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コンサルタントとしての「謙虚」さなんだ?

コンサルタントとしての謙虚さとはいったいなんなんでしょうか?

転職コンサルの人から、
世界中の問題をすべて理解していたいと考えてしまっていて、常に「わかっていたよ」と言いたげであるというのです(人が教えてくれることを拒絶気味)。
そのとおりかもしれません。自分は「世界中のことを理解してやりたい」と思っています。

世界中のことを理解したいという動機は悪くないと思うけど、それがなぜか色々なことを教えてくれる人に対してまで拒絶になってしまっているようです。

コンサルタントになりたいという動機がいつの間にか入れ違ってしまっているようなのです。
本来コンサルタントになりたい動機って、↓の用になるべきですよね。
コンサルタントになっていろんな経験から物事を学び、それを色々な人のために役立てたい=○

でも、これがいつの間にか、
コンサルタントになって自分が正しいんだ!ということを触れ回りたい、という動機=×
になってしまっている様子。

どちらにせよ勉強しなくちゃいけないことは同じですけどね。

ああ、こまった。心に深く根を張ってしまっているようですよ。この感情は。

逆に開き直ってみるか。
おおー、おれはそういう人間だっ!ってね。うかんねぇかなw

格差社会と日本の情

格差社会、格差社会っていわれますよね。

自分は格差社会って日本人の精神では当然起きることだって思うんです。

なぜなら、日本人には義理とか情とか、精神的なつながりを重視するからです。
情の上に商売が載っていて、良くある言葉が「あいつには以前世話んなったからな」。

これは一見すると美しいのですが、見方を変えると人の和の中でビジネスが進む状況になっており、
見方を変えると公平や自由の原理とは矛盾している、と思うのです。

特に自由競争の経済の枠組みで考えると特にそう。
これのおかげですでに決まった仲間内で出来上がった経済圏に新しい商材の人は入っていきにくくなってしまいますし、そうすると自由な競争も静楽なってしまうのではないでしょうか。
「それって談合じゃないか」?まあ、会社レベルで大きくやるということは別に、日常的にやってることだってことです。

「あいつには世話になった」の中には、コストの逆=ある種の利益が一部の中で回る状況を示唆していると思います。もてるもの同士が持てるものの間で集まり、お互いにビジネスを行う。

そして、そこに規模の経済や、企業経営による富みのコントロールなどが働いて、徐々に富みが上方に集約されていくというわけです。

経済というものは、思うに日常のちょっとした心の形やクセなどに大きな影響を与えます。
特に文化くらい大きく変えがたいものであれば、さらにその影響は大きいでしょう。

その一つがこれ。ではないでしょうか?

考えて見れば、日本は昔からずーっと格差社会(または階級社会)でした。
日本人のその義理や情の精神が格差社会へと向かわせる一因になっていたりするのではないでしょうか?

(P.S.欧米人の中には”ハバツ”を説明されても意味がわからない、という人もいるらしいですよ。

株式に関する雑記

日経がもうえらいことです。日中も値段をチェックしていましたが、一時1000円ほど落ちそうでしたね。

1000円落ちそうだったのもおどろいたのですけど、その前前日の1000落ちのあとほとんど反発せずに若干マイナスで終わったことです。

今までの市況では、大きく落ちた後は反発することがほとんどでした。
しかし、今回は反発しない。
個人的には、市場の動きは今まで(特に2週間くらいまえ・2ヶ月くらい前)とはもう全然違ってしまいましたね。

思いますに、
基本的には過去の動き方は、地点Aで価格が下落すると地点Bで上がるというような状況だった。
言い換えると市場全体が(時間差はあるにせよ)、大きなシーソーのような状況だったと思うのです。
その前提としては、世界に存在する(大きな意味での)金の総量は変わらない、またはそういう金融資産の変化というのは、世界の金の総量に対して大きなインパクトはない、という前提でした。

でも、もう違うなー。

そもそもに、クレジットクランチが問題のベースにある。これってどういうように解釈するかってわからないのですが、世界に存在する金の総量が減ってきているということですよね。
金がどんどん消滅していってる。
今までは海岸で波が打ったり寄せたりしている状況だったのが、今は完全な引き潮になってしまいました。

恐慌になるといわれています。
製造業にいますが、影響は現場で出始めています。