4月9日 | ロンドンつれづれ

ロンドンつれづれ

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4月9日に、羽生さんのアイスショーのライブが、CS朝日で放映されることは知っていた。

 

が、この日は自分のスケートの早朝レッスンの予約、それから仕事でのミーティング、さらに夕食までのアポが目白押しで1日外出、とても自宅でライブを見ていられる余裕は無かったのである…。

 

その後も、結構仕事が詰まっており、夜も9時にはベッドに入っていなければ翌朝4時や5時に起きることは無理。

 

ということで、週末まで我慢に我慢を重ね、やっと土曜日に見ることができた。→Re_PRAY←である。

 

ハッキリ言って、これまで何度か見ているアイスショーである。そして私はいわゆる「信者系」のファンではないので、また同じものを見る意味があるのか、と問われると、うーん…というしかない。 

 

いや、しかし、競技会だって、選手は1シーズン同じプロを繰り返し滑るわけで、同じものを何度も見て、何が面白いかという人もいるかもしれない。

 

しかし、演技というのは生ものというか、同じ人が同じプログラムを滑っても、そのたびに違うということがある。そして、まあ、バレエなどでもそうだが、同じ演目を何度も演っているうちに、円熟度が増してくるということは実際あるのだ。

 

羽生さんの→Re_PRAY←も、回を追うごとにますます洗練されていくのがわかる。「破滅への使者」だって、ツアー後半になってクリーンなパフォーマンスを見せたではないか。このアイスショーの中でも、私が好きな演目はいくつもあるが、「般若波羅蜜多~」で赤いランウェイを体をよじりながら来る羽生さんも、回を重ねるごとにすごみが増してきたし、阿修羅ちゃんはますますキレが良くなり、若いファンは一挙手一投足にキャーキャーと大騒ぎだ。

 

私はゲームを全くやらない人間なので、ゲームのコンセプトは正直あまり理解できていないかもしれないが(トウームレイダースぐらいはやった)、若い羽生さんがゲームの世界からコンセプトと音楽を引き出してアイスショーに仕立てた、という試みはエンタテイメントとして面白いと思ったし、なにより選曲も良いし、プログラムがきちんとそのストーリーの組み立ての中に生かされているところが、なかなかだな、と思ったのである。

 

合間に出てくる言葉たち(書かれたものも話されたものも)は、これまでの人生の中で羽生さんが何度か思い描いたり口ずさんだりしたものなのではないか、彼の心象風景を描くパズルのピースのようなもので、その中で「これまで何度死んで来た?」という問いかけは、ビデオやテレビゲームで「リプレイ」することに慣れっこになっている私の息子世代を持つ親も、少なからず「今の子どもは、人生の嫌な部分は早送りしたり、死んでもやり直しがきくと思っているんじゃ…」と懸念しながら育ててきた概念ではある。

 

「メガロバニア」は、関連ゲームについては全くの無知だから、プログラムだけ見ての感想だが、楽曲も衣装も、そして振り付けも斬新でなかなか良いと思う。

 

合間合間のビデオについては、実際のところは、羽生さんが一人で最後まで滑り切るためのリセスの役割が一番大きいとは思うが、実にうまいつなぎを演出していて、ザンボーニを含んだ3時間のアイスショーを一つのストーリーとしてまとめ上げるため、そしてスケートの演技だけでは説明できない部分を補うという役割も担っていて、ただのリセスではない。

 

前半、あれだけの数のプログラムを滑り、短いリセスを入れた後に、6分練習、そして「破滅への使者」という、ほとんど競技プロと言ってよい高難度のエレメンツを持つプログラムを見せる。このプロを演じるための練習で、怪我をすることはできない。

 

競技選手なら、「棄権します」で済むことが、プロのパフォーミングアーティストにはそれが許されない。しかも、バレエのように、ダブルがいて緊急の時の替えがきくというシステムではないのだ。なにしろ、どの観客も、「羽生結弦」を見に来ているのだ。「羽生結弦」だけを。

 

「羽生結弦」が怪我をした、熱がでたから、ショーはキャンセルです。 そんなことは、許されないという緊張感、責任感。 このショーのためにこれまでかけられた費用、スタッフの仕事、会場を抑えるための努力と予算。 何より、売ってしまったチケットをどうするか…。払い戻せば大赤字である。

 

できない、なんて言えない。病気になんてなれない。怪我なんてできない。ここまで大勢の人を巻き込んで動かしているものを、自分一人で背負っているのだ。

 

多少具合が悪くても、体調が悪くても、気分がすぐれなくても、押してやるしかないだろう。

 

しかし、歌を歌うのと違い、体調が悪いのに演技をすれば、大事故につながる可能性もあるのがフィギュアスケートなのである。硬い氷の上で転倒すれば、大けがにつながる危険なスポーツなのだ。

 

そして、彼は演者というだけではない、すべてにおいて、全責任を負って、この興行を成功させるために動いているのだ。

 

それを考えたら、本当に震えがくるほど怖いはずだ…。なのに、彼は、競技生活を終えてすぐにプロに転向し、それ以降その歩みを止めていない。弱冠29歳で、これだけの興行師としての才能。その緊張、責任、いったいいつまで続けることができるだろうか?

