ブーシュカ~
8冊目「逆説の日本史」
携帯で自分のブログを見てみたのですが、ずいぶんPCとは違って見えるものなんですね~^^
あの狭い画面で、見やすい内容にするために、いろんな部分が削られちゃってるのが分かりました。
でも、思ったより、携帯の画面でも、見やすく表示されているのには、驚きましたね~^^
大変な技術ですよね~>アメブロさん^^
さて、本日は、ぐるっと回って、日本史関連の書籍の紹介の2回目ですね~^^
ええと、1回目は何だったかというと、
確か、司馬遼太郎の「坂の上の雲」でした~^^
ちょうど、NHKで、ドラマをやるというし、力も入ってるので、1回目としてはいいんじゃないかと思ったんで・・・・・・
で、このあと、司馬遼太郎の他の本とか、「徳川家康」でおなじみの山岡荘八に行くとか、海音寺潮五郎とか、宮本武蔵の吉川英治とか、鬼平犯科帳の池波正太郎とか、まあいろいろいくらでもあるんじゃないかと思うんですが・・・・・・・・・
まあ、ポップが、本当にためになるというか、すごいと思うのはやっぱり司馬遼太郎さんの本の数々なんですが、
(一応、これが基本として、ひととおり、鎌倉・戦国・幕末・明治の各時代を押さえたとして・・・・・・)
そういったひととおりの大河ドラマの筋となるような基本を押さえた上で、
すごい~~と思ったのがこれでした。
小学館から発売されてる井沢元彦のノンフィクションというか、日本史の通史の研究発表みたいな著作です。
週刊ポストに連載されてるものが、単行本になって発売されていて、2年ほど遅れて、文庫本化されています。
単行本としては、現在16巻まで発売されていて、
第1巻の古代神話時代から始まって、現在は、江戸時代の終盤辺りまで進んでいます。
題名に「逆説の」とあるように、その内容は、しばしば私たちが常識として受け入れてきた内容とは異なってくるのですが、決して奇をてらった内容ではなくて、むしろまっとうな説明に、おもわずこちらも納得してしまいます。
著者の井沢元彦は、この本を書き始めた動機を、
1.日本の歴史学が、イデオロギーとか権威主義とかに染まっていて、正しい判断力を失っている。
2.日本の歴史学をになっている先生方が、宗教的な知識に欠けているために、日本史をしばしば動かしてきた呪い・祟り等の呪術的な側面を無視するか軽視してきたために、間違った受け取り方をしている。
3.日本の歴史学が、その時代その時代の専門に分化していて、通史として理解することが出来ていないために、簡単なことが分からなくなっている。
4.日本人は、過去の歴史に学んで現代に活かすというのが苦手で、過去の苦い経験も、すぐに水に流してしまいがちであるが、そういった苦い歴史を現代に活かすことこそが、歴史学者の使命であるはず。
と、このように述べていて、よって、一介の小説家に過ぎない自分が、このように取り組んでいるのだと述べています。
まあ、難しい話しはこれくらいにしておいて・・・・・・・・
自分がこの本を読んでいて、いくつも、おおーと思った点があったので、そういった点を思いつくままにいくつか挙げますと・・・・・・・・・
1.桶狭間で、織田信長が、今川義元を、奇跡的に打ち破るのですが、
(2万5千人 対 3000人 と言われてるそうですが・・・・・・・)
信長は、桶狭間で勝利したあと、家康と同盟を結んで、
信長は、西に向かって進軍し、美濃の斎藤龍興を攻略することに専念し、
家康は、東に向かって、岡崎から駿府に向かって攻略することに専念する。
というのが、史実であって、いろいろな大河ドラマでも、桶狭間のあとは、何の疑問もなく、美濃攻略の話しで、そこで、墨俣築城で秀吉こと藤吉郎が大活躍という筋になっているのですが・・・・・・・
この点について、井沢元彦は、この決断は、驚き以外の何者でもないと言ってます。
というのは、
この時点では、徳川と織田というのは、祖父の代から、何代も領地をめぐって争ってきた間柄で、よって双方にお互いに殺し殺された家族を何人もかかえているという事情があって、普通は、仲良く同盟を結ぶというのは、感情的に難しいこと。
