小泉内閣の時に、皇室典範を変える為に組織されたのが、有識者会議が表の政治で大々的に組織された。それ以前にもあったかもしれないが、私が奇異に感じて有識者会議の様子をテレビで見た最初である。法的根拠などなく、民主主義を歪める卑怯な手法であると思った。仮に、その分野の有識者で組織するとしても、疑問点を含む問題に関しては、有識者といえでも意見が別れるのが通例である。その“有識者群”の中から、政府の決めたい方向を指示する者を選んで組織し、有権者からの批判をかわす為に用いていることが、ある程度の知識のある者が見れば明らかである。小泉内閣の皇室典範を改めるための有識者会議では、小泉さんの女帝容認論があり、それにそった結論を出させる為に、元東大総長のロボット工学専門の方が座長になって有識者会議が組織された。予想通り、ロボット工学の人が小泉氏のロボットになって、女帝を容認するという結論を出したとき、皇室に男児が出生して、その話が立ち消えになった。小泉氏が矛を収めると、その座長もロボットであることを証明するがごとく、電源が切れてしまった。
 今回の消費増税に関する有識者会議も、既に法案になっている消費増税案を、今更議論している。消費税増税案は選挙で選ばれた議員が、そしてその中から選ばれた野田総理大臣が中心になって法案化したものである。今回の有識者会議など法的根拠は無く、それの議論の結果を用いて、増税を遅らせる法案を提出するとしたら、安倍内閣は、完全に民主主義無視の政権である。
 また、内閣参与なるものが表に出るのも問題である。総理大臣が、浜田宏一氏などの意見をいろいろ聞くのは問題ない。しかし、それは安倍総理の考えを形成する為の材料を得るためのものであり、内閣総理大臣の作業の一部に含まれる筈である。従って、その方が、まるで、権力者の片腕のような形でマスコミに登場することに違和感を持つ。
 いったいこの国は民主主義を理解しているのか?
 北朝鮮は新しい指導者の下、国際社会への復帰を考えているように見える。それが、時代の流れであることを留学経験のある若い指導者は、知っているようである。例えば、脱北者に帰還を求め、応じた者に現金の供与も行っているとの報道もある。
http://www.reuters.com/article/2013/08/18/us-korea-north-defectors-insight-idUSBRE97H0D120130818
また、韓国とケソン工業団地の操業再開や、金剛山の観光再開を話し合っている。このような韓国の動きは、外交標的を日本に絞っている証拠ではないだろうか。注1)
 日本国は、古い体制にあるものの新しい方向を模索する新体制の北朝鮮に対して、拉致被害者の救出、経済協力、平和条約の締結を目指すべきであると思う。北朝鮮が現在一番必要としているからこそ、経済協力が高く評価され、平和条約のための戦後保証金を低く抑えることが可能である。経済発展後、日本との距離が遠くなった場合、多額の保証金を提示され、日本の最大の脅威となるだろう。また、北朝鮮と拉致問題などを解決し、平和条約を締結することは、注2)韓国が中心となって進めている日本封じ込め政策への強力な対抗措置となりうるのではないだろうか。
 韓国の司法は、日韓平和条約において解決済みであるにも拘らず、戦時中徴用され民間企業で働いていた人の賠償請求を認める方向にあるなど、中国も巻き込んで日本封じ込め政策を強力に進めているようである。また、当時無かった従軍慰安婦というような言葉を用いて、米国の多くの都市にその像を設置したり、その他、安重根という名を戦艦につけたりと、日本に対する敵対姿勢を強めている。日本国も、太平洋戦争の歴史的評価をその中での指導者達の役割と責任を含め、総合的に行って国民に公表すべきである。本質的なケジメをつけるためにも必要であると思う。注3)
http://island.geocities.yahoo.co.jp/gl/mopyesr/view/20130815/1376526533
日本国としては、尖閣諸島の防衛体制を整備する一方、これ以上の島への投資は遠分しないなど、中国に一定の譲歩を行うことで、反日の動きを封じるべきではないだろうか。野中広務氏によると、田中角栄と中国首脳らとの日中国交回復交渉の際、尖閣諸島の領有権問題については棚上げにするという合意があったとのことである。
http://news.kanaloco.jp/localnews/article/1307090015/
