岡田 茉莉子(女優・プロデューサー) 素描 | もの描くひとびと、奏でるひとびと

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岡田 茉莉子(おかだ まりこ、1933年1月11日 - )

日本の女優・映画プロデューサー。本名:吉田 鞠子(旧姓・田中)。父は戦前の無声映画で活躍した二枚目俳優・岡田時彦。

母は宝塚歌劇団卒業生で男役を務めた田鶴園子。夫は映画監督の吉田喜重。

 

1962年、「岡田茉莉子・映画出演100本記念作品」として自らプロデュースした主演映画『秋津温泉』がヒットし、多くの映画賞も獲得した。会社の意向で助監督に戻されていた吉田喜重を監督に起用した作品であった。『秋津温泉』の成功を機に女優引退も決意していたが、吉田に諫められて翻意 。

 

1963年11月6日、吉田喜重との婚約を発表。1964年(昭和39年)6月21日、旧西ドイツのバイエルン州で吉田喜重と海外挙式した。仲人役は映画監督の木下惠介と女優の田中絹代。

 

逸話

 

東宝に入ってすぐのデビュー作「舞姫」で、宣伝部が経歴を書こうと父親の名前を尋ね、岡田時彦の娘とわかり大騒ぎとなった(それまで言っていなかった)。

 

父娘とも、芸名の名付け親は作家の谷崎潤一郎である。「お父さんの芸名を付けたのだから君の名前も私が付けましょう」と言って付けてくれたという。しかし新聞や雑誌で「茉莉子」の「茉」の文字が、下の横棒が長い「」と誤植されることが多かったという。その度に几帳面な谷崎から、岡田のもとに「君の名前の文字は上の棒が長いのです」と叱った手紙を頂戴したそうである。後年岡田は「私のせいじゃないのにね」と愉快に語っている。  

 

Wikipediaより