記録される先
私は、自分の興味のあることしか、追求したくないタイプです。
一方で「人がどういうふうに、私を見るだろう?」と気にする自分も、います。
そんなことをつらつら考えていて、以下のことが浮かびました。
人がどのように見るかどうかは、問題ではないこと。
それぞれのアカシックレコードに何が、
記録されるかが問題であること。
人がどのように見るかどうかは、問題ではないこと。
「正しいこと」は、時代によって変わります。
あるときに「正しいと言われていたこと」が、
数年後にひっくり返ることも、目撃してきました。
教科書に書かれていることも、時代によって変わっていきます。
誤解を恐れずに言えば、「正しいこと」にも流行があるとも、言えます。
人の数だけ、真実があるのだから、
それぞれが自分にとって、正しいと思うことを行えばいいのだと思います。
そして、それを他人に強要しないことが、大切です。
それぞれのアカシックレコードに何が、記録されるかが問題であること。
生まれたときからこの世を去るときまで、すべてを記録している
図書館があるそうです。
個人個人で記録される内容は、違います。
何を思い、何を行ったか。
それがその人の転生課題にとって、どんな意味を持つのか。
他者から見て、無意味と思える行動にも、
その人のカルマ解消の種が、隠れているかもしれません。
それを、他人の視点で判断することはできません。
自分の転生課題に取り組めていれば、それが答え
なのだと思います。
