★1963年 トッパンのえほん「走れ特急」 米澤玩具クロ151こだま ~ 乗物絵本棚から005 | ポルシェ356Aカレラ

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幸いなことに熊本での余震は段々回数が減ってきていますが、気象庁はまだ引き続き警戒するよう呼びかけています。熊本におけるマグニチュード6以上の地震というのは前回が1889年(明治22年)とのことで、もう今から127年前。ですから、前回の大地震の経験者はもう一人も生きてはおらず、熊本は大きな地震の起きにくい地域という認識が一般的だったと思います。実際、専門家も熊本の活断層が大きな地震を起こす確率は低いと推定していたようです。


それに対して、記録上、西暦684年から90~150年の周期でマグニチュード8クラスの地震が必ず起こっている、南海トラフ地震(被害地域: 関東~四国)については前回が終戦前年の1944年(昭和19年)であったので、既に72年の時が経っていることから、2016年時点で、「30年以内に70%の確率で大地震が起こる」と推定されています。
1944年の更に前の南海トラフ地震は1854年で、1944年の前回の大地震まで丁度90年の間隔がありましたから、仮に前回と同じ周期で起こるとすれば、次は2034年、18年後という計算になります。
また、南海トラフ地震とは別に、1923年(大正12年)に起こった関東大震災(東京震度6、死者10万5385人)と同じく山梨県から神奈川県を震源とする相模トラフ巨大地震が再び起こる可能性もあります。残念ながら現在の科学では、いつどこで大きな地震が起こるかという正確な予知は不可能であり、地震の多い日本列島に住む限り、地震や津波に対する備えは常にしておくべきだろうと思います。



閑話休題
さて、今日もサクっとアップする新シリーズ「乗物絵本棚から」です。新シリーズは手元の本棚や倉庫に多分500冊位?は保管してある過去30年以上かけてコツコツと集めた古い乗物絵本を1冊ずつピックアップしていくというものです。この新シリーズも究極の目標はやはり書籍化なのですが、出版するに当っては著作権の問題をクリアすることが案外大変かもしれません。
第5回の今回は鉄道に興味のない向きには申し訳ないのですが、1960年代前半の日本の鉄道を描いた秀逸な絵本をご紹介します。今回の絵本の一部の頁は、既に過去の鉄道車両カタログの記事中でご紹介しているものですが、今回は全頁をアップいたします。
 




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★凸版印刷株式会社(とっぱんいんさつ:通称トッパン)は、大日本印刷と肩を並べる世界最大規模の総合印刷会社である。凸版印刷の創業は1900年(明治33年)と古く、2015年3月現在の社員数は単体8,900名(連結48,999名)という歴史のある日本の大企業である。
今回ご紹介する絵本はトッパンが1960年代前半に出した「ぴんくまシリーズ」とネーミングされた絵本の1冊「はしれとっきゅう」。梅本 恂(うめもと ひとし)画伯の筆による当時の国内の花形鉄道車輛が計10車種登場する鉄道絵本の傑作。1960年代は国産自動車の世界では、トヨタ2000GT、マツダコスモスポーツ、いすゞベレットGT、ホンダSシリーズ、プリンススカイライン2000GT(S54)、日野コンテッサ1300クーペ等の名車が多数生まれたビンテージ期であったが、国産鉄道車輛の世界においても歴史に残る傑作車輛が多数生まれた時代であった。1960年代に子供時代を過ごした私にとっては幼少期への郷愁とも重なり、1960年代の国産自動車が魅力的なことと同様に鉄道車輛もまたその後の時代の車輛達よりも遥かに魅力的にみえる。


●タイトル: トッパンのえほん ぴんくまシリーズ第5巻「はしれとっきゅう」
●出版社: 株式会社フレーベル館 (東京都千代田区神田小川町3-1)
●発行年: 1963年(推定)
●定価: 100円
●編集兼発行者: 小高龍治
●印刷所: 凸版印刷株式会社
●絵: 梅本 恂
●文: 前川康男
●判型/頁数: B5判・表裏共20頁
●入手時期: 2000年(平成12年)頃
●入手先: 神保町の古書店
●入手価格: 1000円程度



