安倍総理が自分の任期の間に北朝鮮に拉致された人を日本に取り返す様に、交渉を続けている。北朝鮮も拉致被害者などの調査委員会として、日本が信頼感を持つレベルに組織をつくり、順調に交渉が進んでいる様に見える。しかし、拉致された人が数十人特定され、その返還交渉が始まったとすると、大きな困難に出会う筈である。 

 北朝鮮は無条件で拉致された人たちを返還するという形はとるものの、その後の、国交回復と日本からの経済協力金(実質的には戦後賠償金)を支払う協定の案をほぼ確定した形で要求することになると思う。その経済協力金の額は一説によると一兆円にも達すると言われており、その金が支払われたのなら、北朝鮮の核兵器開発に向かうことは必定である。そして、絶対に米国はそのような協定を許さない。 

 本当の北朝鮮の狙いは、拉致問題の解決を餌にして、日本から一兆円の戦後賠償金をとることではないと思う。それは米国などの反対で、元々不可能なこととして読んでいる筈である。本当の北朝鮮の狙いは、そこまで安倍政権をこの交渉に引きつけることにある。そして、安倍内閣と米国との関係がぎくしゃくするタイミングを、中国にプレゼントすることが彼らのシナリオだと思う。 

 つまり、そこで中国が尖閣諸島に上陸するのである。つまり、拉致問題の解決という疑似餌で、安倍内閣を北朝鮮が一瞬であれ拉致するのである。
 中国と北朝鮮の関係がぎくしゃくしている様に見せているが、北朝鮮への経済援助の90%は中国からである。 http://www.xinhua.jp/socioeconomy/economic_exchange/389917/  その中国との関係を危うくするようなことは、金ジョンウンもその側近も考えている筈は無い。 
 日本の安倍内閣はその様な考え方もあると考えに入れているか心配だ。(7/31/18:46)

 “美”という言葉或いは概念は不思議なものだと思う。“美人”の美と“美しい光景”の美を同じ美という漢字で表わす。何故なんだろうか?本当に同じ美で良いのだろうか?その点について少しかんがえてみた。 
 
 今道友信という方の「美について」という新書が本棚にあった。一寸めくってみると、その第一章“美の発見(11-34頁)”に、幾つかの美の定義らしき文章があらわれる。出現順で、“真と善と美は人間の文化活動を保証し、且つ、刺激してやまない価値理念である”、更に、“存在するかぎりのものは、何らかの意味で美しい”とか、“知性の転機とも言われる思春期の前後から、芸術への開眼も生じ、深い美についての理解が始まる”と最初の数頁に書かれている。そして、美は、“理性により発見される、とか、知性により十分味わうことが可能になる”、という記述を見て、手に取ったこの本は再び本棚に戻ることになった。(1) 
 
 そして、ガイドブックを失った迷える羊は、自分で美について考えることになった。しばらくして、次のような回答を得た。 
つまり:美は、ある存在に於ける、幾何学的、機能的、文化的、性的、健康的などの側面から得た、視覚的、聴覚的に感じられる“良きもの(2)の証”である。例えば、女性の“美”は、男性にとって良い恋愛の相手であり、健康で聡明な子孫を残すであろうと、本能的に視覚などの感覚器で得る、女性の顔やかたちに貼付ける“良きものの証”である。一方、ピカソのゲルニカは、見る人に第二次大戦で経験した独裁者による圧政を思い出させることで、平和の価値と未来への希望を想起させる(上記新書32頁)。従ってその美は、ゲルニカが人々に与えたそのインパクトに対して、人々の感覚が与えた“良きものの証”である。 
 
 つまり、美女に与えられた“美”と、ゲルニカに与えられた“美”は、全く異なる分野の二つの存在に対する、その分野における“良きものの証(或いはしるし)”である。繰り返しになるが、美は本質ではなく、認識の対象となる存在が“良き本質”を主張して獲得する、”良きものの証”なのだと思う。
 
 この考え方は、ひょっとして最近読んだ三島由紀夫の金閣寺の中に出てくる、放火犯溝口の友人柏木による美の定義を変形したものかもしれない。柏木は、「美的なもの、君の好きな美的なもの、それは人間精神の中で認識に委託された残りの部分、剰余の部分の幻影なのだ」と放火直前の溝口にいった。剰余の部分の幻影と”よきものの証又はしるし”は、評価としては違うが、剰余の部分と言う点では一致していると思う。 ”良きものの証”の方がよりポジティブな評価であると思う。 
 
