「卒業~さよな らは言えない~」
島ネコ家の起床は6時45分。冬の間はまだ薄暗い時間帯でしたが、ここ数週間で、起きたときにはカーテンの隙間から陽が差し込んでいるようになりました。春が近づいているのを感じます。
春といえば卒業シーズン(大人になると社会が「卒業」を用意してくれないのですがね~)。今年は、大大大好きなコブクロの「桜」が卒業式を席巻しそうな予感(無料で楽譜配信なんていうニュース もありましたし)。
そしてもう一つ、じわじわと人気を集めている卒業ソングがあることを、今朝のめざましテレビを見ていて知りました。
それは、石垣島の石垣第二中学校の音楽教諭、大浜安功さんが今から10年以上も前に生徒のために作詞作曲し、以来生徒達に歌い継がれている「卒業~さよならは言えない」という歌。
那覇出身の新進歌手、安次嶺奈菜子さん のデビュー曲に選ばれたことでCD化され、大きな反響を呼んでいるそうです。
こちら で試聴できます。
↑のリンク先に、大浜先生のプロフィール(多くの曲を作り、全国レベルのブラスバンドも指導していらっしゃる、凄い方なんですね~!)や曲のあらましが分かりやすくまとめられているので、ここでは詳細を省きます。
まだ一部しか聴いていませんが、ちょっと切ないメロディーがこの季節にぴったりな感じです。三線を使うなど島唄風アレンジもされているみたいなので、近いうちに全編聴いてみたいな~と思います。
春といえば卒業シーズン(大人になると社会が「卒業」を用意してくれないのですがね~)。今年は、大大大好きなコブクロの「桜」が卒業式を席巻しそうな予感(無料で楽譜配信なんていうニュース もありましたし)。
そしてもう一つ、じわじわと人気を集めている卒業ソングがあることを、今朝のめざましテレビを見ていて知りました。
それは、石垣島の石垣第二中学校の音楽教諭、大浜安功さんが今から10年以上も前に生徒のために作詞作曲し、以来生徒達に歌い継がれている「卒業~さよならは言えない」という歌。
那覇出身の新進歌手、安次嶺奈菜子さん のデビュー曲に選ばれたことでCD化され、大きな反響を呼んでいるそうです。
こちら で試聴できます。
↑のリンク先に、大浜先生のプロフィール(多くの曲を作り、全国レベルのブラスバンドも指導していらっしゃる、凄い方なんですね~!)や曲のあらましが分かりやすくまとめられているので、ここでは詳細を省きます。
まだ一部しか聴いていませんが、ちょっと切ないメロディーがこの季節にぴったりな感じです。三線を使うなど島唄風アレンジもされているみたいなので、近いうちに全編聴いてみたいな~と思います。
八重山回想記 その二十二(Viva 泡波, and SeeYou 波照間!)
<3日目>
前日の夜思わず夜更かししてしまったツケで、3日目の起床はとてもつらいものになりました(苦笑)。朝食は7時から。でも時間に正確なおばちゃんのこと、15分前にはスタンバっておかないと・・・。そんなわけで6時前には起きて身支度を整えました。いや~、この緊張感、学生時代の合宿以来です。
予想通り7時きっかりにおばちゃんの「ご飯できましたよ~」の声がかかりました。居間に行くとみんな眠そう(笑)。そして朝食は普段食べないようなボリューム!でも、晩ご飯に続いてこれも美味しかった~。けだもとのご飯は、ほんと最高です。
あまりに眠くて写真撮るの忘れてしまったんですが、からし菜のチャンプルーなど、島の野菜を使ったお惣菜の小皿がいくつかあり、あとはご飯、お味噌汁、のり、といったメニューだったと思います。
食事の後は名残惜しく島内を散策。
日本最南端の郵便局を見たり...
