夢の暮らし? | ロンドンつれづれ

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気が向いた時に、面白いことがあったらつづっていく、なまけものブログです。
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数年ぶりに会う友人が1週間ほど滞在した。
 
彼女とは元職場が同じだったけれど、20年ほど前から彼女は国連や日本政府の仕事を多くするようになった。スーダンに始まり、ミヤンマー、東チモール、アフガニスタンなど、つねに紛争地である。
 
今回も、今紛争真っただ中、爆弾が飛び交うようなアブナイ国から10日ほどの休暇をもらってイギリスに来ていたので、とにかく体と心を休めてほしいという気持ちで我が家に泊まってもらった。
 
いつもはクッキーと紅茶だけですませてしまう朝ごはんも、彼女が滞在中はきちんと作った。
 
 
まあ、作ったと言ってもハムやフルーツをお皿に盛っただけだけれど…。
 
 
 
庭には猫が。
 
 
 
 
 
 
そして花が。
 
 
 
 
とにかく、大勢の命がまるで簡単に奪われるようなところで仕事をしている彼女に、ひと時の安らぎを得てほしいと思ったのだ。
 
 
 
変なところに寝ている猫。
 
 
前来た時より、庭が綺麗になってる~!と彼女。 そうだね、今の方が時間があるからちゃんと手入れしているんだよ、と私。
 
 
 
ネコは相変わらず、呑気そう…。 隙間に落ちそうになっても、寝ている。
 
 
 
 
お、庭に座っていた私を見つけて寄ってくるミイナ。
 
 
 
 
 
 
ねえ、なんかオヤツないの?
 
 
 
そういうときだけ寄ってくるんでしょ、と彼女は笑う。そうだね、その通り。
 
 
また、別の日の朝食。天気が良いと、庭を見ながら、クラッシックを聴きながら、朝食はコンサーバトリで食べる。
 
 
 
 
この日もフルーツをいっぱい。
 
 
 
また、外にいると…
 
 
 
ネコは日陰を探す。
 
 
 
 
 
ああ、首がかゆい…。
 
 
 
 
虫を追いかけて…
 
 
 
でも、やっぱりオヤツが欲しい…
 
 
 
ねえねえ…
 
 
 
なんか、オヤツないの~?
 
 
ええ、またオヤツ欲しいの?
 
毎日、オヤツが欲しいの?
 
こんなやり取りを聞いていて、友人は、
 
「姉さん、夢の暮らしだね」という。(彼女は私をいつも姉さんと呼ぶ)
 
「え、夢?」って聞き返すと、
 
「うん、だって昔から、姉さんはいつも庭にたくさん花を植えて、猫を飼う暮らしがしたいって言っていたよね。それが夢だって。」
 
ああ、そうだったねえ、そして花を育てて、猫と暮らしているね。そして、そういう暮らしが当たり前に手に入るって、本当は当たり前のことじゃあないんだよね…。
 
彼女は紛争地ばかりで仕事をしてきて、それを痛いほど知っているのだ。
 
明日、また彼女は紛争地に帰っていく。 なんの罪もない市民や子どもがたくさん殺されているところへ。 私が持たせた日本食をスーツケースに詰めて。私が上げた夏用のワンピースを2枚持って。
 
駅まで送り、「死なないでよ」といってハグをした。
 
 
世界のあちこちで、このように紛争地で働いている日本人がいる。 いや、紛争地だけではない。 世界のあちこちで、日本に品物を届けるため、日本の品物を売るため、あるいはそのように海外で仕事をしている日本人の様々な需要に応えるため、あるいは海外在住の日本人を守るために働いている日本人がいる。 
 
あるいは、日本や日本人、日本の文化をより知って、外国の人に日本に対する友好的な気持ちを持ってもらうために仕事をしている日本人がいる。彼女のように命がけで仕事をする人ばかりではなくとも、不便な外国で日本や日本食が恋しいと思いながら働く日本人も多くいる。日本の家族に会いたい、と思いながら海外で働く日本人が多くいるのだ。
 
危険な紛争地には、現地の真実を伝えようとするジャーナリストも世界中から集まっているだろう。そういう人たちこそ本当に命がけだ。今、ガザではジャーナリストがイスラエルのスナイパーに意図的に狙われて殺されている…。
 
 
日本のジャーナリストやNGOで働く人たちが数年前に攻撃されたり誘拐されたりした時、「自己責任」ということをいってメディアが批判したのには驚いた。メディアだけでなく、一般社会も同じような態度だった。イギリス人には理解できない態度のようだった。
 
またコロナの時、私や彼女も含め、海外で働く人々が日本に戻れない時期があった。日本の国民が日本に入れないという異常事態が起きたのだ。飛行機の予約が一時止まってしまったのである。その後、入国が可能になっても国民の一部は海外にいる日本人に対して「帰ってくるな」ということを言っていた。
 
私も往来がかなり自由になり、成田・羽田からホテルに6日間留め置かれてから自宅へ、という流れの時に帰国したが、日本でももうコロナが大流行しており、海外から持ち込むだなんだという時期は過ぎていたのに、「外から帰ってきてほしくない」というコメントがついて、びっくりしたのである。
 
この人たちは、自分たちが毎日着たり食べたり使ったりしているものが、すべて日本国内だけで手に入ると思っているのだろうか。あるいは、日本で作ったものを海外に売って、日本の企業がうるおい、自分の夫や子どもたちが職を得ているということを知らないのだろうか。そのためには海外で働く日本人が必要だ、ということも? また、そうやって海外で働く企業戦士を守ったりサービスを供与するための日本人も海外で働いていることを知らないのだろうか?
 
あるいは直接企業にかかわらなくても、私や彼女のように日本政府や国連の命を受けて海外で働く日本人や、日本と諸外国が友好を保てるよう、文化交流などで貢献している日本人もいる…。
 
海外で暮らすことは、カッコいいことでも羨ましいことでもない。特に仕事をしている場合、日本国内で働くのと同じぐらい、いや、語学力の問題や人種差別、異文化だという点で、よりストレスの高い暮らしなのである。
 
友人は結婚もせずもう50代後半になったが、人生の大半を紛争地で仕事をしてきて、あと10年ほどで退職するだろう。 国のためにこんなにまじめに働いてきた人が、コロナの時、「帰ってくるな」と言われたことをどう感じたかな…。
 
友人の目には、私はどうやら「夢だった暮らし」を手に入れているように見えているらしいが、私はそろそろ日本に戻ってくらしたいというのが夢なのである。 本来、こんなに長く海外に暮らすとは思っていなかったのだ。息子は日本にいることだし…。
 
友人のこれからも、私のこれからも、実は定かではない。人間、明日はどうなっているかは誰にもわからないのだ。
 
だったら、今の自分は幸せだ、自分の選んだ生き方をしている、と思いながら毎日を暮らした方が得だ。
 
紛争地にまた戻っていった友人も、きっと「これはあたしが選んだ道」と思いながら暮らしていることだろう。 これまでだって、サソリに刺されたり、サルに尻を噛みつかれたり、砂漠で迷子になったりした彼女であるが、それもみんな武勇伝のように話してくれる友人である。
 
そうであれば、私はもう何も言うことはないのである。
 
「死なないでね」といって、ハグをすることしかできないのだ…。
 
 
ただ世界には、こうやって日本のため、そして恵まれない人々のために身を粉にして働く名もない日本人が散らばっていることを、ちょっとでも知っていてほしい、と思うのである。