死産のための入院 初日 | 気まぐれ更新お出かけ記録。(名前を「はるき」に変えました。

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#死産
5/27、入院の日。

私は一睡も出来ていませんでした。

妊娠初期の頃に高熱を出したのがいけなかったのか。
野菜の量が足りなかったのか。
安定期以降出かけすぎたのか。
旅行がいけなかったのか、、、。
自分を責めては泣いていました。
大きなおなかをなでては悲しくて泣きました。

でもこのとき私の頭を大きく占めていたのは、数日後に控えた出産への恐怖でした。
医師からの説明では、赤ちゃんは亡くなって時間が経っているため、私の血液中に毒のようなものが回っている恐れがあり、それによって出産の際に大量出血を起こし、私の命の危険もあるとのこと。
また命は助かっても、子宮摘出や破裂もあり得ると…。
死にたくない、怖い、と私は自分のことばかり考えていました。
ひどい母親です。

朝、姑が来てくれ、皆で病院に向かいました。
私が入院したのはNICU。やはり危険な出産なんだと思いました。
長男とはここでしばらくお別れです。
私と半日以上離れたことのない子です。
この子もこれからしばらく寂しい思いをしなければなりません。不憫でした。


皆が帰り、私の闘いもスタートしました。
夕方、ラミナリアという水分を含むと膨張する海藻を子宮口に挿入しました。
私が調べたことによると、このラミナリア挿入は叫ぶほどの激痛を伴うそうです。
覚悟して臨みましたが、経産婦だからか大した痛みではありませんでした。
このときは4本。これから2日かけてだんだん数を増やし、子宮口が十分開いたところで陣痛促進剤を使って出産となるそうです。

病室ではひたすら鶴を折りました。
「ごめんね、ごめんね」と思いながら折りました。
涙は枯れることがなく、既に目の周りはただれ、白い膿のようなものが滲んでいました。

この夜は泥のように眠りました。