それとダメ元での「泡波」探索。前夜、とある売店で泡波を入手した方いらっしゃったのです。そこはとても遠い売店だったので時間的に行けず、けだもとに近い売店を2~3覗き込んでみたのですが結果は全滅。「入荷未定」の張り紙を見つけただけでした。
この日もどんよりの空模様。予報によると、最高気温はおばちゃんもびっくりの14度!「こんな低いこと滅多にないよ」って言ってました。哀・・・。宮古で熱帯魚が寒さのあまり浮いてしまったというニュースは耳にしていましたが、波照間でも同じことがあったみたいです。
さて、リスク回避のため1便(9:40発)で石垣に帰ることにした我々。もう一組1便で帰るカップルと、飛行機で帰るお姉さんと一緒に、おじさんのワゴンで送ってもらいました。出発前に民宿の前で記念撮影パチリ。1日だけのお付き合いでしたが、とても楽しかった!
立ち寄った波照間空港は、こちら。(横の線が入っているのは、車の窓ガラスです^^;)
のどかな小さい空港です。
1日1便、RACの小型機が石垣-波照間を往復しています(4月から、週4日、1日2便飛ぶらしいですね!)。おばちゃんの話では、乗る前にパイロットさんに頼んでおくと、島の上を遊覧飛行してくれることもあるそうです!それに低空で飛ぶので、八重山の島々も途中きれいに見えるそうです。飛行機もいいなあ~(高いけど)。
そうこうしている間に車は港のターミナルに到着。おじさん、お世話になりました☆
ターミナルの建物に入ると、昨日は営業していなかった軽食スタンド「海畑(イーノー)」も売店「あだん」も開いていました。どうやら船が来る時間しか開けないみたいですね。
そして「あだん」で発見!「泡波」です。ヤッタ~!有り難みがないくらいたくさん置いてありました(笑)。でも町中の売店に比べるとちょっぴり割高。2本セットで1,000円でした。どちらのビンも可愛かったので2種類購入。
このミニボトル以外に中ビンもありましたよ。でも何故かセットでしか販売されておらず、泡波、オリオンビール(!)、絵葉書2枚、Tシャツ、あともう少し細々としたものがついてお値段3,800円でした。(持って帰るのが大変なので買いませんでしたけど、ちょっと面白いですよね。)
泡波も手に入れて、心残すことは多々あれど、楽しかった波照間に別れを告げた我々。また来るから、待ってなよ~!
帰りの船は、行きの何倍も怖かったです(笑)。さすがの元漁師さんもエンジンを何度も止めながらの航海。揺れるにまかせるしかない、という境地ですね。あまりに傾きすぎて、窓の外が青一色になること度々。(正直、転覆したときの行動を何度もシュミレーションしました。きっと転覆なんてしないんでしょうけど。)山のような波の谷間を徐行徐行で大都会、石垣に戻ってまいりました。
続く
前日の夜思わず夜更かししてしまったツケで、3日目の起床はとてもつらいものになりました(苦笑)。朝食は7時から。でも時間に正確なおばちゃんのこと、15分前にはスタンバっておかないと・・・。そんなわけで6時前には起きて身支度を整えました。いや~、この緊張感、学生時代の合宿以来です。
予想通り7時きっかりにおばちゃんの「ご飯できましたよ~」の声がかかりました。居間に行くとみんな眠そう(笑)。そして朝食は普段食べないようなボリューム!でも、晩ご飯に続いてこれも美味しかった~。けだもとのご飯は、ほんと最高です。
あまりに眠くて写真撮るの忘れてしまったんですが、からし菜のチャンプルーなど、島の野菜を使ったお惣菜の小皿がいくつかあり、あとはご飯、お味噌汁、のり、といったメニューだったと思います。
食事の後は名残惜しく島内を散策。
日本最南端の郵便局を見たり...
