開設からすぐ正駅化した仮乗降場たち
北海道に数多あった仮乗降場。それらは開設からさまざまな運命をたどることになります。今回はその中でも、開設から比較的短期間で正駅に昇格したものをピックアップしてみたいと思います。正駅化に至るまでの事情はそれぞれ異なるでしょうが、中には正駅として開業する前提で仮乗降場として先行開業したものもあります。そういった事情による区別は特にせずに取り上げていきたいと思います。仮乗降場が正駅化したタイミング仮乗降場が正駅化するのは諸般の事情に鑑みて個々のタイミングで行われる場合もありますが、鉄道管理局単位で一斉に正駅化が行われたタイミングが何度かありました。・昭和25(1950)年1月15日…大中山、上多度志、臼谷、日ノ出、豊清水、中名寄、二ノ橋、豊野、旭野(西女満別)・昭和31(1956)年9月20日…新富、東風連(名寄高校)、旭、栄丘、恩根、布川・昭和34(1959)年11月1日…豊住(網走本線)、西訓子府、西富、穂波、広郷、北光社、西永山、北永山、南比布、北比布、東六線、下士別、日進、北星、南美深、初野、下中川、矢文、岐阜橋、潮見(潮見町)、川西、一区中通(共進)、学田(北遠軽)これらの日付では一斉に数多くの仮乗降場が正駅に昇格しています。しかしそのタイミングでの正駅化から漏れてしまった仮乗降場、それより後に開設された仮乗降場が、国鉄分割民営化まで仮乗降場として、やはり多く残存していました。・函館本線上砂川支線 下鶉、東鶉仮乗降場ともに昭和34(1959)年5月1日に仮乗降場として営業開始、同年12月18日正駅として開業・千歳線 長都仮乗降場昭和33(1958)年3月1日に仮乗降場として営業開始同年7月1日正駅として開業・札沼線 大学前仮乗降場(現・北海道医療大学駅)昭和56(1981)年12月1日に仮乗降場として営業開始翌57年4月1日正駅として開業・根室本線 西庶路信号場(兼仮乗降場)昭和26(1951)年4月1日に仮乗降場として客扱い開始翌27年3月5日正駅として開業・根室本線 東根室仮乗降場昭和36(1961)年2月1日に仮乗降場として営業開始同年9月1日正駅として開業・富良野線 学田、鹿討、西中、北美瑛、西聖和、西瑞穂、西御料、神楽岡仮乗降場いずれも昭和32(1957)〜翌33年にかけて営業開始北美瑛は昭和33年1月25日、西聖和、西瑞穂、西御料、神楽岡は昭和32年12月1日に営業開始と記録あり学田、鹿討、西中については営業開始期日の記録はないが、同じ頃の開設とみられる正駅化は全て昭和33(1958)年3月25日・網走本線(のちの池北線) 塩幌仮乗降場昭和35(1960)年7月頃に仮乗降場として開設?翌36年2月1日正駅として開業仮乗降場時代の記録は少ないが、交通公社版「北海道時刻表」には昭和35年7・8月号より掲載開始、地形図には昭和35年測量図に掲載あり・宗谷本線 東風連仮乗降場(現・名寄高校駅)昭和31(1956)年に仮乗降場として営業開始同年9月20日正駅として開業・相生線恩根仮乗降場昭和30(1955)年頃に仮乗降場として営業開始?翌31年9月20日正駅として開業仮乗降場時代の記録は少なく、昭和29年発行「津別町史」には同年に設置認可が下りた旨の記載がある今回は仮乗降場の「正駅化」という部分にスポットを当ててみました。というのも、正駅化というのはある程度、一斉に行われる場合があるためで、逆を言えば、そうしたタイミングで「開業」とされている駅は、それより前に仮乗降場として営業していた可能性が疑われる、ということにもなります。例えば、昭和34(1959)年11月1日。先述のとおり旭川鉄道管理局管内で多数の仮乗降場が正駅になりました。この時に「開業」と記録されている駅の中で、唯一、宗谷本線の南幌延駅は、仮乗降場として営業していたという記録が見つかっていません。しかしこの昭和34年11月1日という日付はダイヤ改正の実施日でもなく、同月号の時刻表を見ても時刻の変更を伴っているわけでもないため、可能性として考えておく余地はありそうです。仮乗降場も一つひとつに秘められた物語がある。そう思わされる次第です。今回もここまでお読み下さいまして、ありがとうございました。