ここにね
以前は本当に心の中のモノを吐き出していたんだと思いますよ
それにしても、人生はて短い
サラリーマン人生がもう僅かです
で? ということもないのですが
私が、ブログを書いて 日々を過ごしていた頃と今とどう違うのか
大した違いなことが もはや問題なんですよね
だって、私自身だって
見た目も 中身も 衰えまくり
心臓も壊した 癌にもなった
若き日の自分を猛省し
今を行きているのです
一方で世の中はどうですか
プレーヤーが代わるから 結果として 寿命が私達個々よりも有限ではないから
反省しないんですよね 後悔しないんですよね
これは、どうなんでしょうかね
反省も後悔もないままに、あるのは、当事者意識のない、継承者達の先人批判
過去を否定して、またいずれは否定される運命の今を適当にやり過ごしている
そして、人々は 強欲になるか 諦めるかの 二択を自らに課してしまう
どうなんですか? こんなんで 良いわけ
いやあ 良いわけ無い とは もはや 現役世代を離れる私には言う資格がない
一つ言えることは
人にも ものにも 情報にも 優しさと配慮が欠け
それどころか、自分たち自身にも、優しさと 配慮を 後回しにしている
なにもかも後回しにして、目先を生きる
違うんですよ
大昔 僕の好きなさる方が言いました
いいですか みなさん 政治というのは これは日々の生活なんです
お年寄りが孫と一緒に笑顔で暮らせる社会 これを実現するのが政治なんです
こんな言葉に胸を打たれながらも
=にもわかわらず自分たちは=
自分達は都会でのうのうと生活し、認知症の母親は施設に入れて、めったに会いにさえ行かない、
施設にまかせっぱなし
実の子がやらない、親の下の世話を、他人にやらせて それでいいんですかね
にも関わらず、施設側に瑕疵でもあろうものなら、クレームつけまくる
それこそ、生まれてきて、何も出来ない自分たちを、大人にしてくれた親に対して
そんなんで良いのでしょうか?
100歩 譲っても 良いわけがないじゃありませんか?
でも、そうしている自分がいるとしたら
そんな国がいけない?
別に国は、親の下の世話を禁止なんてしていない
すべては、無責任な責任転嫁なんです
もう少し、もの ひと こと に愛と優しさをもって
生きていきたいものです
それでも親は、子どもを責めもせずにいてくれてるとしたら
これは、違う というより
これは、未来の自分です