし

 

今思う

 もう少しだけ

   夕景を感じること

      してきてもよかったねと

 

よく 作家の人達が

曲が降りてきた アイディアが振ってきた そんな言い方している

私にも、それがありまして

先日、悩みに悩んでいたら いきなり 振って来ました

物語を書いていたんですが

完全に

行き詰まり

悩みに悩んで

悩むのをやめて

寝ていたら

振ってきました

 

書き上げて、物凄い疲労をして

思わず AIに相談したんです

こんなに大変な思いして、みんな書いてるのかと

素人がこれですから

プロは完全に命を削りますねと

今回は降って来たからいいけれど

これ 考えてかけるアイディアではないですから

 

そう言うと

 

作家は よく 降ってくる 体験をするそうですよ 

とした上で

 

これ、実は降って来るのでも 降りてくるのでもなくて

 

実は、自分が追い込んで考えた挙げ句の成果なんですとAIは答えたんです

 

考えて 考えて 追い込んで 考え尽くした挙げ句に

 

少し休んだ時に降ってくる

 

これこそが、あなたの努力に結果が出てくるまでの

 

タイムラグなんですって

 

休んでいる時に、回答が来るから

 

努力ではなく 奇跡に感じるのだそうで

 

実は、努力の対価なのだそうです

 

なるほどね とおもうのでした

 

◻️画層も生成AIにお願いしました

 

 

 

もはや、もう ブログの書き方さえも忘れた自分がいる

悲しい そんなことはないけれど

今は note に出会って すっかり アウトプットはnote

になった

ブログは自由 総感じていた頃は良かった

今は 気を使い過ぎて・・

 

書きたいことを 感じさせる表現力

ストレートは 難しい

 

だから 男女のことなんて

書けない

パラドクスさ

 

 

ここにね

以前は本当に心の中のモノを吐き出していたんだと思いますよ

それにしても、人生はて短い

サラリーマン人生がもう僅かです

で? ということもないのですが

私が、ブログを書いて 日々を過ごしていた頃と今とどう違うのか

大した違いなことが もはや問題なんですよね

 

だって、私自身だって

見た目も 中身も 衰えまくり

心臓も壊した 癌にもなった

 

若き日の自分を猛省し

今を行きているのです

 

一方で世の中はどうですか

プレーヤーが代わるから 結果として 寿命が私達個々よりも有限ではないから

反省しないんですよね 後悔しないんですよね

これは、どうなんでしょうかね

反省も後悔もないままに、あるのは、当事者意識のない、継承者達の先人批判

過去を否定して、またいずれは否定される運命の今を適当にやり過ごしている

 

そして、人々は 強欲になるか 諦めるかの 二択を自らに課してしまう

どうなんですか? こんなんで 良いわけ 

 

いやあ 良いわけ無い とは もはや 現役世代を離れる私には言う資格がない

一つ言えることは

 

人にも ものにも 情報にも 優しさと配慮が欠け

それどころか、自分たち自身にも、優しさと 配慮を 後回しにしている

 

なにもかも後回しにして、目先を生きる 

 

違うんですよ

 

大昔 僕の好きなさる方が言いました

 

いいですか みなさん 政治というのは これは日々の生活なんです

 

お年寄りが孫と一緒に笑顔で暮らせる社会 これを実現するのが政治なんです

 

こんな言葉に胸を打たれながらも

 

 

 

=にもわかわらず自分たちは=

 

自分達は都会でのうのうと生活し、認知症の母親は施設に入れて、めったに会いにさえ行かない、

施設にまかせっぱなし

実の子がやらない、親の下の世話を、他人にやらせて それでいいんですかね

にも関わらず、施設側に瑕疵でもあろうものなら、クレームつけまくる

それこそ、生まれてきて、何も出来ない自分たちを、大人にしてくれた親に対して

そんなんで良いのでしょうか?

 

100歩 譲っても 良いわけがないじゃありませんか?

でも、そうしている自分がいるとしたら

 

そんな国がいけない?

別に国は、親の下の世話を禁止なんてしていない

すべては、無責任な責任転嫁なんです

もう少し、もの ひと こと に愛と優しさをもって

生きていきたいものです

 

それでも親は、子どもを責めもせずにいてくれてるとしたら

これは、違う というより

 

これは、未来の自分です

 

 

 

 

 

子供のころ 落とし穴を掘るのが好きだった

枯れ木と新聞紙で作る ワクワク体験の源だ

現実、それを踏み抜くのは いつも 決まって自分自身だったけれど・・・

なぜなら、一人遊びが大好きで

群れが苦手な

変な子供だったから

幼稚園の鉄棒に簀子をかけて、そこからづつと雨の降るのを眺めている

そんな子供だった

雨の日に、家の中ではない けれど 濡れない場所に 身を潜め

眼の前の雨を眺める時の 何とも言えない 包まれた守られた

温かさは 他では味わえない楽しさがあった

小さな池の中の 小島 そこに渡る橋はなく

ただ、島へと陸地の間には気が張り出していて、この気を上手に辿る

そうすることで島に渡れる

途中で失敗すると、無惨だけれど

無事に渡った先にいることの楽しさ

これも一人遊びの醍醐味だった

これも一つの落とし穴に似ている

 

落とし穴は、何とも言えない ワクワク感がある

落ちて怪我をするとか そのレベルの話ではないけれど

踏み抜くことで、普通から普通じゃない出来事への

スイッチが入るわけだ

 

今 大人になると思うのは

落ちて問題の無い落とし穴はいいが

 

大人の世界にには、落ちたら大変な落とし穴ばかりが空いている

それは、仕事上でも 私生活でもそう

普通と普通じゃない垣根が とても低く とても薄い

悪気な無いことでも、大問題になることもあるし

遊びのつもりが それでは済まないこいともある

まさに日常に空いた落とし穴

 

例え場の話

 

酒  酒の勢い 酒の力を借りて

異性 悪気なんてなにもないのに、お互いが惹かれただけ なのに

お金 正しいと信じて支払っ他お金 つい 使ってしまったお金

信頼 信じたばかりに 信じていたにに

 

それもそう

普通の人に 普通に訪れる落とし穴

 

 

 

 

ご無沙汰しています

呆れてしまうニューズに包まれて生きています

これで良いのか

良い筈ない

けれど

呆れてしまうことがマジョリティ

 

君のお仕事はなに?

 

別に答えなくていい

 

なのに

 

答えたい人もいるみたいだ

 

もちろん、逆もまたそう そう

 

誇れる仕事をしている人

 

人に言い難い仕事をしてる人

 

誇れる仕事ってなんですか?

 

人に言い難い仕事ってなんですか?

 

誇れる仕事は 突き詰めれば 誰に誇れる?

 

だから、結局は 別に なんですよ 世の中全体から見れば

 

人に言えない仕事をしている人が その仕事で誰かを幸せにしていることもある

 

誇れる仕事だと言うけれど、誇っている人のおかげで人生どん底になる人もいる

 

そうなんですよ

 

別に、仕事に優劣はない

 

目玉は、きっと誰かのためになっているのか

 

卑屈になるのは無意味だし ひけらかすのも違うんだから

 

仕事なんて、誰かの幸せのためにしてあげて欲しい