「隆房…もうそなたの心は余に返らぬのか……」
「バカな事を…貴方など最初から心にはないわ」
(命乞いをしろ!それならば助けられる)
義隆は隆房の心から、決して消えてなどいなかった。寧ろより強く、隆房に刻み込まれている。
だが隆房の強い自尊心が、自ら義隆を助けることを許さなかった。
武断派の筆頭として周防に君臨する隆房が、腑抜けた義隆を認めてしまったら、今度は隆房が叩かれる事になる。別にそれがどうと言うわけではないが、単純に腹立たしかった。
情を交わした分だけ義隆に心惹かれていく自分に気付く。
(私は……この方を……)
隆房を貶めるような行為を強要する事もあった。それでも優しかった。
義隆は心底愛していたのだろう。隆房の事を。
「最期の頼みを聞いてはくれぬか、隆房」
「言ってみろ」
隆房は冷たくあたるように努めた。本当は愛しくて仕方ないのに。
「せめて……腹を切らせてくれ。介錯を頼みたい」
「図々しい願いだな。情けない」
(何故命乞いをしない……!)
隆房の思いは伝わらなかった。義隆は隆房にさえ見捨てられたと勘違いし、自刃の道を選んだ。隆房の目が軽く伏せられ、涙が滲む。
「まだ余の為に泣いてくれるか、隆房、愛している」
滲み出た涙は次第に大きな粒となり、俯いた隆房の足元に落ちた。義隆は、彼方此方切り裂かれた着物で隆房の頬に触れた。それは酷く暖かく、いつもひんやりとしている義隆の指とは違う人間のように思えた。
「貴方は……卑怯だ」
「隆房……?」
「そうやって甘言を吐いて私を惑わす。死なせてくれと言いながら、そうやって私を手放さない!」
長刀と一緒に腰にはいていた短刀を義隆の方へ投げた。
「さっさと腹を切れ!首級は私が持ち帰る!五体満足で葬られると思うな」
「そなたになら……どこでもくれてやる。精々腑抜けた男として晒すがいい」
義隆が短刀を抜く。そして隆房は義隆が短刀を腹に突き立てる前に、その細い首を切り落とした。
首はごとりと落ち、義隆の頭が有った場所からは鮮血が吹き出した。
「義隆……様……」
隆房が膝から崩れ落ち、義隆の首級を拾うと青ざめた唇に接吻を落とし、泣いた。
(せめて苦痛はなく……それが私に出来る最期の……)
『世界の中心は虚無である』
この言葉を送ったら、君は何と思うだろうか。
鏡に映る自らの絶望に満ちた顔を見て納得するのか、それともパンドラの箱に残された希望を連想するのだろうか。
私が命を断つ前に、確認しておきたいのはそれくらいだった。
言いたいことは全て書に書き起こした。
思うことも全て本に書き記した。
君が……私を忘れてさえくれれば、思い残すことは何も無い。
一度でも愛し合った君を置いて逝くことを許して欲しい。
悲しいことにこの世に未練など一つもないのだ。
『世界の中心は虚無である』
愛しい君に、最期の言葉を贈ろう。
君の瞳が、私といるに連れ虚無に彩られていく様が堪らなく快感だった。
許して欲しい。
君の希望に満ちた瞳を虚無に染めてしまったことを。
これからも虚無であり続けるであろうことを。





私が命を絶って1週間。
彼女は後を追った。黄泉の国で君を見掛け、声をかけようか悩んだ。
しかし、煉獄の焔に焼かれる私は君に声を掛けるなどという崇高なことは許される筈もなく。
あぁ、どうしてもっと解り合おうとしなかったのか。
大手コンビニに務めることが決まったものの、精神障害者のレッテルは付いて回る。
だが、俺には障害者でありながら役職に就くという野望がある。
今日も一番に出社して、社内の空調を付けることから俺の一日は始まった。
トイレに入って用を足していると女の声が聞こえた。
「失礼します、清掃入りまーす」
俺がションベンしてる最中に掃除に入るなんて感じ悪い女だな。どうせ彼氏もいないようなババ……ア……
「あ、すみません、清掃です」
振り向いた俺の目には、頭巾をかぶった超可愛い女の子。多分歳は二十歳くらい。
「君、何でこんな仕事……あぁ、こんなって言うと悪いけど、してるの?」
「特に理由はないんですけど、あんまり仕事なくて……私、障害者雇用で入ってるんで……」
障害者?この娘が?