日本には、「中国に一歩譲ると、全てを獲られてしまう」という、被害妄想的議論があるが、それは米国ベッタリの官僚たちが政治家を洗脳しているのだと思う。日本国が自信をもって、中国と交渉すればそのようなことになり得ないと思う。
 日本の国際的地位を護る為には、差し当たり対韓国戦略を重点に置くべきだと思う。米国は、日本がこのような動きをしたとしたら、「日韓が一致して、北朝鮮の核兵器を廃絶させるべく協力すべき時に、何を考えているのだ」と不愉快になるだろう。北朝鮮は核兵器を放棄することはあり得ない。韓国と対等に振る舞うには核兵器が差し当たり必要である。米国を標的にすると言う説が圧倒的であるが、北朝鮮が開放的な政策を今後執るとした場合、米国が北朝鮮を攻撃することはあり得ない。そして、北朝鮮にとって米国はミサイルの標的ではない。我々が肝に命じておくべきことは、米国は表向き親日的であるが、その下層にあるのは日本封じ込めである。田中角栄が日中で平和条約を結んだとき、キッシンジャーが「あのジャップめ!」といって、腹を立てたという話を想起すべきであると思う。

注釈:

1)私は元理系研究者ですので、この分野に詳しい方の指摘を歓迎します。
2)「核兵器を保持する北朝鮮と平和条約を締結するなんて、とんでもない」という意見が圧倒的だろう。しかし、北朝鮮は今後中国型の国家になることは確実であり、経済発展こそ軍事的脅威を減らすことになると思う。また、北朝鮮が早期に崩壊すれば、東アジアは大混乱となり、それこそ大きな脅威となる。
3)東京裁判史観を受け入れることを条件とした、米国等との講和条約との矛盾をさけるため、独立行政法人を設立して、そこを研究の中心とする形で進めたら良いと思う。
苛めによる中高生の自殺が続いている。その原因の一つとして、苛めという言葉が社会において十分理解されていない為、その有効な対策をとり得ないからだと思う。(注1)
本来、我々が社会の中で生活する際、なんらかの利害の発生を伴う対人行為は、全て法律になければならない。しかもそれが間接的とはいえ、人の命に拘る行為であれば、なおさらのことである。しかし、”苛め”はこの様な対人行為として法律用語として存在しなかった。今年、いじめ防止対策推進法(平成25年法律第71号)が制定されたが、“いじめ”の定義が十分な形でなされていない。(注2) 誰も何も言わないのは、日本が社会で生じた問題を、法律に照らして解決することに慣れていないことの証明である。例えば、最近の小倉さんの朝のTV番組によれば、自殺した高校生は、学校において膝でお腹を蹴られているのを目撃したというクラスメイトの証言があったという。この番組でも、学校長へのアンケートや教育委員会の考えなどが放送の中心であった。この行為は法的には暴行事件であり、警察の出番の筈であるが、全くそのような言及はなかった。全ての中高生達にも、たとえ平手打ちでも法的には暴行になり得、(注3)告発があれば刑法208条に従って刑事事件として処罰される可能性があることを教えるべきである。
 ここで、“いじめ”を私なりに定義しておく。「いじめとは、ある共同体において、特定の構成員を孤立した状態及びそれに近い状態に置いて、集団での心理的圧迫や肉体的暴行を加える行為である。」(注4) このように現在いじめと言われている行為になるべく近くなるように定義すれば、自ずとその対策が見えてくる。心理的圧迫には、個人のその集団からの離脱を勧めることを含めたカウンセリングを、暴行には警察を利用することで、解決される。もちろん、解決とは言え、当事者“双方”に負担となることは当然である。その双方の負担が苛めを減少させることになると思う。
 苛めによる自殺が示唆する、根本的なもう一つの問題点は、個人と共同体(ここでは学校のクラス)の関係を被害者を含めて構成員が重く考え過ぎていることである。幼少期には仕方がないが、中学生以降は個人の自立を教育の一つの主眼とすべきである。大人の社会を含め、日本では個人が共同体に依存する割合が高すぎるのではないだろうか。
注釈:
注1)私は元理系の研究者であり、法学は大学の教養課程で一年間学んだだけである。指摘事項があれば歓迎したい。
注2)殺人(人を殺したるもは、。。。)などについては刑法に定義はない。これは言語上明確だから問題はない。
注3)平手打ち(平手で顔面を殴打すること)でも、相手が侮辱された又は被害を受けたという感覚を持ったなら、暴行である。つまり、被害者がどう受け取るかにより変わりうる。それは裁判において決せられると思う。
注4)苛めの対象となる個人も苛めを行う側も、同じ共同体に属していることが大切な点である。上記法律の第2条の定義らしき文にはこの点が欠けている。