【作品#0640】決断の3時10分(1957) | シネマーグチャンネル

【タイトル】

決断の3時10分(原題:3:10 to Yuma)

 

【Podcast】

 

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【概要】

1957年のアメリカ映画
上映時間は92分

【あらすじ】

トム・ウェイド一味はいつものように駅馬車強盗を行っていた。たまたま彼らに遭遇した牧場主のダンと2人の息子は馬を取り上げられてしまう。後にビズビーの酒場でトム・ウェイドは逮捕され、彼を移送する者に報奨金を出すと聞いたダンは家族のために志願する。

【スタッフ】

監督はデルマー・デイヴィス
音楽はジョージ・ダニング
撮影はチャールズ・ロートン・Jr

【キャスト】

グレン・フォード(ベン・ウェイド)
ヴァン・ヘフリン(ダン・エヴァンス)

【感想】

悪役のベン・ウェイドを演じたグレン・フォードは当初ダン・エヴァンス役にオファーされていたが拒否したことで、ダン・エヴァンス役をヴァン・ヘフリンが演じることになった。ちなみに、ヴァン・ヘフリンは「シェーン(1953)」でも奥さんが流れ者に魅了される役を演じている。また、報奨金となる200ドルは、2022年には5,600ドル(1ドル130円換算で72万8千円)相当であるらしい。

原題は「3:10 to Yuma」となっており、「3時10分のユマ行き電車」という意味合いである。「ユマ」というのはアリゾナ州にある場所であり、当時「ユマ」といえば「ユマ刑務所」であり、多くの犯罪者が収監された刑務所が存在していたことで知られている(1876年に開設され、1909年に閉鎖)。

本作の主役は、駅馬車を襲う強盗団のトム・ウェイドと、彼を刑務所のあるユマまで護送することになるダン・エヴァンスである。2人のまだ小さな息子たちからダンは目の前で駅馬車が襲われている様子を「何もしないの?」と言われてしまう。10人ほどいる強盗団相手に大人1人で立ち向かうわけにはいかず、最終的に馬も取り上げられてしまう。さらに、馬を取りに家に戻ると奥さんからも同じようなことを言われる。最悪の場合殺されていたかもしれないという状況も手伝って、ダンは完全に気が立っている。

ダンは2人の息子からも奥さんからも「男(父、もしくは夫)はこうあるべき」という理想をある意味押し付けられている。さらにはダンも同様に「男(父、もしくは夫)はこうあるべき」というあるべき姿についての固定観念があるだろう。「そのプレッシャーはあるものの、ダンはなかなかの頑固者。さらに日照り続きであり、稼ぎの柱となる牛も満足に育てることができない。お金が必要であり、かつ頼りないと思われたくないダンは、意地でもトムをユマまで移送しようとする。

トムは捕まえたものの、手下の男たちは捕まっていない。駅馬車でトムを移送すると見せかけて、トムをダンの家に隠すことにする。ここでトムはダン一家にある意味惚れることになる。

頑固者のダンの血をそのまま受け継いだような血気盛んな息子たちは、目の前に極悪人のトムがいようと、「お父さんならお前を撃てる」とか「お父さんは凄いんだぞ」ととにかく口を休めることはない。さらにそんな息子たちをなだめるように奥さんは優しい。たとえトムが極悪人であっても美味しい料理を提供し、話も聞いてくれる。多くの部下を抱える強盗団の頭だとしても、トムには家族が居ないので、後に彼が言うように、純粋に羨ましいと思ったことだろう。

そして、ダンらはトムをユマ行きの列車が3時10分に泊まるコンテンションシティへ向かう。宿の2階の一室でダンはトムを見張り続ける。ここからは彼らの会話劇がメインとなっていき、トムはダンをあらゆる手段で説得し始める。ダンがお金に困っていることを知るトムは買収を持ちかけるが、たとえ心が少し揺らいだとしてもダンはそれに応じることは一切ない。多くのお金が得られたら、困窮する暮らしから抜け出すことができるだろう。ただ、もし買収に応じてトムを開放すれば、ダンは自分を頼りにする2人の息子と妻からの尊敬、信頼を完全に失うことになってしまう。

たとえ同じように家族のことを考えたとしても、ダンの決意はそう簡単に揺らぐことはなかったはずだ。あらゆる心理戦を仕掛けても説得に応じないダンと、彼を支える妻と、彼を尊敬する2人の息子たちを見てトムはついに説得を諦める(ように見える)。そして、トムは自分を開放するようにダンに言い続けるが、その説得も自分のためというより、頑固者で家族思いのダンを何とか家に返してやろうという思いから言っているように思えてくる。ダンが頑固者であればあるほど、家族思いであればあるほど、トムがそれに惚れていってしまうわけだから面白い。

こうなればトムもダンも命懸けで宿から駅まで向かうことになる。ここではトムの手下がトムを助けるべく待ち伏せしている。冒頭の駅馬車襲撃こそ映像はないが、自分がやってきた襲撃をここでトムも味わうことになっている。

最終的にトムとダンはユマ行きの列車に乗り込み、トムの手下から逃れることに成功する。この結末は非現実だとして当時も批判の声が上がったらしい。今まで長年犯罪行為を繰り返してきたトムが、ダンやその一家と触れ合ったからと言って「絶対にトムをユマまで連れて行く」というダンの行動に付き合い続ける理由はない。

ただ、多くの者がこの危険な仕事を降りていく中、唯一最後まで仕事を続けて、さらには買収などの甘い誘いにも一切応じなかったダンに対して、この結末を用意するのはありだと思う。最後に恵みの雨まで降らせるのはさすがにやり過ぎかとも思えるが、愛する妻にも勇姿を見せられたんだから「ダン、良かったじゃないか」と褒めてあげたくなるものだ。

相対する者同士がある意味繋がれたままであるのは、本作の翌年「手錠のまゝの脱獄(1958)」にも近しいものを感じる。確かに、「男はこうあるべき」みたいな男性像は21世紀になった今から振り返ると古臭いかもしれないが、こういう強迫観念にある意味突き動かされることも、そういう人もいることだろう。一口に正義といっても、それを担う人の背景を探るのも面白い。

【関連作品】


「決断の3時10分(1957)」…オリジナル
3時10分、決断のとき(2007)」…リメイク



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