おらのなにがし~かしく、瀧左とのへ~ -15ページ目

おらのなにがし~かしく、瀧左とのへ~

    ことしはきうてんさまのおんとし

えっと、

きよすは、

七月廿八日~

( ..)φメモメモ

今回は、

滞在五日目、

 

『パパ三郎訪問記』!

 

天文二年 八月四日

 

四日、

甲戌、天晴、晩天雨下、

織田監物尉、大和守弟也、同子、同勘解由右衛門尉等、飛へ

太刀糸、にて禮申候了、

勧進舞大夫女房夕霧、両三人同道にて罷向、大和守以下

各来候了、其後大和守所にて鞠有之、人数飛、予、

蔵人、大和守、速水、矢野石見、織田右衛門尉、

毛利十郎等也、右近来、乍去依所勞早歸候了、鞠以後

行水、切麺にて一盞候了、

蔵人さん蹴鞠してるし所労から回復したんかな(・ω・)

かわるように右近(光清)が所労だよ…

 

※勧進舞…くわんじんまひ、勧進のために興行する舞、

歩き巫女とか口寄せ巫女とかも

くわんじん的だよね…(・∀・)

 

えっと、

きよすは、

七月廿八日~

( ..)φメモメモ

今回は、

滞在四日目、

 

『パパ三郎訪問記』!

 

天文二年 八月三日

 

三日、

癸酉、天晴、

篠田入道安盛歌道爲門弟、百疋持来、云云、

矢野石見守同道候了、織田丹波守、矢野石見守、坂井攝津守、毛利十郎等来候了、

帷布、鞠上之布越後、代八十疋、織田兵部方へ遣了、

誂候了、

矢野さんがんばってるねぇ…(・ω・)

 

※矢野石見守…矢野石見守三善寛倫(三郎與力・武衛直近)

※織田兵部…この日の記事にもまとめたけど、

今回の旅実行委員会の委員のひとりっぽいんだけど、

七月廿八日に女七歳が亡くなって不便で沈思の由だし、

基本的に蔵人さん(富小路氏直)が取次してくれること

多かったし、

なんか頼むのも斟酌って感じだよね(´・ω・`)

 

※越後…元亀二年の濃州旅に一緒した、竹門のお侍さん、

 

でわないよ(ヾノ・∀・`)

 

・越後晒…越後布、

越後の苧麻(ちょま、まお、からむし)を用いて、

雪で晒した白い麻織物、

上等品を

上布という

「鞠上之布」=「蹴鞠用の上等な布」

ってことかな?

 

えっと、

きよすは、

七月廿八日~

( ..)φメモメモ

今回は、

滞在三日目、

 

『パパ三郎訪問記』!

 

天文二年 八月二日

 

二日、

壬申、天晴、

今朝織田大和守所に朝飯有之、八時分に罷向、相伴

之衆飛鳥、予、大和守、速水兵部、織田右衛門尉、

矢野石見守等也、蔵人依所勞不罷候、晩天鞠有之、

人数飛、予、大和守、速水、右衛門尉、毛利十郎、

矢野石見守等也、厥后行水、次盞出候、冷麺すい物

にて一盞候了、六過時分歸宅候了、各送候了、

蔵人さん所労…(´・ω・`)

 

※厥后…その後って意味もなくもないけど、

この言葉はここでしか出てこないから、

翻刻違いを検討中だよ

※八時分…ひるすぎて午後三時まで、…朝?!

※六過時分…午後七~八時ころ