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きょうだい児として
私が自分をきょうだい児として自覚したのは、20歳位である。
なぜなら兄が発達障害と診断されたのが社会人になってからで、丁度その時私が20歳頃だった。
助けてほしいことは沢山あった。
仕事から帰ってきて、仕事のストレスで部屋で暴れる兄への怖さをどうしたらいい?
これは本当に大変な時で、母自身すごく大変だったからだと思うけど、「お兄ちゃんと一緒に死のうと思う」と言われた私の気持ちはどうしたらいい?
親族の将来を考えて大学院進学を諦めた私の気持ちは?
でも言えなかった。
兄も母も悪気があって私をおとしめようとしてした行動では無いとわかっていたから。
友達がいない訳では無かった。
大学に行ったら穏やかで優しい友達に会えていた。
その友達に暗い話題を提供するのが申し訳なかった。
家族の事を話すと家族を悪く言うことになってしまうのも怖くて話しにくかった。
困っている。
信頼できる人がいない訳ではない。
でも、友人が信頼できるからこそ、大切であるからこそ、何も言えなかった。
自分の想いや経験が、友達の中で重りとなり顔も気持ちも曇らせてしまうのが申し訳なかった。
ここで考える。では今考えると誰に相談すれば良かったか?
結論から言うと、同じきょうだい児者が集う会である。
私はきょうだい児という言葉に出会うのが遅かったので、きょうだいが集う会に参加できたのは1番困っていた時期から遅れた3年後位である。
その頃コロナが萬栄していた時期なので、全国様々なきょうだいのみんなでお話するリモート会が、毎月のように開催されていた。
そこでは問題が解決することが目標にはなっていない。
同じきょうだいという立場で共感しあったり、各自の経験から「こうしたら良いのでは?」と寄り添ったりする時間が流れていた。
私はそれがとても心地良かった。
直接的な解決ではないが、心からの「わかるよ」をもらえる事が、自分の経験や想いを代わりに言語化してもらえる感覚がとてもホッとした。
ここで初めの前提条件と比較する。
相談は「近く」でなくても良いことがわかる。
きょうだい会は、近所では無い。むしろ全国各地、1番遠いと海外から参加されている方もいた。
でも住む場所関係なく、同じきょうだいという共通点の中で、限られた2時間程度の会話が、確実に私の支えとなっていた。
つまり相談相手と自分との距離は関係ないのではという仮説がここで生まれる。