淡い緑青のような色合いの体に黒い楕円斑と鮮やかな朱点落ち窪んだ眼に牙が所々剥きだしてへの字に曲がった顎は立派に成長した雄だった
逃がさないように岸まで運び顎に食い込んだ針をはずして40センチに達する魚体を両手に抱え身震いする
武者震いと言っておこうか、少年の手は震えが止まらず足は笑っていた
大物のマソウをこの手で釣り上げて緊張と興奮が冷めやらないのである
かくして大物のマソウを悠々と持ち帰った吉少年を見た村の人達は皆同じように目を輝かせて褒めて称えた
その中に錠少年もいた「凄いじゃん吉、こんなの良くさばききれたなあ」
「まあ、これで俺もお前のレベルの高い釣り人の仲間入りとなったな」
と、なんだか仕切っている言い方をした
「これからだよ、これがまぐれで無い事を祈るよ」只々嬉しくて謙虚さを付け加えた
更に嬉しいことにあの愛子が錠君との間に割って入って来た
「凄いじゃん あんたもとりえがあったんだ」
相変わらずの愛子、なんか見直してくれたと思っても良いのだろうか
吉少年は頭をかきながら又うつむいた
村落を炭焼き小屋の傾斜を夏の名残がぶり返したように強い日差しが照らしていた
吉少年はあたりを見渡しながら心の暗雲が消え去っていくのを感じていた
「暗い事ばかりじゃあないんだ先が明るくなってきたみたいだ」
「捨てたもんじゃあないんだ俺だって」軽い足取りで炭焼き小屋に戻ると父親が炭焼き小屋に手を入れて炭を掻き出していた
背中を向けながら親父は言った
「お前なら釣ると思っていたよ」
「親父、俺、しばらく炭焼き手伝って無かったけどこれからは毎日手伝うよ」
舞い上がった炭の粉が日差しを受けてキラキラと光っていた
完 小坂佳之著 短編小説集「岩鏡いわかがみ」より