浜松駅から南、ハローワーク浜松の近くにかかる大勝橋です。
浅田橋の一本上流。
南からの大勝橋。真っ白に塗られて分かり辛いが、高欄を含めてRC製だ。
西詰から。橋の両側で高欄がゆるやかに広がっていて、実際の道幅以上に余裕を感じさせる。
高欄自体は二本のラインと四角い窓の直線的なデザイン。
親柱は円柱形。
親柱は四基あるが、なぜか銘板が北西と南東の二枚しかない。
残りの二基にはそもそも銘板がついていた形跡がなかった。
銘板の文字は「大勝橋」「たいしょうはし」。
下を流れる川は新川という。
完成の時期について、地元の浜松市立南部公民館編『汽車・ステンショ・まちこうば:わが町文化誌』では「大正時代の中ごろのようである」としている。
一方、Q地図様では現在の橋を昭和9年完成としているので、大正の中頃にあったのは先代の橋か、あるいは時期を勘違いしているのかもしれない。
ちなみに同書についている大正15年頃の地図では、現在の大勝橋の位置に橋は確認できなかった。
名前の由来について同書は「たしかなことは、わからない」としつつも、第一次世界大戦(大正3-7年)で日本が連合国側に立ってドイツに勝利したことを記念したのではないか、としている。
完成時期はともかく、第二次世界大戦での浜松空襲を生き延びた古い橋であることは間違いないので、今後も大切にして欲しい。
縁起良さそうな名前だし。