●表紙: 1960年 日本国有鉄道クロ151形パーラーカー「つばめ」 (絵:表紙・中頁全て 梅本 恂 画伯)
表紙は日本の鉄道史に燦然と輝く名車中の名車クロ151形「パーラーカー」。1960年(昭和35年)6月1日ダイヤ改正で実施された国鉄東海道本線の客車特急「つばめ」及び「はと」の電車化に伴い、電車特急「こだま」及び「つばめ」に連結された車両で、客車特急時代の展望車に替わる役割を担った一等制御車。1960年6月1日より大阪方先頭に連結され、当時の日本を代表する最高峰の鉄道車輛となった。1958年(昭和33年)に登場したボンネット型151系(当初の型式名称は20系)こだま形特急電車の先頭車クハ151形と共に日本型HOゲージ(16番)鉄道模型や子供向けのブリキ玩具、絵本のテーマとしても数多く採り上げられた花形車輛であった。1960年から1962年(昭和37年)にかけて計12両が製造されている。室内は定員4名の区分室(個室)と定員14名の開放室があり、視界抜群の幅2mもの巨大なウインドを持つ。1964年(昭和39年)10月の新幹線開業後は事故廃車となった1輌を除き山陽本線特急に転用されるものの超豪華展望車の需要は東海道本線のようには望めなかったことから、1973年(昭和48年)までに全車が普通車に改造され原形車両は現存しない。
(1)表紙つばめ


-以下、中の頁-


【1961年 南海電気鉄道20001系特急電車 こうや号 デラックスズームカー】
1961年(昭和36年)に4両編成1本だけが堺の帝国車両で製造され、南海電気鉄道高野線の特急として運用された車両。編成は難波寄りからモハ20001(A号車)-モハ20100(B号車)-サハ20801(C号車)-モハ20002(D号車)で、この絵の先頭にはモハ20002が描かれている。1985年(昭和60年)1月廃車。併走する大阪ナンバーの1963年プリンス・グロリアS40系は何と実車の存在しない2ドア・コンバーチブルというのが面白い。

文:「とんねる でれば あかるいみどり やまも のはらも ずんずん はしる きょうはどらいぶ おーぷん・かーでぱぱのうんてん たのしいな あかるいとっきゅう こうやとならび すぴーどだして ぐんぐん はしる
(2)こうや



【1959年 近畿日本鉄道 10100系特急電車 ビスタカーすずか(Ⅱ世)】
1959年(昭和34年)12月より上本町駅(現・大阪上本町駅) -近鉄名古屋駅間を2時間20分で結んだ2階建て特急車両。モ10100形(制御電動車)-サ10200形(2階建て付随車)-モ10300形(制御電動車)の3両編成。名阪間のシェアは1963年(昭和38年)時点では近鉄が7割を占めたが1964年10月の新幹線開業後は名阪間を1時間強で結ぶ新幹線には太刀打ちできなくなりシェアは急降下した。1979年(昭和54年)10月、全車が廃車となり現存しない。描かれているのは上本町を出発する情景。並走するチョコレート色の電車は820系奈良線の特急車両で、伊賀鉄道に引き継がれ何と半世紀を経た2012年まで現役という長寿を誇った。


文:「びすた・かーは にかいだて はしっていくよ びるのまち そらにふんわり しろいくも びすた・かーはすてきだな みんなてをふり こんにちは まどにながれる きのみどり
(3)ビスタカー



【1960年 日本国有鉄道 キハ81特急形気動車 はつかり】
1960年(昭和35年)に9両編成2本及び予備8両の合計26両が製造された日本初の特急形気動車キハ81系。独特なボンネットの造形からブルドックと呼ばれる名車。初の特急形気動車であり開発期間も短かったために初期トラブルを頻発させたことから当時のジャーナリズムから、「はつかり、がっかり、事故ばつかり」と揶揄されたと言われる。並んで描かれている馬車はこの時代では純観光用と思われるが、モデルとなった観光地は不明。

文:「おおい おおい さようなら はつかりごうのおともだち あさかぜきって ぐんとはしれ おおい おおい さようなら ばしゃにのってる おともだち のってみたいな ぱかぽこぽ
(4)はつかり