今川家では、義元亡きあと、バカ殿様の今川氏真しかいないので、今川の領地は、取ろうと思えば、容易に取れる状況であったのにもかかわらず、ぜんぜんそんな野心を見せず、今川攻略は、弱小兵力の徳川に任せてしまっていること。
しかも、当時の今川領内には、安部金山があり、肥沃な農地があり、良い港があったにもかかわらず、そういった領地拡大に欲をみせていないこと。
これは、武田信玄が、単なる領地拡大のために、川中島で何度も上杉謙信と戦ったのとは、雲泥の差であること。
(川中島を得ると、北信濃が手に入る訳ですが、そんなところにこだわったが為に、上杉と反目することになり、武田は、身動き取れなくなったという事情が一方にあります・・・・)
このように、普通に当時の常識で考えると、桶狭間に勝ったら、その勢いで、今川領に攻め込むのが普通であって、そのようにしない信長こそが、世間の常識では考えられない行動であることが、井沢さんに言われてみれば、確かにそうだと分かります。
信長は、天下統一のためには、まっしぐらに京に向かうべきであって、下手に今川領に侵攻すると、武田や北条といった強国と国境を接することになって身動き取れなくなるので、徳川と同盟を結んで、東を徳川に任せたのですが、それは、はっきりとした目的意識があるからこそできることであって、凡人にはなかなかできないことなんだと言われるまで、自分も含めて、ほぼ全ての人が分かってなかったと思いますね~^^
さすがに、長くなってきたので、もうここら辺りでやめておきますが、邪馬台国のこととか、源氏物語とか、蘇我氏のこととか、いろんなところで、おもしろい話しが出てきます。
あ、そうだ。
自分もそうなんですが、外国人に日本のことを説明するときに、幕府と天皇で、どちらが偉いのかとか、どちらが国を代表してるのかとか、説明しようと思うと、ハタと説明に困ってしまったりするのですが・・・・・・・
そういった問いにも、明確にこの本は答えてくれています。
ひとつ、ものすごくはしょってヒントをいうと、たとえば、鎌倉幕府というのは、天皇から見ると、東国に急に現れた、暴力団が支配する治外法権エリアであったらしいですね~^^
まあ、つまり、源頼朝というヤクザの大親分が、勝手に鎌倉に居座って、今日から東国地方は、自分たちで勝手にやると宣言したようなものであって、朝廷としては、そんなの認めた訳ではないのですが、承久の変とか、いろいろある内に、既成事実化していったという具合みたいです~^^
(説明が、めちゃめちゃおおざっぱですが・・・・・)
さて、このシリーズは、とにかく量が膨大なので、1巻から順に読むのは大変なのですが、
それでも、たとえば、織田信長編あたりからとか、家康編あたりからとか、そういう読み方だと、なんだか分からないで、たぶん嫌になっちゃうものと思われます。
面倒くさくても、1巻の古代編から順に読んでいって、肌合いが合えば、続きを読むという感じが一番いいと思いますね~^^
まあ、別にポップが宣伝しなくても、もう十分にこのシリーズはベストセラーなんですけれども・・・・・・・^^^;;;
テレビドラマ「白い巨塔」
つぎはテレビドラマで、ポップが良かったと思ったドラマの紹介ですね~^^
しかし、あんまりドラマって、いつもチェックしているわけでもなくって、
というより、ほとんど見ないっていう方が当たってるかも・・・・・・・
ただ、ドラマが嫌いっていうわけではなくって、はまると一生懸命ビデオも取ったりして見ちゃうんですが・・・・・
だいたい、必ず見てるのはNHKの大河ドラマなんですが、
(前は、大河を見てから、原作を読むパターンも多かったです^^)
いまやってる「天地人」は、ぜんぜん見る気がしなくって・・・・・・・・
(去年やってた「篤姫」は熱心に見てましたよ~^^)
だいたい、秀吉役をやってる俳優さんが、まったく脇役の人で、貫禄ないし・・・・・・・
直江兼続役の妻夫木さんの髪型がなぜか、現代の学生みたいな髪型で、全く変だし・・・・・・
(どうして、名家の家老が、さかやきを剃ってないのか、理解に苦しむ・・・・・?)
