【仮乗降場紹介.41】美野仮乗降場(常呂郡端野村;網走本線)
今回は、網走本線(現・石北本線)美野(みの)仮乗降場について調べてみたいと思います。かなり古い時期に存在した、情報が少ない仮乗降場の一つです。仮乗降場来歴昭和21(1946)年7月 美野仮乗降場として開設時期不詳 廃止開設時期は昭和21(1946)年ということが「停車場変遷大事典」や「端野町の和地名」で言及されています。廃止時期は「停車場変遷大事典」では昭和31(1956)年以降とあり、一説には昭和39(1964)年以降とも言われますが、不詳です。所在地は常呂郡端野村と網走郡美幌町の郡境・町村境にほど近い端野村側にありましたが、常呂郡端野村は昭和36(1961)年に町制施行し端野町となり、さらに現在は北見市の一部となっています。また美野仮乗降場と美幌駅との間にはもう一つ、鳥ノ沢という仮乗降場があり、そちらは美幌町内に位置していました。地形図(国土地理院1:25000図)では昭和33(1958)年測量図に「びの」(「みの」の誤植)として「とりのさわ」と共に描かれていますが、仮乗降場の改廃は地形図への反映が遅いケースもあり、あまり過信はできません。ただ昭和33年2万5千分図が「びの」の初出と思われるので、状況的には昭和33年にはまだ「びの」すなわち美野仮乗降場があった可能性は高いとも思われます。(昭和45年2万5千分図では「びの」は削除され「とりのさわ」のみ表記、昭和55年では「とりのさわ」も削除)5万分図では昭和29年までは美野、鳥ノ沢とも描かれておらず、次の版である昭和46年には「とりのさわ」のみ表記があります。(鳥ノ沢は昭和46年廃止)以上のことから、美野仮乗降場が「網走本線の仮乗降場」として開設されたものに間違いないものの、「石北本線の仮乗降場」だった時期があるかどうか(=昭和36年以降にも存在したか)、判断できないところです。仮乗降場名の由来地区名から。昭和37年の「最新北海道支庁別地図」を見ると、端野町の行政地名に「美野」という地名が見えます。一見、美幌川沿いの「野」の意とも取れますが、ここは美幌川流域ではないので、単純に美幌町と端野村の町村境付近に位置することから両地名の一字ずつを取ったのかもしれません。なお周辺には「美」や「野」がつく地名が他にもあり、いずれも和製地名と思われます。ダイヤ北海道版の時刻表にも掲載されたことはない仮乗降場ですので、ダイヤについては全容がつかみにくいところです。昭和24(1949)年9月1日改正の札幌鉄道局発行の「列車運轉竝船舶運行時刻表」によると、下りは15:16網走行き(旭川発515レ)、上りは7:42北見行き(網走発650レ)の一日1往復の停車でした。この時刻表の中での表記としては、生野、下相ノ内、美野、鳥ノ沢は各々「線路班」として表記、旭野のみ「(臨)」の記号を付した表記になっています。▲昭和24(1949)年の石北線・網走本線時刻表。常紋信号場(客扱いは昭和26年から?)は無印、旭野仮乗降場は(臨)印が付されています。北見市近郊には国鉄民営化と相前後して新駅が増えた一方で、峠越えの小さな仮乗降場がいくつも消えた旧網走支庁管内の石北本線。石北本線自体を取り巻く環境が厳しくなっている今日からは考えられないような場所に、今では忘れ去られようとしている仮乗降場があったことは、興味深い事実です。今回もここまでお付き合い下さいまして、誠にありがとうございました。