クリスマス発表会
4人の子供達はすべて宇都宮市の某幼稚園に通わせていただきました。
卒園すると次の子が・・・と言う具合ですでに8年間、奥さんが送り迎えしています。
12月のビックイベントはまさに「クリスマス発表会」。
公共機関の大ホールを貸し切り、毎年大掛かりな発表会が行われます。
土日も仕事がある関係で、今までは丸々1日見に行くと言うことがありませんでした。
行っても子供が出演する前後1時間程度顔を出せれば良い方で、全く行けない年もありました。
しかし今年は大きく事情が変わることに・・・・。
長らくお世話になっていた幼稚園。
奥さんが父兄会の理事になってしまいました。
理事というと聞こえが良いですが、様々なイベントを陰から支える実働部隊。
運動会もお手伝いが出来ませんでしたので、
今回初めて裏からクリスマス発表会を見ることが出来ました。
いやー、表から見るのと後ろから見るのとでは、大違いですね~。
大変さもありましたが、凄く楽しい経験をさせていただきました。
私たちお父さん達の役目は「会場警備」や「大道具係」。
私は大道具の係をさせていただきました。
会自体の開演は10時30分ですが、
8時には幼稚園に集まり大道具の搬出開始。
トラックに先生達が愛情込めて作った背景などの大道具を積み込むのですが、
発表会自体の会場が大きいので、それに比例して道具も大きいこと大きいこと。
大きすぎて一旦ばらして積み込むものも出てきてしまいました。
その瞬間の先生の「ため息」を聞いたときには、私も切ない気分にさせられました。
会場に到着後、上演の順番に道具を並べ、
事前に頂いた「絵コンテ」をもとに、木や草、ドアの小道具を舞台に瞬時に配置する。
書くと簡単そうですが、お父さん達は子供達がどんな演技をするのかわかりませんから、
ズーと臨戦態勢で舞台裏に待機していることに。
でも、ただボーと自分の子供の出番を待っているより、
子供達の活躍をサポートできる喜びの方が数倍楽しく過ごすことが出来ました。
たぶん来年も役目が回ってきそうですが、今年よりもっとマシに出来ればと思っています。
15時前にはすべての演技が終わり、大道具を幼稚園に戻し終了。
このイベントに携わった先生はじめ皆さんの熱い情熱に、感心させられた1日でした。
宇都宮の歴史に興味を持たれた方に
<宇都宮の歴史シリーズ> 番外編
自分でもちょっと宇都宮の歴史について、調べてみようかと思われた方へ
意外と資料が残っていないんですよ。
私自身、様々な場所に足を運んでみたのですが・・・・。
記事として書かせて貰った
「うつのみや遺跡の広場」や「とびやま歴史体験館」以外の場所を参考程度にいくつか紹介しましょう。
「栃木県立博物館 」
宇都宮市睦町2-2
日光の歴史については、相当のスペースを割いて展示しているのですが、
肝心の宇都宮については皆無に近い状態です。
「文化財研究展示室 」
宇都宮市旭1丁目1-5 宇都宮市役所内
宇都宮市役所の12階にあります。
フロアーの片隅に・・・と言う印象。
歴史資料コーナーは、民芸資料や文化財資料などの中の1コーナー。
市役所に行くついでがあったら、エレベーターに乗ってみてください。(という程度です)
(注釈)2008年現在は、宇都宮城址公園内に移転しました。
「清明館 」
宇都宮市本丸町1-15 御本丸公園内
宇都宮城の跡地に建てられた資料展示室兼茶室です。
茶室は市民に貸し出されていて、結構活用している人達を見かけます。
江戸時代の街並みを立体模型で展示しており、それは一見の価値があります。
あとは、
宇都宮市明保野町7-57
宇都宮市今泉町2137
宇都宮市立図書館は3階、東図書館は2階に、
宇都宮に関する書籍が置かれています。
本屋さんでは見かけない、貴重な本が置いています。
ぜひ足を運んでみてください。
また宇都宮市で昨年(2004年12月)
「宇都宮の歴史と文化財」という立派なホームページが完成しました。
非常に詳しく、そして分かり易く宇都宮の歴史を時代に別けて紹介しています。
宇都宮市もやっと本腰を入れてくれたようで、嬉しい限りです。
その他(名前をクリックするとリンクします)
「宇都宮の100年 」(市政100周年を記念し、明治から平成7年まで紹介しています)
「栃木県 護国神社 」(資料館が併設されており、日露戦争・大東亜戦争の資料が)
「大谷資料館 」(宇都宮の名産・大谷石にまつわる展示と、地下採掘場を見学できます)
「栃木県立文書館 」(歴史資料としての文書などを保管、展示しています。展示室は2階にあります)
「宇都宮大学付属図書館 」(本館2階の貴重資料室では古文書が)
「栃木県埋蔵文化財センター 」(センターには展示室はありません。但しHPで各種遺跡を紹介してます)
3度目の焼け野原
<宇都宮の歴史シリーズ 12> 最終回
戦後、軍事施設は民間に格安に払い下げされました。
現在の作新学園も文星短大附属高校などの私立高校も、
軍事施設の払い下げの広大な土地で開校しました。
「国内一早い復興」めざし、急速な都市計画を進めました。
2度の戦火で歴史的建造物は焼失し、
それらを復元する余裕はなく、無機質な近代建造物でしめられる街になってしまいました。
他県から宇都宮の街に移り住んだ人々が、
「宇都宮は最近開け歴史がない街」と勘違いされるのは仕方がないのかもしれません。
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タイトルを見て、「あれ?焼け野原にもう一度あったっけ?」と思われた方も多いのでは。
太平洋戦争での宇都宮空襲以降に、震災や災害で燃えたわけではありません。
しかし1晩で、728億円もの市民、県民の財産が焼失したのです。
2003年11月29日の夜。それは起きました。
政府は緊急危機対応会議を開き、「足利銀行の一時国有化」が決定したのです。
一般株式の場合は、上場廃止による損失は仕方ないかもしれません。
しかし2度に渡って県内企業に公募した1999年・2002年の増資については残念でなりません。
足利銀行は自己資本比率の増強を目的に、
栃木県内の自治体・取引企業・自行員を始め多くの人達に「株」の購入を依頼しました。
まさに足銀を助けようという善意の支援金でした。
1999年8月 第一回優先株 428億円
2002年1月 普通株 300億円
国有化されて丸2年。
当初は「国有化の是非」が大きな議論になりましたが、決定事項は覆ることなく、
貴重な財産が消えてしまいました。
--------------------------------------------------------------------------国の大きな転換期に、焦土となった宇都宮。
日本国の中では地方の1都市で起きた小さな出来事なのかもしれません。
しかしキチンと私たち親の世代が語り継ぎ、
再度焦土にならないよう伝えていく必要があるのではと思います。
「郷土愛」という言葉があります。
住んでいれば自然に沸いてくるモノではありません。
まず自分の郷土の歴史を知り、
多くの祖先が悪戦苦闘しながら街を築き上げてきたことを知ることにより、
今度は自分達が後生に残し使えていく大切な財産だと
自覚していくことではないかと確信してます。
<宇都宮の歴史シリーズ 終了>






