岩野桃亜選手 | ロンドンつれづれ

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今季、SPもフリーもブノア・リショー氏が手掛けるという、ジュニアの岩野桃亜選手は、関西大学で練習中に彼の目をあっというまに惹きつけた、という。

 

 

下は、彼女が13歳の時のザルツブルグのジュニアグランプリだが、年齢に似合わないほどの表現力には驚かされたのを覚えている。 柔軟な膝の屈伸、腕や顔の表現まで含めて、洗練された演技だった。

 

 

こちらは、昨年2018年、カウナスで行われたJGPS.

 

 

ジャパン・タイムスのジャック・ギャラガー氏によると、岩野選手の才能にほれ込んだリショー氏が、2019-2020年の二つのプログラムを振り付けているということだが、海外のファンの間でちょっとした話題になっているのが、SPのプログラムが、ビリー・ホリデーで有名になった「奇妙な果実」だというのである。

 

ご存知の方もいるかもしれないが、これはアメリカ南部における黒人迫害をうたったもので、以下のような歌詞がついている。

 

Southern trees bear a strange fruit (南部に生える木には奇妙な果実がなる)
Blood on the leaves and blood at the root (葉には血がしたたり、根も血に浸る)
Black bodies swinging in the southern breeze (黒いからだが南部の風に揺られて)
Strange fruit hanging from the poplar trees (ポプラの木には奇妙な果実が垂れ下がっている)

Pastoral scene of the gallant south (勇猛な南部の田舎の風景)
The bulging eyes and the twisted mouth (飛び出した眼球にねじ曲がった唇)
Scent of magnolias, sweet and fresh (木蓮の甘い香りがさわやかに)
Then the sudden smell of burning flesh (そして急に肉の焦げる匂いがするのさ)

Here is the fruit for the crows to pluck (ほら、この果実はカラスがつつく)
For the rain to gather, for the wind to suck (雨にさらされ,風がもてあそび)
For the sun to rot, for the trees to drop (太陽で腐り、木から朽ち落ちる)
Here is a strange and bitter crop (奇妙でむごい作物がここにはあるのさ)

 

 

この歌は、1930年代、アメリカ南部にまだ激しい人種差別が残っており、KKK(クー・クラックス・クラン)などの白人至上主義者たちが黒人をリンチ殺害した後、木につるして火をつけたりしている写真を見たユダヤ人の牧師が作ったものだそうである。 言うまでもなく、「奇妙な果実」とは、木につるされた黒人の死体のことである。 

 

ナイトクラブでビリー・ホリデーが最初に歌った時は、客席はしーんと静まり返ってしまったそうだ。 そして、一人の客がおもむろに拍手をしだすと、それにつられて割れるばかりの拍手が起こったそうである。

 

その時代から何十年もたち、アメリカに初の黒人の大統領が現れたというのに、トランプが大統領として君臨するようになってからあっという間にアメリカは当時の様子に戻ってしまったかのようだ。 

 

トランプは選挙で再選されるために故意にアメリカを人種差別で分断し、自分の票田である白人至上主義者たちを煽っている。 つい最近も黒人指導者である牧師を中傷するツイッターをあげ、トランプ信奉者は大いに盛り上がっているそうである。 彼の応援ミーティングでは、「国に帰れ!」コールが観衆の中から大合唱で起こったそうで、まさに1930年代のアメリカ南部の悪夢を思い起こさせるようだ。

 

 

ちなみに、岩野選手は、Nina Simoneのバージョンを使うようである。 そして、同じNinaのSinnermanと組み合わせるようである。

 

 

 

 

 

 

15歳の岩野桃亜選手が、もし本当に「奇妙な果実」でプログラムをつくるとしたらどうだろうか。

 

まず、このスローな曲でスケートを滑るのは、けっこう難しいのではないかな、というのが正直な感想である。 またこの歌の持つメッセージはかなり暗くて、強いものである。 その暗さと強さをコントロールできるだけの演技でなければ、このプログラムは失敗になるだろう。15歳の女の子が理解し、表現できるかどうか、というところである。

 

そしてSinnermanも、犯罪者が逃げ隠れようとして走り回る暗い歌である…。

 

今、世界が危うい均衡の上に成り立っている現実を背景に、これらの曲で作られたプログラムを見る観客の反応はどんなものになるだろうか、という心配もあるのである。 欧米の人々は日本人が思っている以上に、人種問題については過敏である。 歌をしらなくとも、英語の歌詞が理解できれば、ちょっとぎょっとするだろう。

 

過去に、リプニツカヤ選手が「シンドラーのリスト」をやった。 あれも、政治性の高い、そして暗いストーリーがテーマであり、メッセージだった。 しかし、当時の彼女はそれを見事に体現し、人々を感動させた。 あれは、コーチもコレオグラファーも「まだ早い」と反対したのに、ユリアのたっての希望で行ったプログラムだったそうである。

 

ただし、シンドラーは、今現在起こりつつある恐怖を描いたものではなく、我々、観客は「過去の悲劇」として、一歩退いて観ることができたのだ。

 

 

リショー氏が、岩野選手に「奇妙な果実」の曲で振り付ける、というのは、Quadrupleのツイッターで7月27日に出た情報のようである。 そしてそこには上記したように、Sinnermanのタイトルも銘記してあるので、このテンポの速い曲と合わせてアレンジするのであろう。

 

「奇妙な果実」を今選ぶことに、リショー氏は、なんらかのメッセージを込めようとしているのだろうか。 それであれば、15歳の少女ではなく、もっと成熟した大人のスケーターの方が合っているのではないだろうか。 リンチをされた黒人の身体が木からつるされ、その体からはまだ煙がくすぶっているような情景が目に浮かぶ、そんな歌である。 

 

しかし、そんなテーマと知っていながら、あえてプログラムに作ろうとし、それを滑ろうというのであれば、それは本当に凄いことだ。 たしかに、欧米の俳優やアスリートにとっては、政治的な意見を表現することは日本人ほどタブーではない。 そして、岩野選手の表現力があれば、もしかしたら可能かもしれない。

 

そして、この曲を選んだのは、当時15歳だったリプニツカヤのように、もしかしたら岩野選手本人かもしれないのである。 彼女に、強い意志と訴えたいメッセージがあるのだとすれば、表現者である彼女のそのチョイスに反対することのできる人はいないだろう。

 

 

諸刃の剣になる可能性もある、そんなリスクの高いプログラム。 振付師と、演者の腕の見せどころではある。

 

 

ちなみに、フリーは、Papa Can You Hear Me、だそうである。

 

 

彼女のSP, フリーのプログラムが発表される日を、なんだかドキドキしながら待つことになりそうである…。

 

 

なお、岩野選手はクラウドファンディングで寄付を募っています。

https://actnow.jp/project/moaiwano/detail

 

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https://twitter.com/AxelQuadruple/status/1155122600009277445

 

https://www.japantimes.co.jp/sports/2019/04/18/figure-skating/exclusive-benoit-richaud-choreograph-moa-iwano/