「もしかして、精神?」
「あ……はい」
「実は俺もなんだ。君ももっといい仕事見付かるよ」
俺は一体何で初対面の女の子にこんなこと話してるんだ。
「すごいですね、私なんて……」
「自分を卑下することないよ、俺だって『俺なんて』って思ってたし」
「でも私……」
「『でも』じゃないって!俺にも出来たんだから君にも出来るよ!」
俺もマイナス思考で希死念慮が強くてどうしようもない時期があった。でも、こうして大手コンビニに務めることができた。だからこの娘にも……
「あの、佐伯って言います、私」
「え……?」
「もしよかったら、メールください。ご迷惑だったらすみません」
差し出されたのは一枚の名刺。これは所謂『逆ナン』というヤツではなかろうか?
「小林さん、もうお仕事ですよね。邪魔しちゃってすみませんでした」
佐伯さんは俺の胸の名札を確認するかのようにちらりと見てから言葉を発した。
「あ、喋り過ぎちゃってすみません。なんか小林さんて喋りやすくて」
照れたように頭を掻く仕草もベタベタなのに可愛い。
俺は間髪入れずにフォローを入れた。
「いや、俺聞き上手だってよく言われるし、気にしないで」
それまで俯きがちだった佐伯さんの顔がパァッと明るくなる。
「ありがとうございます、それじゃ」
佐伯さんはペコリと頭を下げて奥の便器の掃除を始めた。
これはもしや……恋の予感?
「虚ろな目をした君へ。
この言葉を送ろう。
『世界の中心は虚無である』と」
彼はそう言い残し、この世を去った。
私は彼の言葉の意味を解するべく、彼の遺した書物を漁った。
そしてふと、顔を上げた先にあった鏡を見る。
その時、私は彼の言わんとすることを察した。
そこに映っていたのは、虚ろな目をした私。
この世に絶望し、何もかもを投げ出した私。
世界の中心に何があるのかと、無邪気に語っていた私はいなかった。
だから彼は言ったのだ。
『世界の中心は虚無である』と。
本当のことを知った私が絶望しないように。
微かな希望があったとしても、その真髄が虚無であると。
かつてパンドラの箱に残されたものが希望であったように、数多に散らばる絶望と虚無の中に微かでも希望が残されていたとしたら、それこそが私に与えられたものなのだと。
『世界の中心は虚無である』
この言葉は、永遠に私の胸の中で息づき始めるだろう。
「兄上!」
兄の訃報を聞き、駆けつけた元就は、横たわる興元に愕然とした。
そして改めて誓う。今安芸の国を護るのは自分しかいないと。
兄だけでなく、父や祖父をも亡くした酒が憎いとすら感じた。
もっと大きな居城が必要だ。もっと広い領土が必要だ。
それは此処ではない、もっと違う場所。例えば吉田郡山。
猿掛城などという小さな城で治まっていてはいけない。
真っ青になった興元の姿を見て、元就は爪が手に喰いこむ程に握り締めた。
「お方、俺は必ずこの安芸国を大きな国にしてみせる」
杉の方が、そっと元就の肩に手を掛けた。
「元就様……その心意気、忘れてはなりませぬぞ。これからは貴方がこの毛利家の当主なのですから」
肩に掛けられた手に、己の手を重ね強く握る。
杉の方は力強い笑みを浮かべ、元就を見た。
そして数年。元就は広大な城下と、堅固な城。そして有能な息子たちを手に入れることとなる。
此処ではない。そんな元就の強い誓いが、思いが毛利を強大な勢力にしたのだった。
これで最後。
そう、決めた。
盃一杯の酒。
興元はそう心に誓って盃を手に取った。
父の歪んだ姿も見てきた。しかし自分もまた酒に逃げた。
北から攻めて来る尼子勢力に、西から来る大内。
今はどちらかを切らなければやられる。
