2024年3月10日(日)。天気晴れ。五日市に行った続きです。「五日市郷土館」を訪問した後、近くのバス停「五日市高校前」から、西東京バス「五18藤倉行き」に乗って、「払沢の滝入口」まで行きました。バス停そばに豆腐屋さんがあります。

つげ義春著「新版貧困旅行記」(新潮社、1995年)所収の「奥多摩貧困行」に、「払沢の滝」を家族と訪ねたことが書かれてあります。1985(昭和60)年のことです。「払沢の滝入口」近くの国民宿舎に泊まったとありますが、どの建物なのか、もしくはもうないのかは分かりません。北秋川の流れ。
北秋川に流れ込むセト沢。谷が深くて、写真ではよく分かりませんね。
「払沢の滝」に向かう途中に平屋の建物がありました。つげ義春の泊まった国民宿舎は平屋だったらということなので、もしかしたらここ?と思いました。
実は、私は以前に「払沢の滝」に来たことがあるのですが、あまり思い出せませんでした。但し、元は郵便局だった建物を活用したお土産屋さん「木工房 森のささやき」は見た記憶がありました。 
「払沢の滝」は思っていたよりも遠くて、しばらくセト沢沿いの山道を進みます。よく整備されていますが、ところどころぬかるみもあります。私は、檜原に来る前に、八王子と五日市との間にある「小峰峠」を歩いてみようかと一瞬思ったのですが、これはそうしなくて正解だったとはっきり悟りました。
川におまじない?のような形で、竹竿がかかっていました。これに水をかけると、凍結するらしいのです。今日は寒かったけれど、凍結するほどではなかったです。
入口から15分ほど歩いて、「払沢の滝」に到着しました。やや離れた位置から見ると、上段の滝も見えます。全部で4段あって、合計60mの段差があるそうです。
しかし、近寄ると1段目(26m)の滝が目立って迫ってきます。
滝壺は透明で神秘的でした。
北秋川沿いのバス通りまで戻って、先ほど見かけた豆腐屋さん「ちとせ屋」で、湯豆腐を買い求めました。
昼食はどうしようかと思っていたのですが、豆腐を食べておなかの空いていることを確認したので、「こんな所に?」と思ってしまうようなイタリアン・レストラン「ヴィッラ デルピーノ」に入りました。とてもおいしいレストランでした。
昼食は前菜とパスタ2種がつくコースで、私は食後のコーヒーも頼みました。前菜は、フィレンツェ風というリボリータ。
パスタ2種です。いずれも野菜は地元産のものを使っているそうです。
コーヒーは、カプチーノにしました。イタリア料理の後には、カプチーノは飲まないらしいですけれど。
行きはバスで通った道を歩いてたどります。
「村社春日神社」という石柱が立っていました。
檜原村の中心、本宿です。ここで秋川が北秋川と南秋川とに分かれます。背景に橋を渡った先にある「橋本旅館」を入れて、「貧困旅行記」に記載されている写真と見比べます。うーん、建物も変わってしまっていますね。でも、雰囲気は出ているように思いました。
本宿にある檜原村役場。
檜原村役場敷地内にある「檜原小学校跡地」の碑。左は開校百周年の碑です。
「武蔵五日市駅行き」の西東京バスが来ました。「奥多摩貧困行」によると、息子正助がバスに乗って間もなく酔ってしまい、「本郷」というバス停で途中下車したとあります。私も、自分では何でもできるみたいな気になっていても、あっさりバスに乗って気分が悪くなったりするのです。でも、「本郷」というバス停は途中ではありません。「元郷」というバス停はあるので、こちらの間違いかとも思うのですが、「元郷」は「檜原村役場前」から直ぐのバス停でした。気分が悪くなったらバスを降りようと思ったのですが、今回は大丈夫でした。
帰りは「武蔵五日市駅」からJRに乗ります。現代では、こちらの方が当たり前のルートなのです。
いつものとおり、府中の「大國魂神社」でお詣りしました。