こんばんは。続きです。
マヤ暦で 人物像をよむのは邪道と思う人もいるとはわかっているのですが、
幕末の人物をマヤ暦でみてみると、いままで見てきた景色とは違ってみえて、
その人物への理解が深まるというか、別角度で見ることができるのが私は楽しいです。
そんなわけで 真田シリーズご覧ください。
佐久間象山が世に出たのは 真田幸貫という藩主がいたからです。
幸貫公が老中となり 海防掛に任命されたことで、象山がその顧問としてブレーンへ抜擢されるのです。当時 日本海には外国船が出没しており、中国はアヘン戦争でイギリスに敗北し、幕臣たちは大慌て、、、幸貫は海外事情の研究調査を命じられます。
象山は海防八策という意見書を提出します。それはとても評価されるのですが、当時取り入れられることはありませんでしたが。
実は真田幸貫は 徳川吉宗の曾孫で 寛政の改革を行った松平定信の子です。
しかし、庶子だったため、養子として真田家にはいり家督を継ぎます。
つまり、幸貫は徳川家の人間だったのです。
松代藩では外部からの人間ということもあり、保守的な家臣たちに遠慮して気を使っていたようで、新しいブレーンを望み、人材育成に力を入れ、新しき人材の登用を行います。
その一人が幼き頃から天才とうたわれた 佐久間象山でした。
象山は幸貫の命令で洋学を学んだりして江戸で頭角をあらわしていきます。
そんな真田幸貫のマヤ暦を調べてみました。
KIN59 青い共振の嵐( 青い嵐 WS赤い空歩く人 音7)
象山の 黄色い星 と幸貫公の 赤い空歩く人 は 神秘KINの関係になります。
つまり 二人は違うタイプながら 強烈に惹かれあう関係性だったというわけです。
象山にとっては幸貫という人との関わりと援助によって才能が開花していくわけで、
天下にその名を知られるようになり、国家のために貢献できるようになったのは
幸貫のおかげだったわけです。
まさしく運命の人といえますね。
幸貫は改革者であり実践派で自分の足で確かめ足を運び世のために尽力する。
いろんな方面に気をつかい、バランスを取り、繊細であり用心深くもありつつ、
とても面倒見がよく、苦労してきただけに人の気持ちのわかる懐の深い人
だったんだろうなあとマヤ暦から観じます。まさしく名君ですね。
実際 幸貫公が亡くなった時 象山は 号泣したそうです。
高邁な孤高の天才だった象山も幸貫公のことは師匠と仰いでいたようです。
その後幸貫の孫の幸教が家督を継ぐのですが、まだ年若い藩主であり、家臣たちの力が強く、象山は傲慢で家臣団から嫌われていたので、藩内で後ろ盾を失いだんだん用いられなくなってしまいます。かなしいかな。
それにしても真田と徳川の因縁といいますか、縁は深いなあと感じます。
真田家を徳川家の幸貫が家督を継いだことで、外様大名であった真田家が譜代大名格となり、老中に抜擢されたため国政にかかわることになるのです。それで象山が用いられ、
象山は徳川の幕府のために尽力するわけですが、その象山の思想は 薩長の幕末の志士たちに大きな影響を与えます。そして徳川慶喜に招致され、京都へ行った象山は
「公武合体」「開国論」を朝廷側に説くことで、尊王攘夷派に命をねらわれ暗殺されてしまいます。そして松代藩は戊辰戦争では 薩長に味方して幕府軍と戦っています。
なんといいますが、因果はどんどんめぐってゆきますね~。
ところで 童門冬二さんが「佐久間象山 幕末の明星」という本を書いています。
(私はまだ読んでません)
![]() |
幕末の明星 佐久間象山 (講談社文庫)
Amazon |
童門さんは歴史小説を沢山書いていらっしゃるので、その一つなんですが、
幕末の明星と言う表現が 的を得ていてビックリ。
☆追記です。
本を今読んでいるのですが、象山の幼名は啓之助で これは「東に啓明あり」という詩経の一文からとったそうで、啓明とは金星のことで、つまり空に輝く明星
「明星のように輝いてほしい」という父の願いでつけられたそうです。
おお~黄色い星の日にうまれるべくして生まれたんですね。
黄色い星の象山さんを明星と表現するなんて、、、と気になって
童門さんのマヤ暦を調べてみました。
そしたらKIN59 青い共振の嵐( 青い嵐 WS赤い空歩く人 音7)
真田幸貫公と一緒でした~。おおおビンゴ☆。
象山に共鳴して惹かれたから本を書いたんでしょうね。
童門さんは東京都の美濃部都知事のブレーンとして12年活動していて、それを辞めたあと作家になって沢山の歴史小説をかいてるそうです。
幸貫公は老中 水野忠邦に老中に抜擢されて 天保の改革の一翼を担ったそうです。
そして和歌など秀逸な作品をたくさん残したそうです。
政治に文学と やってることもこの二人すごく似てる。。。面白い
不思議なんですが、魅かれたり気になる歴史上の人物を調べてみると、
自分自身とマヤ暦の関係性があるケースがすごく多いです。
かくゆう 佐久間象山は私にとっては 黄色い種さんなのでガイドキンになります。
佐久間象山の生き方は 人間関係はとても不器用だったけど 自分の思想や才能に自信をもって国の行く末を純粋に思い、まっすぐな生き方をした人だなと感じます。
ところで、門下生だった吉田松陰らと象山のマヤの関係性もかなり面白いです。
つづく。
お読みいただきましてありがとうございます。