あと、キムタクさんのドラマも、見ない見ないといいながら、いくつかは見ちゃってるんですが・・・・・
(最近では、総理大臣になっちゃうやつですね~)
これだーというようなここで紹介するほどのドラマって、なかったような気がします・・・・・・
あと、思いつくままに挙げると、
「Dr.コトー診療所」の第2期のやつは、とても印象に残ってます。
あと、大河ドラマで、「利家とまつ」「巧妙が辻」「篤姫」「新撰組」「家康」「花神」「跳ぶがごとく」とか、・・・・・
他にもいろいろあるのでしょうが、本日ここでご紹介したいのは、これです~^^
山崎豊子原作の「白い巨塔」の田宮版と唐沢版の両方です~^^
本当は、もっと良い写真があれば良かったんですが、フジテレビのHPからは、まったく手に入れることが出来ず、
(当たり前か~~~^^;;;)
ネットに落ちているユーチューブからの静止画のキャプチャーです。
筋書きは、あまりにも有名な話しなので、ここでは説明無し。
筋書き知りたい人は、ウイキで調べて下さいね~^^
唐沢さんは、このドラマをやるに当たって、原作者の山崎豊子さんに、事前に挨拶に伺ったそうなんですが、
そのとき、
「あなた、このドラマを引き受けるなんて、よくそんな度胸があったわね~」
と、皮肉めいたことを言われたそうです。
唐沢さんって、その当時は、どちらかというと、月9のトレンディー俳優ってイメージだったので、山崎さんとしては反対だったらしいのですが・・・・・・・
(実際、自分も、財前教授のイメージとしては、田宮さんの印象が強すぎて、リアルタイムでは見てなかったもんな~~^^;;)
放送が終了する頃は、唐沢さんの財前教授を、山崎さんもすっかり認めていたそうですから、
じっさい、唐沢さんも田宮さんに負けてないと思いますね~
どちらも迫真の演技だったと思います~^^
ただ、田宮さんの財前教授は、どんどん情けなくて、哀れっぽい感じになっていくのですが、
唐沢さんの方は、最後まで、ちょっと格好良すぎるのかな~とは思いますが・・・・・
いま、唐沢版の方が、フジテレビで再放送してますし、
DVDなら、どちらも手に入るので、ツタヤに行けば借りられると思いますよ~^^
市橋容疑者の逃避行について
昨日は、市橋容疑者が捕まったと言うことで、夜の報道番組では、新幹線での移送の生中継とかで大騒ぎでした。
もっと粘るんだろうなあと思っていたので、案外普通の人のように指名手配に引っかかったのは、以外でしたね~
今回は、一連の逃避行についてちょっと考えま~す^^
まず、最初に、千葉県警に踏み込まれて、裸足で逃げたあと、行方をくらまして、その間に、どうやってなのか分からないんですが、整形ですっかり顔を変えて、神戸なり大阪なりで住み込みで生業についていたことについて。
これって、ある意味すごいですよね~
あの当時、けっこうな人が、市橋は、もう自殺をして、この世にいないんじゃないかと思っていたと思うんですが。。。
少なくとも自分はそうです。
かくまってくれるような支援組織無しで、顔が割れている容疑者が、逃げ切れるものではありませんよね~
ましてや、整形手術をしちゃってるとは・・・・・・
すごい生命力。
あるいは、闇の組織とつながりがあった人なんでしょうか~?
もし自分があの立場だったら、たぶん、3日保たないと思いますね~^^;;
ぜったい、すぐあきらめて、自首のコースだなー^^
なので、あのとき出来たのだから、今回も、闇の奥底に潜ってしばらくは出てこないんじゃないかと思っていたのですが・・・・・・
あんがいお疲れのようで、ほおがこけてましたね~
市橋が整形したあと、潜んでいたという、大阪の西成地区ですが、いわゆる「あいりん地区」と呼ばれているドヤ街で、よく年末になると年の瀬の中継ででてくるとこですね~
そこでは、日雇い労働者とかを毎日募集しているらしくて、景気がいいときは、労働者があふれているらしいのですが・・・・・・
場所は、南海本線・南海高野線の新今宮駅下車で、徒歩5分ほど。
別の言い方だと、地下鉄御堂筋線動物園前駅下車、梅田側出口すぐ。
近くというか、となりは、阿倍野通天閣通りと、じゃんじゃん横町で、いわゆる「じゃりん子チエ」の世界です。
麻雀漫画が好きな人には、麻雀放浪記で、主人公が大阪に流れてきて、ブーマンを打ったりするところであり、あるいは、将棋で坂田三吉が賭け将棋を打っているところでしょうか・・・・・・
朝ドラで「ふたりっこ」というのがありましたが、そこの舞台は、隣町の天下茶屋でしたもんね~^^
とにかく、一番大阪が大阪っぽいところで、「あいりん地区」というと、世も末みたいな感じがしますが、実際は、物価も安くて、にぎやかで、ここだけ昭和が残っているようなほのぼの感がただよっていますね~^^
で、最後に付け加えると、あいりん地区の裏側は、飛田といって、全国最大の置屋街があります。
ここは、どちらかというと、戦前の日本(明治時代の日本)が、そのまま残されているといってもいいかも・・・・?