【1961年 名古屋鉄道パノラマカー7000系】
日本で初めて運転室を2階に設置し車輛最前部までを客席として展望席を設けた言わずと知れた名鉄パノラマカー。登場翌年の1962年(昭和37年)には鉄道友の会より第5回ブルーリボン賞受賞車両に選出。改良を加えつつ1975年(昭和50年)まで増備が続き、計116両が製造された。1961年(昭和36年)6月1日、豊橋駅午前9時4分発の特急新岐阜行きから運行が開始され、2009年(平成21年)8月30日の団体専用列車「ありがとうパノラマカー」の最終運行まで半世紀近い長期に亘る運行が続いた長寿車輛であった。絵をよく見るとパノラマカーの展望室では子供に混じりお父さんが8ミリビデオを撮っている。併走するのは国鉄クロ151形つばめパーラーカー。

文:「ぼくらののった ぱのらま・かー きれいなながめの てんぼうしゃ きいろいつばめが やってきた なかよくならんだ とっきゅうれっしゃ
(5)パノラマカー



【1960年 日本国有鉄道クロ151形パーラーカー「つばめ」】
東京タワーをバックに夜の東京を走る大阪発の上りクロ151つばめと併走する101系山手線の何とも魅力的な1枚。もし原画が現存しているならば見てみたい1枚である。101系の山手線投入は1961年(昭和36年)で当初はカナリアイエローであったが、イラストでは中央線のオレンジのように見える。

文:「こんばんわ つばめごう ねおんがひかる よるのまち とうきょう・たわーもむかえてる とうかいどうをまっしぐら ごくろうさん つばめごう
(6)夜の東京



【1959年 EF58牽引 寝台特急さくら】
「さくら」は戦前より存在した列車愛称だが、ブルートレインとしては1959年(昭和34年)から2005年(平成17年)まで、国鉄(及び後継のJR)が東京駅-長崎駅間で運行した寝台特急であった。日立が1958年2月25日に製造したEF58ブルトレ塗装139号機と共に海側を走るのは153系準急。山陽本線の朝霧駅付近を描いたと思われる1枚で山側を走行するのは山陽電鉄2000系ステンレスカー。

文:「とっきゅう じゅんきゅう ならんではしる やまをこえ のをこえ まどからみえる あおいうみ とおくによっとがはしってる ひがしににしに みんなをのせて はしれとっきゅう さくらごう
(7)EF58



【1961年日本国有鉄道 キハ82特急形気動車 白鳥】
白鳥は、1961年(昭和36年)10月に国鉄が、大阪駅-青森駅間などで運行した特急列車である。白鳥には日本初の特急形気動車キハ81の改良型であるキハ82が投入されたことから、キハ82は俗に白鳥形とも呼ばれる。「青森白鳥」は大阪-青森間(1052.9km)を走る、昼行特急列車としては日本一の走行距離を有していた。1960年代にカツミ模型店から日本型HOゲージ(16番)鉄道模型がリリースされヒット商品となったが、個人的にはキハ81に比べるとキハ82はありふれた没個性的なデザインに見える。絵では踏切待ちでバスガールがバスから降りて赤い旗を持っている。1960年いすゞBXの行先表示「十条駅前」というのは京都の十条駅(?)。

文:「『はくちょうごうのつうかです しばらくおまちをねがいます』 しぐなるさんもうでをさげ はくちょうごうに ごあいさつ うんてんしゅさんは にっこりと あいさつかわして いきました
(8)白鳥



【1959年 日本国有鉄道EH10牽引コンテナ特急たから】
「たから」は国鉄が1959年(昭和34年)11月5日より東京・汐留駅-大阪・梅田駅間で運行したコンテナ専用貨物列車で牽引機はマンモス電気機関車EH10形。当時、吹田操車場-梅田間は非電化であったため、この区間のみEH10ではなくD52形蒸気機関車が牽引していたという。チキ5500形コンテナ車(1965年の称号改正後はコキ5500形)24両とヨ5000形車掌車を連結した25両の長大編成で、全長460 m、重量1,000 t、旧規格の5 tコンテナを120個積載して、速度種別は「特急貨甲A」で最高速度85 km/h、10時間55分で汐留・梅田間を結んだ。手前を走る足1ナンバーのトラックは1962年トヨタFAもしくはDA、品4ナンバーのツートンカラーのライトバンは1962年ダットサン320。

