死産前日 | 気まぐれ更新お出かけ記録。(名前を「はるき」に変えました。

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#死産

5/28、出産前日。
空が明るくなった頃、目が覚めました。
久々に朝日を見て、気持ちは不思議と穏やかでした。
全てが嘘だったかのような爽やかな朝でした。


でもやはり現実…。
朝ラミナリアを入れ直しました。
次は8本。やはり痛みはありませんでした。

トイレ以外は立てない安静状態の一日。
様々なことを考えました。

赤ちゃんの名前。男の子だと分かっていたので考えていた名前に漢字をあてようと、命名辞典を開いてみましたが、未来のある漢字を見るのがつらすぎてすぐに本は閉じてしまいました。

もし赤ちゃんが元気に生まれていたら家族四人の生活がどうなっていたか。
キャンプ行きたかったなぁ。
肝っ玉母さんになりたかったなぁ。
毎朝大量にお茶を作って、大皿いっぱいのおかずを作って、思春期には皆に無視され、男臭い洗濯物に追われ…。
妊娠中に嫌だと思っていたことが、やりたいことに変わっていました。

赤ちゃんの棺に入れるもの。
死産後は私たち親の手で赤ちゃんを棺に入れます。
そこに何を入れるか考えていました。

お骨をどうするか。
仏壇をどうするか。
供養はどうするか。
、、、、、、、、。

出産前日にこんなことばかり考えなければならない…。辛かったです。


そして夕方、ラミナリアを18本に増やされた頃から、生理痛程度の15分間隔の陣痛が始まりました。
ちょうどその頃、昔の友達から「昨日出産しました!」メールが…。可愛い赤ちゃんの写メも…。
落ち込みました。「何の罰があたったんだろう」と。

そこからはどんどん出産に対する恐怖が強まり、眠れない時間を過ごしました。
長男のときも長い陣痛に苦しみましたが、元気な心音があったし、「赤ちゃんも頑張ってるよ」の言葉に励まされ、耐えることが出来たのです。
でも明日は違う。私1人が頑張らなければならない…。産声をあげない赤ちゃんと対面しなければならない…。

恐怖に押し潰されそうになり、深夜にナースコール。泣きながら看護師さんに思いをぶつけました。若い看護師さんはじっと話を聞いてくれ、一緒に泣いてくれました。
気持ちは少し落ち着きましたが、やはり眠れないまま出産当日を迎えました。