しかし興元は決めかねていた。
酒害で逝った父を見てきて、自分もああはなるまいと心に決めたのに。
まだ幼さの残る松寿丸に、こんな姿を見せてはならぬと決めたはずなのに。
それでも「最後、最後」と決めては怠惰に酒を煽った。
松寿丸が元服して元就と名乗ったとき、これでは駄目だと一大決心をした。
「松寿は酒は飲みませぬ」
そう言った弟は真っ直ぐな目で興元を見た。
興元は家中の酒瓶を全て割り、一杯だけ盃に注いだ。
これが本当に最後だ。
興元は感慨深げに盃に映る月を見下ろした。
こうして月を見下ろすのも最後になろう。
松寿の、否、元就の為にも。
しかし、興元は酒害が元でこの世を去る事になる。
1517年。鈴虫たちが鳴き始める時期であった。
やがて少女は美しく成長した。
そして真実を知る。
あの時、母と妹が亡くなったのだと。そして姉に当たる女の子も自分よりも先に逝ったのだと。
父は「片親では可哀想だ」と再婚を考えたが、少女がそれを拒んだ。
「私のお母さんはあの人だけだよ」
彼女の言葉は父を傷付けた。再婚を望んだわけではない。ましてそれを娘の所為にしたくもない。
妻を亡くしてしまった時、何故その場に居られなかったのかという罪悪感に苛まれたからだ。仕事仕事の人生を歩んできた。
家に帰れば冷たい料理と、テーブルで眠る妻が出迎えた。
申し訳がないと思うことすらせずに、父は仕事に人生の全てを懸けた。
そして亡くしてから気付く。妻を、娘を、産まれてくるはずだった子供を、如何にぞんざいに扱ってきたかを。
少女は知らなかった。母を亡くした時、父がとてつもない絶望に包まれた事を。
だから少女の記憶にある父は優しかった。いつだって少女の傍にいてくれたし、欲しい物は、それ程高価でないものは買ってくれた。
父は物を買い与えることしか、少女を親兄弟もいない寂しさから救ってやる手段を知らなかった。悲しい、男だった。
少女は自分が優等生でいようとした。テストをやれば9割の正答率で返ってくる。運動をすれば誰よりも早く走り、誰よりも高く跳んだ。
自分が優等生であることで、父を安心させたかった。「私は何だって出来る」。それが無言の内に秘めた少女の思いつく限りの父を安心させる方法だった。
「またこんなに良い点をとってきたんだな、偉いぞ」
ゴツゴツした手で頭を撫でられることが、いつしか気持よくなってきていた。
流石に頬を摺り合わせるようなスキンシップはとらなくなっていたが、少女も父もそれで満足していた。
「明日は母さんと姉さん達のお墓参りにしようか」
「うん、お母さんたちのところ行く!」
まだ残る無邪気さが父を苦しめる。
「お墓に行ったらお母さんも私のテスト褒めてくれるんでしょう?」
自分一人で少女をみられるのか。
「そうだよ、だからこの間のテストも持って行こうな」
自分一人で少女の心から母を消し去ることが出来るのか。
忘れてはいけない。しかし過去に依存してもいけない。
(あぁ、俺は……)
あれから5年。父は未だに過去の呪縛から逃れられないでいた。
 私が彼女の事を知ったのは、つい昨年の話。
 まず見せられたのは「telephone」のプロモーションビデオ。
 斬新な髪型。淫靡さを感じさせられる外見。奇抜なファッション。
そして圧倒的な存在感。
 26歳を過ぎてから化粧を始めた、いつまでも子供のような私にとっては、GAGAの姿は眩しく映った。
 私の方が年上だということを感じさせない、バイタリティに溢れた楽曲。
 音楽に国境はないとはよく言ったものだが、彼女の紡ぐ音楽にはそれがあるのだと思う。