それとダメ元での「泡波」探索。前夜、とある売店で泡波を入手した方いらっしゃったのです。そこはとても遠い売店だったので時間的に行けず、けだもとに近い売店を2~3覗き込んでみたのですが結果は全滅。「入荷未定」の張り紙を見つけただけでした。
この日もどんよりの空模様。予報によると、最高気温はおばちゃんもびっくりの14度!「こんな低いこと滅多にないよ」って言ってました。哀・・・。宮古で熱帯魚が寒さのあまり浮いてしまったというニュースは耳にしていましたが、波照間でも同じことがあったみたいです。
さて、リスク回避のため1便(9:40発)で石垣に帰ることにした我々。もう一組1便で帰るカップルと、飛行機で帰るお姉さんと一緒に、おじさんのワゴンで送ってもらいました。出発前に民宿の前で記念撮影パチリ。1日だけのお付き合いでしたが、とても楽しかった!
立ち寄った波照間空港は、こちら。(横の線が入っているのは、車の窓ガラスです^^;)
のどかな小さい空港です。
1日1便、RACの小型機が石垣-波照間を往復しています(4月から、週4日、1日2便飛ぶらしいですね!)。おばちゃんの話では、乗る前にパイロットさんに頼んでおくと、島の上を遊覧飛行してくれることもあるそうです!それに低空で飛ぶので、八重山の島々も途中きれいに見えるそうです。飛行機もいいなあ~(高いけど)。
そうこうしている間に車は港のターミナルに到着。おじさん、お世話になりました☆
ターミナルの建物に入ると、昨日は営業していなかった軽食スタンド「海畑(イーノー)」も売店「あだん」も開いていました。どうやら船が来る時間しか開けないみたいですね。
そして「あだん」で発見!「泡波」です。ヤッタ~!有り難みがないくらいたくさん置いてありました(笑)。でも町中の売店に比べるとちょっぴり割高。2本セットで1,000円でした。どちらのビンも可愛かったので2種類購入。
このミニボトル以外に中ビンもありましたよ。でも何故かセットでしか販売されておらず、泡波、オリオンビール(!)、絵葉書2枚、Tシャツ、あともう少し細々としたものがついてお値段3,800円でした。(持って帰るのが大変なので買いませんでしたけど、ちょっと面白いですよね。)
泡波も手に入れて、心残すことは多々あれど、楽しかった波照間に別れを告げた我々。また来るから、待ってなよ~!
帰りの船は、行きの何倍も怖かったです(笑)。さすがの元漁師さんもエンジンを何度も止めながらの航海。揺れるにまかせるしかない、という境地ですね。あまりに傾きすぎて、窓の外が青一色になること度々。(正直、転覆したときの行動を何度もシュミレーションしました。きっと転覆なんてしないんでしょうけど。)山のような波の谷間を徐行徐行で大都会、石垣に戻ってまいりました。
続く
八重山回想記 その二十一(南共同売店)
もう少し、波照間のお話にお付き合い下さい(^^)。
おばちゃんの話の中でもう一つ強烈に覚えているのは南共同売店の話。
波照間には各集落に1軒ずつ共同売店があり、「けだもと荘」が属する南集落にあるのが、この南共同売店。他には、冨嘉売店(冨嘉集落)、名石売店(名石集落)、まるま売店(前集落)、丸友売店(北集落)があります。
共同売店とは、全集落民の出資によって運営されている売店。生鮮食料品やその他の生活必需品を(主に石垣から)仕入れ販売するという生協的活動に加えて、農機やトラックの共同購入なんかも行っている、島民生活とは切っても切り離せない存在なのです。利益が出ると、住民に配当金として分配したり、資本金に組み入れたりするそうです。
だから、けだもとのおばちゃんも冗談半分で何度となくこう言っていました。「他の商店で買っちゃだめということはないけど、なるべく南共同売店で買ってね(笑)」って。
そう言われたからには、ちゃんと南共同売店に行きましたよ~!店番のおばあに聞かれて「けだもとに泊まってます」と言ったら、「けだもとね!」と破顔されました(^m^)。
