中国は最近、世界経済を牽引していく存在であることを主張している(注1)。人口は世界第一位でありGDPは米国に次ぐ第二位であるから、どのように動いても、世界に与える影響は大きい。ただ、その動きはトップ一人の頭脳の作用に大きく依存するという点で、民主主義国家を標榜している英米中心の世界に不気味に思われている。中国の動きを予測することは、西欧民主主義の視点では困難だからだろう。 
 
中国は共産党一党独裁国家であり、党大会ではあの“立て飢えたるものよ”で始まるインターナショナルを演奏する国である。また、共産党宣言には、暴力革命も辞さないと書かれている。それらを放棄していない限り、中国の未来を眺める視野には、暴力的な世界(アジア)制覇までも含まれているかも知れないと疑うのである。つまり、民主主義政治とともに発展した西欧の近代的科学技術文明は、一党独裁の統一世界(アジア)を誕生させる栄養剤かもしれないと恐れる。勿論、そこでは漢民族は特別の位置を持つ。日本に過去の戦争の歴史を反芻せよというのなら、中国も自国の上記政治制度とそれが周辺国に恐怖感を与えていることを、十分反芻すべきであると思う。 
 
以上は幾分民主主義国家の視点から観た中国像かもしれない。一方、在米中国系の投資家・評論家のエリック・X・リー氏は、国家主席に習近平がついて以来、中国の国際的地位が向上したのをみて、「いつの日か、民主主義が正当で効果的な唯一の政治的ガバナンスの形態だという考えが終わりを迎えた日としてみなされるかもしれない。」と講演で述べた。http://www.ted.com/talks/eric_x_li_a_tale_of_two_political_systems/transcript?language=ja(最後のjpをenに入れ替えると元の英語の文章が表示される。)
 
リー氏の講演では、共産主義と民主主義はともに20世紀に現れたMetanarrativeであるという話から始まる。metanarrative(metaな物語の意味(注2))は、正統(オルソ)でない“全体的総合的な話”の意味であり、多くは批判的に用いられる。そして、20世紀の後半、共産主義という大きなモデルが行き詰まった様に、民主主義というもう一つのモデルも現在行き詰まっていると言う。 
 
共産主義と民主主義は両方ともmetanarrative(s)という指摘は、私的な解釈だが、二つの主義は単なる政治システムの”骨組”に関する大きな話のレベルの概念であり、現実には、各国の民族性や文化に依存した”脳、筋肉、腱、神経”などを取り付けて、夫々違った政治システムが相応しいをとっているのだろう。民主主義が上手く働かないというのは、既にチャーチルが言った通りであるが、その言葉を西欧社会はその後反芻していない。リー氏の講演を聴いて、民主主義の欠点をどう克服するかを考えるべきだろう(注3)。 
 
リー氏の主張を更に解釈すれば、「どの地域でも夫々独自の政治的発展があってしかるべきであり、中国はMetanarrative的な“共産主義社会”を直線的に目指して失敗した時代から、中国独自の“地に脚のついた”一党独裁体制となり、それが実績とともに現実的体制として確立した」、そして、「その体制は中国独自であるが故に、他国に輸出される訳ではない」と言いたいのだと思う。 
 
“民主主義国家では、選挙で行政の担当者を選ぶことに対して、中国では能力で要職につく人を採用し、能力を競わせることでより高い地位に相応しい人材を選ぶ。政権の柔軟性、透明性、合法性を確保する機能を合わせ持つこと(注4)で、世界史にもう一つの統治メカニズムとして定着しつつある。一党独裁国家は権力が少数の手に掌握されることで統制がきかず腐敗が広がるという考えも、正しく無い。現在、中央政治局の25名の医院のうち、太子党出身者は5名であり、中央委員会の構成員も一般家庭出身者が増えている”と主張する。 
 
リー氏の考え方は、傾聴に値すると思う。何故なら、同じ統治メカニズムを用いて世界に広がった組織がある。それは普通の株式会社である。株式会社の社長或いはCEOへの道は、中国での国家元首の選び方とよく似ている。逆にもし、会社のCEOを社員の選挙で選んだ場合どうなるか?その会社は恐らく、競争相手に完敗し潰れるだろう。 
 