こんな変な街の西成地区ですが、あんがい大阪に住んでいる人は知らないもので、実は、ポップも大阪に住んでいる頃は(つまり学生時代ですが・・・・)、こんなところがあるなんて、ぜんぜん知りませんでした。
社会人になって、東京者になってからですよ。
知ったのは・・・・・・・
だって、普通の雑誌には、こんなところの紹介記事って、出てないんですもの~~^^;;
で、ついでにといっては何ですが、
東京エリアでのドヤ街といえば、山谷(さんや)があります。
ご存じでしたかー? >市橋容疑者とは何の関係もございませんが・・・・・
場所は、浅草の近く。
というより、明治通りの涙橋交差点から、すぐのエリア。
別の言い方をすると・・・・・
いわゆる吉原(江戸時代の大遊郭があったところで、いまはソープランド街)が裏側にあるところです。
もう少し別の言い方をすると、
「あしたのジョー」というボクシング漫画の矢吹丈(やぶき じょう)が、暮らしていたところが、涙橋だったんですが、ということは、あそこが山谷だったんですね~^^
ここは、あいりん地区とは全然違って、世も末のところですね~^^;;;
あいりん地区はしばらくなら住んでみてもいいと思いますが、山谷はやだー。
あの辺りでは、日中はあちこちで人が転がっていて寝ているんですが、
夜中は、道の真ん中を、夜通し、うろうろと人が徘徊していたりします。
寒くて寝てられないからですね~^^;;
もう気味が悪いのですが、
なんでそんなこと知ってるのかというと、
前の前の職場のパン屋さんでは、
あの辺りにも、納品先がいくつもあったからですねー^^
あんがい、ああいったエリアでは、パンやご飯はよく売れるもので、(あそこでのコンビニの一番売れ筋の弁当は、ただの白米です・・・)、お店としては大型の納品先が多かったもので・・・・・・
最近は行ってないですが、こんなところも世の中にはあるんだなーと、本当に考えさせられるものですね~^^
(ただ、最近は、外国の旅行者が、ああいった山谷のドヤ街に宿泊しているそうですけど・・・・?)
まあ途中で話しが市橋さんとは関係ない方向にいっちゃいましたけど・・・・・・・・
こんなところで~~^^
7冊目「井沢元彦の世界宗教講座」
ウイルス対策ソフトを、「ウイルスバスター2010」からフリーソフトの「AVAST」に変えたと前にここで述べさせて頂きましたが、ここまで使ってみた感じは、軽いし安心感もあって、なかなかいい調子です。
この分だと、全部のPCをAVASTに変えてみてもいいかも・・・・・・
ベクターで手に入りますよ~^^(ホームユースですと、無料です^^)
さて、久しぶりに書籍の紹介に戻ってみますが、本日は、順番で言うと小説なんですけど・・・・・・・
小説って、普通のやつは、ほとんど読んでないことに気が付きました・・・・・^^;;
むかし、小中学生の頃は、なんか夏目漱石とか森鴎外とか、そういうのを半分勉強で読んでた気がするんですが・・・・・・・
そういえば「赤毛のアン」にも、一時はまった時期があったな~~^^;;
あれって、実は、続編が何冊もあったんですよねーーーー^^
そういうわけで、特に書きたい小説というのがないので、小説は飛ばして、つぎの宗教に行きたいと思います。
そういう訳で、本日はこれです。
ええと、画像がネットで手に入らなかったので、自分の手持ちの本のスキャンです・・・・^^;;
本カバーは、どっかに行ってしまって、ありません・・・・・・^^;;
日本人にとって、宗教というのは、取っつきにくくて難しいのですが、一方で興味もあって、何か簡単な解説本みたいなものがあればいいなあと、かねてから思っていたのですが・・・・・・・・
井沢元彦は、自分が好きな作家で、ちょうど良さげなタイトルだったので試しに読んでみましたら、自分にはピッタリはまりました。
ここでは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、仏教、神道、儒教(特に朱子学)について、わかりやすく解説してあります。
特に、日本人が意識しないけれども、その行動パターンに深く影響を与えているという日本教とも呼べるものについても解説がありますね~^^
