五嶋みどりさん | ロンドンつれづれ

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NHKの、「プロフェッショナルの流儀」という番組を、イギリスで放映している日本のテレビでは、1週間遅れで見ることができる。


この月曜日は、ヴァイオリニスト、五嶋みどりさんを取り上げていた。


少女だ、少女だと思っていたら、彼女はいつのまにか40歳を超えていた。

そして注目していたはずの彼女はいつのまにか、私の毎日からはいなくなっていたのである。私が子育てや親の介護などで忙しかったころ、彼女は23,4歳になっており、番組によるとちょうどその頃から、うつ病にかかって演奏ができなくなっていたそうである。


知らなかった。


10歳でズービン・メータにその才能を認められ、以後30年にわたってクラッシックの最高峰に存在し続けるヴァイオリニスト。

天才といわれつづけて、その道は洋々としたものであるとばかり思っていた。


ある日、突然彼女は「悲しみから抜け出せなくなった」と取材では話していた。どうしても、何をしても、悲しみがとまらなかった、と。拒食症になり、苦しんだそうである。ヴァイオリニストとして生きていくことに、悩んだと言う。
 

そしていったん音楽ばかりをやっている生活から抜けることを考え、大学に通って普通の生活を始めたそうである。すべてのものが新しく、音楽以外の世界から知識を広く吸収することで、彼女はうつ病から抜け出すことができたのだという。


幼い頃から有名になり、世界中で活動がはじまり、ホテルは一流、移動は車、身の回りのことは他人がしてくれる。それがステイタスであり、それを強要されて、普通の生活ができなくなったことが、五嶋さんはとてもつらかったという。

大学に通い、普通の生活をとりもどしたことで、はじめて「自分の生き方でヴァイオリニストになる」ことを選んだそうだ。

現在の五嶋さんの生活は非常に質素である。大学で教えながら演奏旅行もする。泊まるホテルはすべてビジネスホテル。移動はすべて公共交通機関。荷物はすべて自分で持ち、ステージ衣装はいつも同じ。洗濯はコインランドリーで自分で行う。

そして、「みどり教育財団」をたちあげて、さまざまなチャリティ活動を行っているのである。



テレビでは、日本にもどって障害のある子供たちと一緒に演奏会をするみどりさんのやさしい表情はとても素敵だった。とまどい、つまづきながら音を出す子供たちに、口出しをせず、ジーっときいているみどりさん。「とても素直な音がしていると思います。とても素直で純粋な音が聞こえます」と。


世界最高峰のヴァイオリニストであるみどりさんは、毎日、毎日、基礎の音出しを繰り返す。

丁寧に、丁寧に、ド、レ、ミ、ファ、・・・と。 毎日この基礎をやらないとだめなんだそうである。

みどりさんは、自分の音を探すのに近道はないと言う。楽譜と徹底的に向き合い練習することはもちろん、曲が作られた時代や文化を調べ尽くし解釈に思いを巡らせる。さらに、かつて何千回も演奏したことのある楽曲でもまるで初めて挑むかのように練習を怠ることはない。

彼女がずっと貫いてきたのが“自分”と向き合うという考え方だ。
「自分の中にある音、自分がどのようにその音楽に対して反応するかが大切だと思います。外から持ってくるより、自分の中からどうやって出せるのかとか、中には何があるのか、そういうことを考えていく」と語るみどりさんは、音楽を通してひたむきに己と対話し続ける。

彼女は「曲は生きているから、演奏というのはその時々で変わるものだ」という。外から持ってくるより、自分を見つめて、自分の中にあるものを問いただす、そんな作業。

「音というものはとても素直に弾いている人の心境や経験が反映されると思うんですけど、音そのもの自体が、何か自分自身だと私は感じます。だから私は素直に演奏していきたい。素直であるために、欲というものをなるべく見つめ直して、できる限り離していきたいと思います」


11才から天才と騒がれ、世界中をトップクラスの大家と演奏し続けてきたヴァイオリニストの言葉は、あまりにも謙虚で、素直で、ピュアなのであった。ご自分は質素な生活をしながら、時間に余裕がありさえすれば、チャリティ活動にエネルギーをつぎこむ。


これこそが、本当の偉大な天才、そして「欲を離していきたい」と語る彼女のピュアな生き方は、その類まれな音の中に織り込まれている。





五嶋さんにとってプロフェッショナルとは…

「感情に振り回されずに、仕事と言われているもの、与えられた仕事、自分で選んだ仕事、そしていただいた仕事というものに向かって情熱をそそぐことだと思います。」


感情に振り回されずに、情熱をそそぐ。

簡単そうでむずかしいかもしれない。


五嶋みどりさん、日本が世界に誇れるとってもかっこいい女性なのである。