こんな記事を読んだ。全文引用します。
「「おはよう」は看板の陰から 離島の雑貨店58年の見守り、閉店後も坂を照らす」
【早苗市】
早苗市の離島部・灯台下地区で58年続いた雑貨店「灯台下商店」が8月20日、店主の高齢を理由に閉店した。店主の大城トメさん(81)は毎朝、店先から急坂「地蔵坂」を通る児童を見守ってきたが、後継者がいないまま店を畳んだ。地区の住民たちは9月1日から交代で坂に立つ「見守り当番」を始め、7人の児童が通う約450メートルの通学路は途切れずに済んだ。
早苗市立灯台下小学校5年の河野もえさん(10)が異変に気づいたのは8月21日の朝だった。いつもならシャッターの前に大城さんが立っているはずの時間に、店先には「長い間ありがとうございました」と書かれた紙が一枚、テープで貼られているだけ。「トメおばあがいないと、坂の下から車が来ても誰も教えてくれない」。もえさんはその場で立ち止まり、母の久美子さん(39)に電話をかけたという。
大城さんは1968年からこの店を営み、児童数194人の地区で唯一の商店だった。「膝が悪くて、雨の日に坂まで出るのがつらくなってね。店を継ぐ人もいないし、潮時だと思った」と大城さんは話す。閉店セールでは残った菓子を1袋100円で近所の子どもたちに配り、涙を見せる客もいたという。
地区の漁師、仲宗根勇さん(68)は閉店の翌日、住民に声をかけて回った。「トメさんの代わりは一人じゃできん。11人で回せば、一人あたり月に3回で済む」。早苗市立灯台下小学校の新里誠一校長(57)も「地域の善意だけに頼らない仕組みにしたい」と当番表の作成に協力し、毎朝7時20分から7時40分まで住民が交代で地蔵坂に立つ体制が整った。
当番には当初、地区にIターンで移り住んだ灯台整備員の比嘉直樹さん(32)の名前はなかった。人見知りで断り続けていたが、児童たちが大城さんに宛てて書いた手紙の束をたまたま目にし、9月から加わった。「あの手紙を読んで、断ってる場合じゃないと思った」と比嘉さんは照れくさそうに言う。
灯台下商店の軒先には今も、大城さんの孫の蓮さん(25)が試しに設置したままの小型スピーカーが残っている。閉店から40日以上たった今も、録音された大城さんの声が朝7時半に「気をつけて行っといで」と流れる仕組みで、直す予定は今のところない。もえさんたち児童は、誰もいない店の前で足を止め、その声に「いってきます」と返してから坂を上る。」
58年続いた離島の雑貨店が店主の高齢を理由に閉店したあと、住民が交代で通学路の見守り当番を始めた、という記事を読んだ。店先には孫が試しに設置した小型スピーカーが残っていて、閉店後40日経った今も「気をつけて行っといで」という録音の声が朝7時半に流れているらしい。
子どもたちが誰もいない店の前で「いってきます」と返してから坂を上る、という最後の描写が地味に効いた。