この本は、作者が、文化セミナーの講師として行った講義をもとに再編成したものと言うことらしくて、とても読み易いものとなっています。
それでは、その内容を詳しくとはいきませんが、つまみ食いのように、次に、ちょこちょこと紹介していきますね^^
まず、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教でそれぞれ出てくる「神」ですが、これは、創造神「the Creator」であって、キリスト教ではイエス・キリストであり、イスラム教ではアッラーの神ですが、実は同じ神を指しているということ。
つまり、呼び方は違っても、この3つの宗教は、同じ神を信じているという意味では、兄弟のようなものということ。
そして、使用する聖書(教典)も、旧約聖書など、一部同じ聖典を使っていると言うこと。
そして、最後の審判によって、人々は復活して、選ばれた者は神の国へ入ることが出来るそうなんですが、そのためには、ああしなさい、こうしなさいといった、色々な取り決め(戒律)があって、信者はそれを厳しく守ることで、神の国へ至ることが出来るんだと言うこと。
とか。
一方、仏教とは、信者が悟りを開いて、仏になれればどんなに良いかと教えてくれる宗教なんですが、
煩悩を捨てて悟りを開きなさいとはいうものの、どうすれば悟りを開いて仏になることが出来るのかという方法は、仏教典のどこにも書いていないということ。
なので、戒律とかがないので、いろんな人がいろんな事を言っていて、まとまりがなく、よって、様々な宗派が出来てしまったこと。
(これを、仏教では、山の頂上に例えて、山に登るには、北から登ろうと、南から登ろうと、どこから登っても、とにかく頂上に着ければいいのだという考え方をするそうですが・・・・)
もともと、仏教とは、個人が仏になるための道を教えるものなのですが、日本では、事情が他と違っていて、聖徳太子の時代に、百済の王様から頭越しに伝わったもので、よって、官製の宗教であり、当時の僧は、国家公務員だったんだということ。
そして、当時の大和朝廷は、仏教を、国家安寧の治安機関として使用したと言うこと。
つまり、当時の貴族は、平民の暮らし向きとかそんなことには、一切関心がなくて、政治的関心というのは、ひとえに、飢饉や災害や病気を引き起こす祟り(たたり)や呪いや穢れ(けがれ)を清めるためのツールとして、仏教という最新科学に期待したということ。
おもしろいのは、昔の医者は、たいてい、僧の姿をしているものですが、あれは、本来の僧侶とは何の関係もなくって、つまり、病人や死者といった穢れ(けがれ)やたたりを防ぐための手段として、ああいった姿が必要であるとか、
あるいは、平家物語を吟じる琵琶法師が僧侶の姿であるのも、ラフカディオハーンの耳無し法一が、僧侶の姿であるのも、霊に乗り移られないようにするための必要不可欠の手段であったとか、
こういうのは、本来の仏教の教えとは、かけ離れた考え方であるということ。
(本来、仏教では、死者の霊とか、祟りとかは、存在せず、よって、呪いを防ぐ効果を期待するのはお門違いである・・・・・^^;;)
あと、もう長くなってきたので、そろそろやめますけれども、日本教というのは、日本人が意識しないでも確かに存在していて、それは、聖徳太子の17条憲法に表されていて、それは、「和」の精神であるとか、
「和」の精神とは、「むら」での話し合い至上主義の考え方で、みんなで話し合ってまとまれば、どんな結論になってもそれでいいんだよということですけれども、それは、西洋の民主主義とは、似ているようで、全然違うもので、これは、日本人特有な考え方だよとか・・・・・・
ああ、だんだん続けるのがきつくなってきたので、もうここらあたりにしますが・・・・・・・・・
まあ、こんなことが、いろいろ書いてあります。
ちょっと正確さに欠けた説明になっちゃったような気も致しますが・・・・・・・
まあ、いいや~~^^
興味が出てきた方は、どうぞ一度読んでみて下さい~^^
新刊はもう、絶版になっているようですが、図書館とか、アマゾンでは中古書が、100円ぐらいで手にはいるようです~^^



