悪性リンパ腫患者として
悪性リンパ腫患者として、困っているのか困っていないのか、自覚するのは正直難しかった。
困っていると言っていいのかもわからなかった。
なぜならやるしかないから。
自分の気持ちや考えを入れる隙間は感じられなかった。
大げさに言えば、生きるか死ぬかの判断に想いを挟んでいる場合ではなかった。
1年経った今になって、「あの対応傷ついたなあ」「仕方のない事だけど、副作用で色々失ったの悲しかったなあ」などの想いが浮かんでくる。
また、AYA世代ならではのモヤモヤがあった。
それはライフイベントが多い年代として、自分と周りをつい比べてしまうことによるモヤモヤである。
友達が結婚したり、出産する人が多い時期の闘病だった。
結婚も出産も悪いことではなく、むしろおめでたい出来事だ。
頭ではわかっている。
でも自分の状態と比較し落ち込むという一言では表せない感情になった。
素直に祝福出来ない自分も嫌だった。
また、なぜか入院病棟の同じフロアで産婦人科が一緒であり、毎日出産の場面が近くにあった。
「本当は私の両親も出産のようにポジティブな理由でお見舞いにきたかっただろうに」と考えると、自分がみじめで情けなくて仕方なかった。
最後にここでも考える。
あの時誰にどう相談すれば良かったか?
一言で表すなら、「相談から逃げてほしい」。
相談しようとすると、問題にというか事象に向き合わなければいけないので、まずはやり過ごす。
元気が回復してから向き合う。
それで遅くないと思う。
あの時私は「どうしたいか」を後回しにしていた。
治療出来るのは当たり前ではなく有難いことだと思っていたし、元気になるには希望は優先しないほうがいいと思っていた。
また、自分の考えより、専門知識のある主治医や日々世話になっている家族の考えに従ったりする方が良いと思っていた。それを続けていくうちに、希望どころか自分の考えも感情も自分でもわからなくなっていった。
その状態からの相談って、かなり難しいと思う。
なんだかモヤモヤしているのに、相談出来ない自分ってやはりだめなんだと思わなくて良い。
相談する元気が枯渇しているのに、無理に言葉にしなくて良い。
だから相談から逃げてほしい。