 残念ながらライブには行けなかったものの、行った友人の話を聞くと、「MCは英語で意味がわからなかったけれど、GAGAの気持ちは伝わってきた」と言う。
 彼女の歌を間近で聴いた友人は、つま先から頭のてっぺんまで寒気が走ったという。「Lady=GAGA」という女性は、それだけのパワーを持っているのだ。
 私の音楽感の中に、今まではGAGAのような女性はいなかった。
 しかし、それでもなお惹かれていることに気付かされる。
 GAGAはこれからも、私の中でも大きな存在であることに変わりはないだろう。
僕はカレーが好きだ。
カレーの王子さまなんて、もう堪らないくらい好きだ。
「この甘さがたまんないんだよな~!」
3食カレーの王子さまでも生きていけるくらい大好き。
だってこの何とも言えない甘さ。子供でも食べられるように小さく刻まれた人参。
母さんには必ず買い置きをしてくれるように頼んである。
毎日朝ご飯はカレーの王子さまと決めてある。
それなのに。それなのに……
「母さん!どうしてカレーの王子さまがないの!?」
「あら、ごめんなさい。昨日は売り切れだったのよ」
売り切れ!?ありえない!僕のカレーの王子様が!?
「いいじゃない、たまには別のものでも」
「ヤダよ!あれがないと僕の一日は始まらないんだ!今日は学校を休むよ!」
「もう……高校生なんだからそんなことで拗ねるもんじゃないわよ」
大騒ぎする僕を尻目に、母さんが僕の前にスクランブルエッグと焼いたベーコンを持ってくる。
「母さん!こんなもので満足できると思ってるの!?」
「いい加減にしなさい!いつまでワガママが通ると思ってるの!」
僕はテーブルに突っ伏した。
「嫌だ……僕は、あれじゃなきゃ嫌なんだ……」
まるで悪夢のよう。そこでふと思い出した。
そう、父さんが昨日の夜中に何か食べているのを見た夢。
アレは夢なんかじゃなかったんだ!
父さん!犯人は父さんで、母さんが共謀者!
父さんはもう仕事へ行ってしまった。今日はもう本当に休むつもりだから、報復を考えなくちゃ。
布団に潜り込んで丸くなる。部屋の鍵は締めたし、今夜になったら絶対報復してやるんだ。
そう、父さんのビールをシャカシャカ振ってパンパンにさせた。
肴になりそうなものは全部食べてしまった。オカゲでお腹がパンパンだけど、父さんが帰って来た時の顔が目に浮かんでうきうきしてくる。
玄関のベルが来客を告げる。
「はーい!」
棗は意気揚々としながらドアを開けた。
今日もアマゾンからの荷物が届く日だ。
待ちに待った日。
大きめの箱を手渡され、棗は器用に片手でサインをする。
黙ってサインを手渡すと、急いで部屋に戻った。
中の物を傷付けないように丁寧に広げていく。
両腕をダンボール箱の中に差し込み、丁寧に取り出す。
後ははさみを使って梱包してあるビニールを切ってみる。
可愛い緑色のツインテールが顕になる。
短いスカート丈も完璧だ。
髪は先端に向かって透明になっている。
床に届かんばかりのロングヘアが、踊るように舞っているのも秀逸だ。
部屋はアマゾンから届いた段ボールで積み上がっている。
棗はフィギュアを箱から出して、棚に置いた。
「ここなら落ちないだろ」
落ちたら壊れてしまう。そんなのは棗自身が許さない。
(今日は月曜日だから、ピンクの髪の子が届くのは明日か明後日か)
何故一緒に頼まなかったのか、悔やまれてならない。
「棗ー、ご飯よー!」
「わかったよ!」
棗はパソコンに向かい、通販で買った新しい漫画を漁り始めた。
積み上がった漫画たちの場所は把握している。
今度のダンボール箱はキレイだから、本棚代わりにも使おう。