園遊会で山本議員は天皇陛下に反原発の趣旨で手紙を手渡した。この件の議論は既に、「天皇陛下の政治利用を試みたので、議員辞職ものだ」という表向きの結論を得ている。しかし、私は、山本氏は本気で天皇陛下を政治利用して、”早期原発廃絶”を実現しようとしたのではないと思う。そもそも山本氏の頭には政治など無く、在るのはマスコミなどで自分の存在を誇示し、次も割の良い”参議院議員という職業”を確保することだけだと思う。その目的の為に”反原発”及び”天皇陛下の政治利用”を利用したのである。つまり、山本氏の発言「マスコミが騒ぐから逆効果である」は嘘で、思った通りマスコミが騒ぎ、成功したのである。
 元総理のK氏やマスコミで活躍の中部某大学のT氏も、似たタイプの”反原発派”であると私には感じられる。反原発で騒げば、ある程度の票やある程度の人気が採れるのである。ただ、山本氏とはレベルが違う。K氏は反原発の狼煙を挙げるために、先ずフィンランドの核廃棄物処理施設を見学に行ったのだから。また、T氏は原子力の元専門家であり、原子力発電のアキレス腱をつくことにかけては他の追随を許さない。因に、T氏はテレビでのコメンテーターという職業に慣れ親しみ、素人ながら生物学や精神医学などの勉強もして、積極的に学者的発言をしている。
 このタイプの活動が出来る人は、真の利己主義者でなくてはならない。私の人物を見る嗅覚(自分では優れていると思っている。)はそう訴えている。
 台風26号による伊豆大島の被害は甚大だった。火山灰地の雨に対する弱さは誰でも知っていることであるから、大雨の中で気象庁により送られた、土砂災害情報のファクスを長時間放って置いた大島町の対応は責められるべきである。(注1)しかし、そのファックスを見なくても、気象庁のサイト(http://www.jma.go.jp/jp/radnowc/)で、豪雨の様子を実時間で見ることが出来る。伊豆大島町長である川島氏が、大事な時に遠く島根県で宴会と二次会で羽目を外していたと、批難されるに十分な理由があると思う。(注2)

 この件で私が非常に不満に思うのは、川島市長の態度ではない。それに対するマスコミの対応である。週末の辛坊治郎氏が司会するウエークでも、市長の責任を問う場面は無かった。島根に出張中であったということも報道されなかった。その後、次の台風27号の接近に際して、町長はNHKなどの取材を受けていたが、台風26号の際の土砂災害に関する責任追及は無かった。新聞(中日新聞)にも、その論調の記事には気が付かなかった。我々日本国民は、真実を知る為には新聞やテレビではなく、週刊新潮や週刊文春に頼らなければならないということである。

 もし、明らかに何の落度も大島町になければ、責任問題の議論は不要である。しかし、断片的に町の責任が報道されているのであるから、マスコミや政府担当省庁はそれらについて考察とともに公にすべきではないか。大島町と町長に対する責任追求と彼らの受け答えを合わせ総括することで、今後このような事態に際して、伊豆大島以外の多くの地方自治体の長がどうすべきかを学ぶことが出来るのである。責任追及は、個人や大衆の鬱憤ばらしの為にするのではない。事故や災害は、行政等社会の機能や状態を映す鏡になり得る。そして、議論を通してそれらの欠点を明らかにし改革するのが、正常な民主的社会であると思う。



注釈

1)個人の安全対策は自分自身で行なうのが基本である。しかし、その為の情報を迅速に伝達する責任は、自治体にある。

2)週刊新潮10月31日号、22ペイジ参照。もちろん市長には反論があると思う。口論ではなく、冷静に大島市と市長の対応を議論すべきであった。そこで、取るべき責任が明らかになれば、市長はそのように甘受すべきである。

 ワイルド・スワンはユン・チャン(張戒;Jung Chang)が著した、19世紀後半から20世紀の中国で生きた3代、祖母、母、著者の記録(ドキュメンタリー)である。親族や公人については本名で書かれている。(注1)祖母は纏足をしており、古い中国の大家族制の社会で生きた。(注2)母は中華人民共和国の成立過程の中で成人し、やがて共産党員になった。父は、党の高級幹部になったが、やがて毛沢東の圧政に押しつぶされることになる。