注釈: 
(1)要するに著者は解っておられないと評価したということ。
(2)”良きもの”も曖昧な言葉である。ここでは、”大多数の共通の感覚において、自分が近づきたい感覚を持つもの”と定義する。”悪しきもの”は、その逆で”感覚の主が、遠ざかりたい感覚をもつもの”となる。一神教の世界では定義は簡単で、”良きもの”は、”神が誉めたたえるもの”である。どのようなものを良きものと神が評価されるかは、聖書にかかれている。創世記に第一章の最後に、”神は造った全てのものを見られたところ、それは、はなはだ良かった。”とある。
 
(2014/7/29;午前初稿、22:30修正) 
イメージ 1
美とは、視覚聴覚などで認識したものに対し、良きもの(つまり、近づきたいもの)と評価した印(標、証)、つまり、ミシェランガイドの星*のようなものである。
 
 ホームページに日本語と英語を比較して、日本語の使い難い特徴や、日本語が今の形になったプロセスについて我流解釈を書いた。http://island.geocities.jp/mopyesr/kotoba.html
 それから一年ほどして、表題中の本が出版された。今年になってそれをたまたま本屋で見つけ購入して、通読したところ、我流解釈がかなり当たっていることを知った。そして、日本語の特殊性について書いたが、今一つ本質的なことが十分言い得ていない様に思うので、小文を以下に書く(1)
  
 日本語は世界で唯一奇形的な言語である。それは日本語は、文字の裏付けを待たなければ意味を持ち得ないということである。つまり単語に割り振られた音声は、単に漢語を探すための符牒である場合が多いのである。そして会話において、符牒を元に単語を探し当てる作業を同時進行的に行なうのである。その原因は、元々の日本語は文字を持たなかったこと。日本語が未発達の段階にあった時に、中国から多量に漢語とその文字である漢字とを輸入することになったことである。しかし、元の発達の止まった日本語の段階では、音節の数が数十しかなく、受け入れた言葉を表記するのに十分ではなかった。また、明治時代に西欧から多量の概念を輸入して、それを漢語で表現したが、その際には全く元々の日本語にたいする配慮はなく、西欧語を我流漢語に翻訳し(つまり漢字の意味を組み合わせて西欧語を翻訳し)、それを日本語で発音することになった。そのため、多数の同音異義語を持つことになった。明治時代には、”発音(音声)は単語の符牒に過ぎない”という日本語の奇形にたいする配慮は一切なかったようである。 
 
 もし漢字が輸入されていなかったなら、日本語は恐らく本来の発達をとげ、音声と意味が直接対応する本来の言語になっていただろう。つまり、漢語の流入は日本語にとって非常に不幸なことであったのだ。世界には文字を持たない言語はいくらでもあるし、文字なき言語は決して不備な言語ではないのである。
 
 この漢字による日本語の変形は、漢字崇拝という日本の外に学ぶという文化的な特徴を作ってしまったようである。そして、江戸時代の学問とは、「字を覚えて漢籍(漢語の本)を読むこと、そして、聖人(通常孔子)が明らかにした真理を知ること」であったのだ。一方的に&無批判に中国文化を真理として受け入れる、卑屈な対外精神が定着したのである。ごく少数の学者のみがこの愚かさを指摘するに過ぎなかった。新井白石や本居宣長である。明治以降は、単に漢語を英語などの西欧語に置き換え、聖人をギリシャの哲人から近代の西欧学者までに入れ替えるだけで、本質的には何もかわっていない。 
  
 このような説得力ある説明を持ってしても、尚、日本の言語学者には、「日本語はなんら特殊な言語ではない。極ありふれた言語である」と言う人が多いそうである。筆者は、彼らは西欧でうまれた言語学の手法で日本語を分析するから、そのような結論になるのであると言っている。 
 日本では異端のみが正統でありうるということか。 
 
注釈:
1)この本のエッセンスを書くが、自分の従来の解釈も混じっているので、オリジナルな高島俊男氏の本の内容に興味のある方は、購入してよまれることを勧めます。