共同売店が誕生したのは1906年の本島国頭村(今年100周年だ!)。貧しかった集落における相互扶助の一環として生まれた共同売店は、戦後、本島北部から移住した開拓民の手によって西表や石垣にも広まったのです。波照間の共同売店は、この流れとは別に、50年ほど前から徐々に設立されたみたいです。
波照間が離島の中の離島であることを最も強く実感したのは、この共同売店の話を聞いたときだったかもしれません。
(2日目終わり)
続く
おばちゃんの話の中でもう一つ強烈に覚えているのは南共同売店の話。
波照間には各集落に1軒ずつ共同売店があり、「けだもと荘」が属する南集落にあるのが、この南共同売店。他には、冨嘉売店(冨嘉集落)、名石売店(名石集落)、まるま売店(前集落)、丸友売店(北集落)があります。
共同売店とは、全集落民の出資によって運営されている売店。生鮮食料品やその他の生活必需品を(主に石垣から)仕入れ販売するという生協的活動に加えて、農機やトラックの共同購入なんかも行っている、島民生活とは切っても切り離せない存在なのです。利益が出ると、住民に配当金として分配したり、資本金に組み入れたりするそうです。
だから、けだもとのおばちゃんも冗談半分で何度となくこう言っていました。「他の商店で買っちゃだめということはないけど、なるべく南共同売店で買ってね(笑)」って。
そう言われたからには、ちゃんと南共同売店に行きましたよ~!店番のおばあに聞かれて「けだもとに泊まってます」と言ったら、「けだもとね!」と破顔されました(^m^)。
共同売店が誕生したのは1906年の本島国頭村(今年100周年だ!)。貧しかった集落における相互扶助の一環として生まれた共同売店は、戦後、本島北部から移住した開拓民の手によって西表や石垣にも広まったのです。波照間の共同売店は、この流れとは別に、50年ほど前から徐々に設立されたみたいです。
波照間が離島の中の離島であることを最も強く実感したのは、この共同売店の話を聞いたときだったかもしれません。
(2日目終わり)
続く
八重山回想記 その二十(けだもと荘 - 夜編(下))
お替りをして満腹になって、皆さあ立とうという雰囲気になっているのですが、おばちゃんのトークは終わりません。
おばちゃんはこの時どこにいるかというと、我々が座っている細長いテーブルの「お誕生日席」の位置(背後がキッチン)に小さい椅子を出してきて、ドッカリ座っているのです(^^)。我々も色々と聞きたくてどんどん質問してしまうので、話は延々2時間くらい続いたかも。
集団就職のためパスポートをもって東京に行ったときのこと(東京の地理にすごく詳しいのでびっくり)、民宿を始めた頃のこと・・・。
中でも盛り上がったのは、けだもと荘の常連さん同士の結婚が、けっこう多いというお話。おばちゃんの豪勢な手料理が振舞われる常連さんカップルの祝宴は、島の方もたくさん駆けつけて賑やかに行われるそうですよ~。
けだもと荘常連カップル以外にも、違う民宿の常連さん同士や、民宿のヘルパーさんとその民宿の息子さんなどが「くっついちゃう(byおばちゃん)」こともよくあるみたいです。
民宿の息子さんと結婚した女の子は当然波照間に住むことになるわけですが、みな波照間が好きでヘルパーしに来るわけですから喜んで「島の嫁」になってくれる、最近特にそういう子が増えたね~っておばちゃん嬉しそうに話してました。嫁不足が深刻化している地方からみたら、羨ましくて仕方のない状況でしょうね。
波照間出身の女の子や長男以外の男の子は、中学卒業後に島を出てそのまま島外で生活することが殆どだそうです。親御さんとしては淋しいだろうな~なんて思ってしまいますが、それは単なる旅人の感傷。島の将来のためには適度に人の出入りがある方いい・・・それが現実的な島民の意見です。
