おらのなにがし~かしく、瀧左とのへ~ -17ページ目

おらのなにがし~かしく、瀧左とのへ~

    ことしはきうてんさまのおんとし

(∩´∀`)∩

大膳もきたんか~!ごそくろう~

ちなみに、今日で七月がおわり

 

『パパ三郎訪問記』!

 

天文二年 七月廿九日

 

廿九日、

庚午、天晴、

織田三郎来、大和守所へ八時分同道、朝飯有之、軈而鞠

有之、人数飛鳥、予、蔵人、織田大和守、同三郎、

同右近、同大膳、速水兵部、毛利十郎、千秋将監、

伴九郎兵衛、矢野善十郎等也、鞠以後則歸宅、

冷麺暮々有之、

渡邊所より馬来、鹿毛也、尺歟

なんか渡邊弟さんから、

尺なおうまさん馬がきたぉ~

海賊と決め込んでたけど、

馬牧場主だったりして?!(^_-)

 

※八時分…ひる過ぎて、午後三時までのあいだ

 

パパが来た!

(・ω・)鉛筆

二、

しかも

鞠の人数なり

 ( ..)φメモメモ

(∩´∀`)∩

今日から清す!

 

『パパ三郎訪問記』!

 

天文二年 七月廿八日

 

廿八日、

己巳、天晴、

辰一點(たつのいってん=午前七~八時?)小雨散、

大和守来候、則歸宅、三郎来、暫雑談候了、九時分

朝飯候了、

千秋左近将監季通奉公千秋庶子熱田神人、歟(大宮司)

鞠道之門弟に成候了、太刀、糸、二百疋持来候了、

渡邊弟林光院と云者、歌道之門弟に成、云々、百疋持来、云々、内之物千賀又四郎同来候了、

大和守方より使同名丹波有之、明日乍三人朝飯に可来、云々、

切麺有之、

六時分飛鳥雑色四郎右衛門遠行也、廿四日より所勞也、不便々々、勝幡に残候了、跡之事平手申付、云々、

織田兵部女七歳、遠行、云々、不便云々、

なんか渡邊弟さんのところ、

「云々」なんやねぇ(^_-)

※辰…午前七時~九時

※辰一點…漏刻(山科さんの日記)でいうところ、

二時間を四つにわけられるらしいので、

最初の一點は七時~くらい(・∀・)

 

※九時分…正午、午の刻、朝飯ってほぼお昼なのね~

 

これからパパがどのくらい来るか愉しみ~

まず(・ω・)鉛筆

一、

と( ..)φメモメモ

本日

七月廿八日は…

 

永禄かしくの日

(先に読もう(・∀・))

 

であり、

 

みんなの命を救った

かしくな

御返事の日

 

であるという、

 

これがどういうことなのか…

以下

「みんな」に該当するものども含む実録を紹介、

ぅお~い!

やましなさぁ~ん(`・ω・´)よろすくぅ

 

(∩´∀`)∩笑い「おや雲松軒、ちゃうな、のふのり…

でもないな、是齋…でわないな、

おらさふな、いみうむ、及移刻暫雑談也、」

(・∀・)笑いへへ…云々、

 

山科さんの御日記から判明した

愛と涙の三郎物語、

 

それは、かしくな御返事前日のこと…、

 

永禄十二年七月廿七日

 

廿七日、

己亥、辰戌刻小雨灌、天晴、

是心寺殿へ昨日之御禮に山本彦二郎進之、同食籠返進、

 

晩頭佐藤錫携來、一盞受用了、

 

故一色義龍後家壺可爲所持、可被出之由信長連連被申、

一亂之刻被失云々、尚於責乞者可自害云々、然者

信長本妻兄弟女子十六人可爲自害、國衆大なる衆

十七人、女子之男以上卅餘人可切腹由也、

仍中分失弗(?ママ)に治定、今日無事に成了、

 

佐藤も十七人之内也、

この、

佐藤入道曰くが

読み取りづらいんだけど、

後家はじめ三郎本妻!?の兄弟やら、

さまざまな卅人以上のひとが、

 

「そんなに壺壺ゆうならみんなで死んでやる!」

 

って、さぶろうを脅して、

本日、お許しがでたのか?