 

そういう目で、「破滅への使者」を見た。4S, 3eA+2T, 3Lo, 4T, 4T+Eu+3S+Eu+3Sだったか。少しこらえる着氷もあったが、転倒なしのクリーンなプログラム。

 

「いつか終わる夢」は、クリケット時代のウオームアップのルーティンだ。17歳でカナダに移動してすぐのころ、年下のリンクメイトたちと一緒に、これらのルーティンをやっている映像を覚えている。「ちっちゃい子ができることが、僕、できないんですよ!」と笑っていたことも。クリケットで基礎を徹底的に叩き込まれた。それがひと蹴りでグンと伸びるストロークやジャンプにもスピンにも影響した。

 

「あの夏の日」は、文句なく美しく、アイスショーのプロの中では、私は今のところ一番好きなものだが、それは昨年、父を亡くした思い出と強く結びついているからかもしれない。きっと、皆、様々な理由で、心に染みるプログラムがあるのだろうと思う。基本的な動きでここまで魅せることができるのは、やはり羽生さんならではの表現力と情緒だと思う。

 

 

「命の続き」「夢の続き」という言葉が紡ぎだされる。 

 

やはりこの青年にとって、被災は人生の大きな転換点、そしてその体験をしっかりと抱えながら希望や先を見据えて前に進もうという、誠実でポジティブな姿勢に打たれる人が多いのだろうと思う。

 

美しい姿勢のアウトエッジイーグルが、世界地図を描き出す。それは彼のスケートを愛する人が世界中にいることを知っているから、そして世界中で理不尽な悲しみや苦しみが続いているからなのではないか、と感じる。

 

仙台の会場にも、30か国を超える海外からのファンからが集まった、という。 芸術は国境を超えると言うが、まさに。

 

今回のツアーはこれで最後だが、また→Re_PRAY←をやりたい、という言葉も聞こえた。場所を世界に移して、今度は世界ツアーなどどうだろうか。羽生さんなら、きっと世界ツアーだって成功させるような気がする。

 

そして、最後のトークでは、様々な環境のファンを思いやり、「何回も来られた人も、1回だけ来られた人も、1回も来られなかった人も、CSで見た、という人も、本当は来たかったけれど、不幸があってこられなかった人も、お金の問題があってこられなかった人も、海外にいてなかなか難しい人も…」と様々な背景のファンの声がちゃんと届いていることを言葉にして、ファンをねぎらった。 SNSでいろいろな声や絵もみている、と。ひとつひとつ、様々な思いのこもったバナーも、フラッグも、一つ一つの力をひしひし感じています、と。ツアーを完成できたのは皆さんのおかげ、とも。

 

こういうトークの場でのしゃべりもどんどん上手になって、「もう終わりだな、寂しいな、帰りたくないな」という気持ちにもなる、と話していたが、私が彼を一番最初に見た2012年のフィンランディアの会場でも、メダルをもらい、ヴィクトリーランをした後もいつまでもリンクに残ってボランティアと一緒に氷の穴埋めをしていた羽生君は、「公園でいつまでも遊んでいたい子ども」のような様子だと思ったものだ。

 

その時に、私は前夜頑張って手描きしたバナーにサインをもらったのだが、そこに描かれていた羽生君の衣装はピンクだった。「これ、チゴイネですよね。」と彼は言い、「今日は、ジョニーも来ていたから…(うれしかった)」と。「そう、ジョニーのデザインの衣装ですよね」と私も答えたことを覚えている。優しい子なんだね、と夫と話しながらホテルへ帰ったものだ。確かにこのバナーを見て、ジョニーは6錬の時に、指さしてウインクしてくれたのだ。

 

もう12年も昔のことである。

 

ずいぶんと長い間、羽生結弦というスケーターを応援し、そしてこちらの人生も豊かにしてきてもらったなあ、と感慨深い。

 

今は日本のアイスショーを現地で観ることはなかなかできないが、こうやってCSでもなんでも放映してくれることは本当にありがたいし、彼の芸術の映像が後世に残ることは、とても大切なことだと思っている。

 

彼のアイスショーのブルーレイは、少ない年金をやりくりして、日本の実家に届くように購入してあるので、またそれを持ってイギリスに帰ってきたら、自分の観たいときに好きなだけ鑑賞できるのだ。(夫にも見せてあげる)

 

これも、本当にありがたいことだと思っているのである…。

 

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