もう一つ印象深かったのは、30年ほど前、初めて各家庭に電話線が引かれたときの話。NTT(当時は電電公社)の人が、お祝いにと電話機を3台持ってきてくれて中央広場に設置。その日は島民が全国に無料で電話をかけられるという粋なサービスが実施されたそうです。嬉しくってみんな広場に集まって並んでね~、と懐かしそうに話してくれたおばちゃん。
NTT東日本のCMで「♪遠く、遠く、離れていても」とマッキーの歌が聞こえてくるたびに、この話を思い出します。(くしくも、出演している新垣結衣ちゃんは沖縄出身ですし。)
「あたりまえ」を、もっと、ずっと。
電話がつながるって有り難いことだよなあ、としみじみ感じたお話でした。
・・・他にももっともっと語ってくれたおばちゃん。ふと我に返って「あれまあもうこんな時間だ。片付けないとね~」ヨッコラセと立ち上がったのを機に我々も居間を後にしました。その後は、1人旅のお姉さんの部屋にみんなで集まって、持ち寄った八重泉や泡波をいただきながら色々お話しました。沖縄病の先輩達の武勇伝(?)を聞きながら、楽しい夜は更けていったのでありました~。
続く
おばちゃんはこの時どこにいるかというと、我々が座っている細長いテーブルの「お誕生日席」の位置(背後がキッチン)に小さい椅子を出してきて、ドッカリ座っているのです(^^)。我々も色々と聞きたくてどんどん質問してしまうので、話は延々2時間くらい続いたかも。
集団就職のためパスポートをもって東京に行ったときのこと(東京の地理にすごく詳しいのでびっくり)、民宿を始めた頃のこと・・・。
中でも盛り上がったのは、けだもと荘の常連さん同士の結婚が、けっこう多いというお話。おばちゃんの豪勢な手料理が振舞われる常連さんカップルの祝宴は、島の方もたくさん駆けつけて賑やかに行われるそうですよ~。
けだもと荘常連カップル以外にも、違う民宿の常連さん同士や、民宿のヘルパーさんとその民宿の息子さんなどが「くっついちゃう(byおばちゃん)」こともよくあるみたいです。
民宿の息子さんと結婚した女の子は当然波照間に住むことになるわけですが、みな波照間が好きでヘルパーしに来るわけですから喜んで「島の嫁」になってくれる、最近特にそういう子が増えたね~っておばちゃん嬉しそうに話してました。嫁不足が深刻化している地方からみたら、羨ましくて仕方のない状況でしょうね。
波照間出身の女の子や長男以外の男の子は、中学卒業後に島を出てそのまま島外で生活することが殆どだそうです。親御さんとしては淋しいだろうな~なんて思ってしまいますが、それは単なる旅人の感傷。島の将来のためには適度に人の出入りがある方いい・・・それが現実的な島民の意見です。
もう一つ印象深かったのは、30年ほど前、初めて各家庭に電話線が引かれたときの話。NTT(当時は電電公社)の人が、お祝いにと電話機を3台持ってきてくれて中央広場に設置。その日は島民が全国に無料で電話をかけられるという粋なサービスが実施されたそうです。嬉しくってみんな広場に集まって並んでね~、と懐かしそうに話してくれたおばちゃん。
NTT東日本のCMで「♪遠く、遠く、離れていても」とマッキーの歌が聞こえてくるたびに、この話を思い出します。(くしくも、出演している新垣結衣ちゃんは沖縄出身ですし。)
「あたりまえ」を、もっと、ずっと。
電話がつながるって有り難いことだよなあ、としみじみ感じたお話でした。
・・・他にももっともっと語ってくれたおばちゃん。ふと我に返って「あれまあもうこんな時間だ。片付けないとね~」ヨッコラセと立ち上がったのを機に我々も居間を後にしました。その後は、1人旅のお姉さんの部屋にみんなで集まって、持ち寄った八重泉や泡波をいただきながら色々お話しました。沖縄病の先輩達の武勇伝(?)を聞きながら、楽しい夜は更けていったのでありました~。
続く