命を取られずすんだ

(壺を諦めさせた、)

と解釈するのが今の通説みたいだけど…

 

しかし、

おらさぶろうにいわせれば…

(・ω・)

そんな御茶番で

さんもんしばいみたいな

おどしより、

 

真の救世主になったであろう出来事…

みなのいのちを救ったほんとうの裏話を

ここで紹介しましょう…(T_T)先に感涙しとこ

…

もやもやもやもやもやもや
 
それは、
「かしくな御返事」
を出す数日前のこと…
 
もやもやもやもやもやもや
 
ある日のさふろう( `ー´)ノもやもや「きさま、一色のツボどうした?」
 

後家國衆代表(´・ω・`)「以前にも申しましたが、

争乱の刻に紛失されまして…云々、」

 

あくまさぶろう( `ー´)ノピリピリもやもや「なんやて?

あんまりしつこいから

兄弟女子共?みな自害?

ならびに國衆ども十七人?卅餘人は切腹なり?

おお、おお、すきにせよ、

いづれ生きてる価値もない」

 

ガーン(((´・ω・`)))「ひ、ひぃ…悪魔」

 

★★☆彡

 

キラキラ御つかい(`・ω・´)ゞキラキラ「さぶろうさま!

たきささま、北伊勢からの御注進

御届もうしあがりました!」

 

あくまがとけるさぶろう( `ー´)ノ「!!!」ダッシュもやもや

(もはや壺なんぞ忘れている、はじめからどーでもよいのである)

 

たきさ待ちわびさふらうキラキラ(*'ω'*)ダッシュキラキラ飛び出すハート「あにじゃか!

まってたまってたでぇ!

おとなしう待つってくるしぃわ~

はよひろうせ!」

 

キラキラ(`・ω・´)ゞ「(おとなしう…どこが?)

いせ、いな、いがにき内存とのこと!」

 

ほとけほっとけさふらうキラキラ(・∀・)キラキラ「うむ、まあ、

そらそやろな、

わかってはおったんな、(神通力)

ほれこれ返書ぢゃ(いつでも持ってるんキラキラ)、

渡すとき、ちゃんとかしくまれょ

すぐではいかんぞ、

廿八日になってからとどけたまへよ

(※あにじゃ待ちわびてたのばれたくない※)

キラキラ今夜は別飯やキラキラ一色(三河)の鰻湯漬けがええな…

あにじゃはほんにたよりになるゎ…☆彡キラキラ」

 

キラキラ(`・ω・´)ゞ「…」

 

いつものさぶろう( `ー´)ノ「ん?あぁ、…そやった、

あのこぎたない田舎者どもに、

心安かるべく

はよ在所帰れゆうたれ、もう用ない、顔も見たない」

 

☆★☆

 

(`・ω・´)ゞ「とのが心安かるべくはよ帰れとのこと、

神仏の御加護に感謝し以後精進したまえよ

自然今日耳にしたことは外聞せぬようにな…」

 

☆彡☆彡

 

帰り路次の國衆代表(´・ω・`)「さぶろうさまの

御機嫌様変わった

とき、

たきささまさきた

だとか聞こえたやな…

かみさまほとけさまの御言霊や…

ありがたや、ありがたや~お願い

たきささまさきた、たきささまさきた…たさ…っぃて!

したかむな…

さすが呪詛がきいとるな、云々」

 

そうしてよくないことが起きそうなとき、

「たきささまさきた」の回文咒言が大いにはやった

まさに瀧川の

偉大なる軌跡のひとつといえよう…

 

 

…★…

 

(ヾノ゜o゜)ナイナイ

…

これが、まあ大して非も罪もないだろうひとびと、

「みんなの命を救ったかしく」

の実態なのだった!!たきささまさきた…!

(・∀・)ウソウソ

 

【山科さんの御日記の注釈】

 

※山本彦二郎…山科さんちの雑掌さん、青侍さん

この濃州旅ではよくがんばってくれてるみたい

 

  ・尾州への出入りも担当

  ・知人の「二条高野堂」の僧が書状言伝もって上洛

  ・是心寺さん(一条さん関係)に行かしてるから、

御躰もいいんだろうね

  ・御宮笥用の刃物、小刀、爪刀も調えてくれた

 

でも次の「冬の濃州旅」にはいない…なんかあったかな(´・ω・`)

 

※一色義龍…斎藤義龍(1529~1561)

※佐藤…佐藤紀伊守入道忠能、在所は「北庄六里北云々、」

しょっちゅう在所と

岐阜の町中(山科さんの宿周辺)を往来

どうやら「國衆大なる衆十七人」の一人らしい

 

※是心寺(院)…一条さんのゆかりの尼寺さま、→紹介記事

山科さんが濃州に来るときはここに関する

御公事も担当しているらしい…

 

 

ということですからして、

 

本日

七月廿八日は…

 

みんなの命を救った

かしくな御返事

の日!