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しあわせの種まき 花音

☆魂のふるさとへ還る
幸せってなんだろう?自分を知るこころの旅へ☆

こんばんは。前回のブログ 佐久の虚空蔵山の由来

 文治二年(1186年)三月、西行法師は善光寺・姨捨から布引の寺を参拝し御牧ヶ原にて

 宿泊したところ、夢に所持の虚空蔵菩薩が現われ、「高日影山は清浄な山であるからわが
 像を安置せよ」とのお告げによりこの山に安置して、虚空蔵山と名づけたという
 と書きました。
 
西行法師とは 平安時代の有名な歌人で諸国を遍歴したという。信州に立ち寄ったのは
おそらく奥州への旅への帰り道。まだ西行が20代のころのようだ。このあと西行は高野山に向かい、長らくそこで暮らすこととなる。

上記布引の寺とは布引山釈尊寺 通称 布引観音のことだ。

このお寺は「牛に引かれて善光寺詣り」の伝承の地

http://kusabue.jp/nunobiki1.html

 

23歳で栄達の道も妻子も捨て、世俗と決別して出家した西行。
吉野の山に隠棲し、高野山に庵を結び、生涯の多くを漂泊の旅に費やした。
花を月を歌に詠み、奔放で自由、そして率直な心象の吐露は、
800余年の時代を超えていまも現代人の心に響く。


旅と歌に生きた西行は特に桜を好み 沢山の桜の歌を残している。

そんな桜の季節に 西行ゆかりの地へ行ったのも何かの縁だろうと思う。

 

西行は出家するけど、俗世間との結びつきを捨てられず、 俗と聖のはざまで

悩み苦しみ 孤独やさみしさを率直に歌にしている。そこが共感して私は好きだ。

人間味あふれるその姿に 人々は自分を重ねる。

 

旅のする中でさまざまな悩みや煩悩を歌に詠むことで罪、けがれや情念を白日の元にさらし、浄化し、和歌と言う芸術作品として昇華させる。鎮魂でもあり祈りでもある歌。

 

マレビト(諸国を巡る漂泊の民)の祈りでもある歌。

西行はスサノオの働きを担うものだったのだ。

 

私はマイノリティ、少数民族とか ニッチなもの、ノマドなものに心をよせることが好きだ。

自分が そうだからだと思う。 

 

今日もありがとうございます。

 

こんばんは。桜が美しい季節です。

 

先日はお仲間さんたちと某お寺さんで演奏をさせていただきました。

そのお寺ははじめて行く場所だったんですが、

 

大好きだった中学時代の先生のお寺(ご住職だったんです)が

この道添いの近くだったということを車を運転していたら思い出したんです。

 

むか~しみんなで遊びに行ったきりだったので、

どのあたりかすっかり忘れてたんですが、

 

懐かしくなってしまって

涙がなんだか出てきてしまって。。。。

演奏後 そのお寺さんへ向かうことにしました。

 

到着したら 看板があってお名前が書いてあって

そのお寺は 虚空山 明星院 多福寺 という真言宗のお寺でした。

 

当山開山  大阿闍梨 法印澄空 文治二年(1186年)開創

 本  尊  「大日如来」
 紋  章  十六辺 菊の御紋章 嵯峨御所より御寄附 証書保管

虚空蔵菩薩縁起

 文治二年(1186年)三月、西行法師は善光寺・姨捨から布引の寺を参拝し御牧ヶ原にて
 宿泊したところ、夢に所持の虚空蔵菩薩が現われ、「高日影山は清浄な山であるからわが
 像を安置せよ」とのお告げによりこの山に安置して、虚空蔵山と名づけたという。
 
 
1186年って平安時代末期でしょう。。。すごい古い由緒あるお寺さんだったんだ~。
子供の時は 宗派とか全然知らなかったもんなあ。
 
20分くらいで登れる山のようですが、四国八十八か所を模してあるようです。
今度登ってみよう。
 
 
佐久における武田軍の狼煙台としても知られたという虚空蔵山。
 
私は地元に知らないでいた沢山の歴史があることを実感しておりますが、
歴史を知ることは ご先祖様たちの人生ををかんじることでもあり、
先人たちの生きてきた証や思いを実感することで、
私たちの背後にある大いなる力の源である存在や先人たちとのつながりに
よりリアリティを感じます。
 
 
このタイミングでうかがえて本当に古きご縁を感じました。
 
素晴らしい書をかく 本当に仏様みたいで優しさがあふれでてる温かい先生だったなあって
思いだして 胸が熱くなってしまった私です。先生ありがとう。
そして私もあやかり、そんな人になりたい(道は遠いが。。。)と誓うのでした。
 

こんばんは。前回からの続きです。

 

信仰と文学の十字路をゆくという本を図書館から借りて読んだのですが、

とっても興味深い本でした。ブラタモリじゃないですが、地形と地名と歴史の関わりって

すごく面白くてワクワクしてしまう私です。

 

 

上記本によりますと

日本列島は

1 ユーラシアプレート(西方)

2 北米プレート(北方)

3 太平洋プレート(東方)

4 フィリッピンプレート(南方)

がぶつかりあうという地質学的・自然特性があり、

いわばプレートの集合、プレートの十字路にあたっているのだそうだ。

 

その十字路の刻印が、南北に走るフォッサマグナ(大地溝帯)と東西に走る中央構造線。

 

 

つまり長野県など日本の中央部に位置しているところは、中央構造線とフォッサマグマがぶつかり合い、大きな地殻変動があった地であるという。その地殻変動によって北アルプス、中央アルプス、南アルプスという三千メートル級の山々が誕生したという。

 

その山々の山頂は龍や水の神が宿る山岳信仰の舞台となり、その山腹や山麓には、白山、立山、富士山などの寺社が建立されて、古代からの信仰の拠点となっていく。

 

その信仰拠点が結びついて古代から中世にかけては修験者・僧侶などの宗教者の修行や巡礼の旅が行われ、江戸時代は庶民の寺社参詣の旅の舞台とる。

 

それらの山々は豊かで多様な自然を有していたことから、信仰がベースとなって山、水、薬草、国学などを発達させていく。

 

つまりフォッサマグナと中央構造線が交差する日本列島の中央部ことが宗教の習合的磁場だったといえる地域なのだそうだ。

 

中央構造線などは地震のことがよく話題になるけれど、そこからできた地形によって信仰がベースとなった文明が生まれて独自の発展をとげたというのは非常に興味深いなと思います。

長野は 都になったことはないのに、善光寺や諏訪大社など総本社になるような場所があるのか不思議だったし、海に由来する地名や海の神様が祀られた神社がそれこそ沢山あるのが不思議だったんですが、この本を読んで納得した次第です。

 

こんなことを調べて喜んでいるのは私くらいかなあ。

今年の冬は 長野の歴史と神社と風土など調べてはまってました。

マニアックな話ですが 黄色い種の私が納得し面白がった話をブログに書いていきたいと思っています。

ご興味あるかた 読んでくださいね。

今日もありがとうございます。