文:「でんききかんしゃ こんてなひいて はしっていきます まちからむらへ かもつじどうしゃ にもつをつんで はしっていきます むらからまちへ
(9)EH10たから



【1962年 日本国有鉄道 新幹線1000形試作電車B編成】
1962年(昭和37年)6月より鴨宮基地を研究拠点としてモデル線での新幹線システム全体の試験を開始した際の窓周りをブルーとしたB編成を描いたもの。併走する首都高?には1962年秋のマイチェン後の横目のセドリックが描かれていることから、この絵本に発行年月の記載はないものの1963年以降の発行と推定できる。

文:「はやいぞ とっきゅう ちょうとっきゅう ろけっとみたいに はしってく すごいぞ とっきゅう ちょうとっきゅう だんがんみたいに はしってく ゆめのとっきゅう ちょうとっきゅう とうきょう おおさか 三じかん」 

(10)新幹線



●裏表紙: 1957年小田急ロマンスカー3000形SE車「あしがら」
1957年(昭和32年)7月6日に営業運転が開始された小田急の名車。鉄道友の会の第1回ブルーリボン賞受賞車両。少々見にくいですが上部にトッパンのえほん「ぴんくまシリーズ」として30タイトルが記載されている。何と乗物系は、「ゆかいなのりもの」「たのしいのりもの」「はしれとっきゅう」「きしゃ」「ばすりょこう」「さいれんならして」「ふね」「いろいろなのりもの」「ちからのつよいのりもの」「めずらしいのりもの」「ひこうき」「そらのたび」「うんてんしゅさん」の13タイトルも出ている。絵本はブリキの玩具と同様に子供に与えられ、やがて捨てられる運命を辿ったモノが大半のため、乗物系だけでもこの全てのタイトルの絵本に巡り合うことはなかなか難しい。
(11)裏表紙





★オマケ(その1): 米澤玩具  1/32スケール 1960年国鉄クロ151パーラーカー「こだま」
全長65.5cm。全幅10.0cm。ブリキ製。フリクション動力。米澤製品番号No.356。当時定価:都内770円・全国850円。実車の全長が21250㎜であるので、全長比で1/32スケール程度(全幅比では1/28程度)。天賞堂のHOゲージ16番サイズの鉄道模型やオリエンタルのプラモデルを除けば唯一のクロ151の当時物模型玩具。巨大なサイズで室内シートまで造り込まれた様は壮観。国産自動車のブリキ玩具で言えばバンダイのプリンスグロリア・スーパー6に相当する、国産鉄道ブリキ玩具の頂点に位置する製品。
こだま(1)

こだま(2)

こだま(3)



★オマケ(その2): 米澤玩具 1/32スケール 1960年国鉄クロ151パーラーカー「つばめ」
全長65.5cm。全幅10.0cm。ブリキ製。フリクション動力。米澤製品番号No.357。当時定価:都内770円・全国850円。オマケ1のバリエーション。
つばめ(1)

つばめ(2)

つばめ(3)

オマケ1とのツーショット。一緒に並んだポルシェ356Bはほぼ同じスケールのSSSインターナショナル製品。
つばめ(4)2両1

つばめ(5)2両2



★オマケ(その3): ポプラ社の写真図鑑 第9巻「電車・客貨車」
1962年2月25日発行。B5判134頁。著者:横山勝義・黒岩保美・西尾源太郎ほか。表紙を飾るのはクロ151つばめと名鉄パノラマカー。ジュニア向け図鑑ながらこの本だけのオリジナルな写真も多く内容の良い1冊。
ポプラ社図鑑



★オマケ(その4): 1959年 国鉄151系特急こだま高速度試験 ドキュメント映像
1959年(昭和34年)7月27日~31日に東海道本線 藤枝~島田間(7.5km)において151系こだま形特急電車の高速度試験が実施され、試験最終日の7月31日に狭軌世界最高速度163km/hを記録した際の映像。段々スピードを上げていく様子は一見の価値ありです。