 

著者は、そのような家族を見て生まれ育った。文化大革命の初期に、一時紅衛兵になるものの、その後父母に加えられた、事実的にも法的にも根拠の無い“造反組”による残忍な仕打ちや、既存社会や価値の破壊は、毛沢東の革命の名を冠した欺瞞的運動によると気付くことになる。そして、毛沢東の死後、ロンドンに脱出する。この本は、人類の歴史の中で培った文化という上皮を捲れば、人間は獣よりも醜い存在となり得ることを教えてくれる。(注3)

毛沢東は、国民党との戦いを指揮して勝ち、中華人民共和国を1949年に設立した。その後、農産物や鉄の増産を杜撰な計画により国民に命令した大躍進運動で数千万人の餓死者を出すという大失敗をする。その結果、政権中枢での力が一旦失われる。その後、ソ連のフルシチョフにより批判されたスターリンが、歴史の中で負の評価とともに残ることになったのを見て、文化大革命という壮絶な権力奪回の闘争を計画実行した。

 

国民の中に残っている、中華人民共和国創立の英雄としての尊敬の念を利用し、“新しい体制の確立には、古い価値を全て否定する必要がある”という言葉で総括出来る、多くのスローガンを立てた。(注4)そして、最終的に劉少奇や?鄧小平などを古い価値の中に含ませることで、権力を奪回しようとしたのである。しかし、毛沢東は巧みに貧しい時代の中国大衆の不満に由来する膨大なエネルギーを利用したため、破壊すべき古い価値の中に現政権の組織とその中で地位を得ている優秀なる幹部らだけでなく、人類が長い間に築いた文化や学問、多くの知識人に加えて中堅幹部から中学校レベルの優秀な先生までが含まれることになった。

 

そして走資派と看做された攻撃の対象は、批闘大会と呼ばれる吊るし上げに呼び出され、大衆の不満と怨念とによる復讐の対象となった。そして、広範なレベルで中国国民、文化的施設や財産、それらの組織に、多大の犠牲が出ることとなった。それは、自分以外の全ての範囲に膨大な犠牲者を出してもかまわないという、極めて利己的な計画であった。

著者の両親も、特に優秀なる共産党の幹部であったが故に、塗炭の苦しみの中に放り込まれることになった。多くの悲惨なる挿話は、読者に人の醜さを嫌という程反芻させる。毛沢東が創った中国は、人民共和国とは言いながら皇帝毛沢東の独裁国家であり、人と人の信用や社会の信用を一挙に破壊するものであり、その回復は現在も尚なされていないことを著者は示している。

人は他人との間にも、信用を築くことで社会を構成し、生き延びてきた。しかし、この人と人の間の親和性による社会の信用は、生きる為のあらゆる作業の能率を協力によって向上させることを駆動力として築かれるので、非常に不均一である。我々が現在理想とする社会は、その信用が人と人との親和性から、「法と正義」により構築される社会である。(注5)

 

法と正義による人と人の協力関係は、空気のように均質で解放的な信頼性の高い社会に必須である。中国でも他の東アジア諸国でも、法と正義による国家形成の考え方は西欧から輸入されているが、未だに十分な形にはなっていないと思う。(注6)
 
注釈
1)この感想文は、ワイルド・スワンに書かれた内容を事実として捉えて書いたものです。
2)纏足や大家族性(数代に亘る家族や妾とその子らの同居)は、極端な男女差別により可能になった。
3)他の動物の生態を見ても、自然の中で生きる厳しさを感じるが、ルールとは言えないが、型にはまった生き方をしており、あまり汚さを感じない。人は知恵を持つ動物であり、欺瞞と暴力を巧妙に用いた手段で有利に生きる姿は、他の人(或は神)から見て、汚いと映る。
4)古い価値とは、「古い時代の優秀なるもの」ということになる。そして当時の劉少奇や?眷小平の、大躍進運動で疲弊した中国経済の立て直し政策の中心となった政権を、古い時代のものとすることで、彼ら指導者を失脚させるのである。
5),6)はgoogle blogに掲載