勿論、会社は強大な国家による法規制の下、巨大な経済の中の存在である。一方、国家は強力な法規制が無い環境下、相対的に狭い地球の中の存在である。両者の組織上の比較は、その骨組みだけにしても慎重でなくてはならない。しかし、会社経営のスタイルで国家を運営されては、民主主義の建前を維持する日本を含め西欧諸国は、中国との競争に勝てないかもしれないと思う。民主主義というmetanarrativeから出発して、日本のような官僚独裁ではなく別のシステムに発展させるべきである。(注5)  
 
注釈: 
1)アジアインフラ投資銀行の開設など。 >
2)metaの意味はortho, meta, paraという3つの接頭語を理解することで可能になる。orthoは真或いは正、metaは中間、変化、総合、paraは不正、不規則などを意味する。あるorthoから、新しい orthoに移る際、中間的に現れるのが metaであり、異常で将来消え去るのがparaと考えればよいと思う。 
3)実際には各国いろいろな変形した民主主義を用いている。日本は官僚独裁性を民主主義でくるんだシステムをもっている。安倍政権になってから、その姿勢が強まったと、国際政治評論家の田中宇氏は指摘している。(田中氏最新のブログ記事参照)チャーチルはひょっとして、何かのシステムを包むには民主主義は最良であると言いたかったのかもしれない。 
4)上記リー氏の講演の中に、例えば次の様な記述がある。”政治学者のフランシス・フクヤマは 中国の体制を 「呼応する権威主義」と呼びました。 厳密には違いますが 的を得た捉え方と考えます。 中国で一番大きな 世論調査会社があるんですが 最大手のクライアントは どこだと思いますか? 中国政府です。” つまり、”政策は調査した民衆の要求も考慮して決定し、それを実行する際に独裁的に進める”ということになる。 
5)国政政治家に立候補するための資格制度を設けるのも一つだろう。会社経営や地方行政などでの実績や政治経済社会などに関する基礎知識において一定のレベル以上の者に、立候補資格を与えるのである。
(4/25/15:45語句修正と注3の追加;4/26/7:00一部本文修正、注釈追加)
首相官邸屋上にドローンが放射性廃棄物とともに落下していた事件は、ドローンの利用価値と危険性について多くのことを学ぶ機会を提供した。米国アマゾンが宅配に使うということ、そして、イスラエルや米国の無人兵器などで使われていることなどで、ドローン(の有用性)は既に広く知られていたが、今回はその危険性を広く宣伝したことが注目される。
 
今後、緻密な法規制がなければ、恐らく、平穏な休日に庭にいた人がドローンで攻撃されるという様なことが、頻繁に起こる様になるだろう。勿論、盗撮や盗み見(注1)などの犯罪は、それより遥かに多く起こるだろう。 
 
今回の犯罪は、原発稼働反対として行なわれたが、使われたドローン危険性は、法規制が十分でなければ、原発よりも遥かに大きいだろう。何故なら、福島で起こった様な原発事故は、巨大な津波が原発を直接攻撃するという数百年に一度レベルの事態と、不十分な原発設計との組み合わせで生じたことであるのと比較して、ドローンを用いた予想される犯罪は、あらゆる場所、あらゆる時間帯において生じる可能性が高いからである。つまり、我々の日常生活のパターン、そして、人間文化にまで影響が及ぶ可能性が高い。 
 
産業界の方々は、現時点ではその利便性と経済効果に目がくらんでいる。 
しかし、我々鼠にとって、ドローンはタカである。 

注釈: 
1)日本中の橋梁の老朽化診断をドローンですること、日本中の寺社や城の屋根を検査することなどに、ドローンは非常に有用である。それと同じ程度に、盗撮や無人殺人機としての危険性がある。利便と危険の両方を、人間社会という視点から適正に測ることが大切なのは、ドローンも原発も同じである。そのことを理解する知性は、今回の犯人にはないだろう。しかし敢えて言う。今回の犯人はドローンの危険性を周知した点で大きな貢献を行なった。
ニューヨークタイムズ社説について:
 
 
ニューヨークタイムズの20日の社説が、日本の、特に安倍総理とそれをとりまく人々の歴史認識に対して社説でクレイムをつけた。その社説には、日本の残虐な植民地支配と従軍性奴隷に関する韓国と中国のキャンペーンをほぼ100%正しい歴史認識として評価し、安倍総理が予定されている米国議会での演説でその様に言及しなければ、米国議会での演説は成功しないだろうと書かれている。

クリントン大統領の時代に米国自身が大規模にドイツと日本の戦争犯罪について調査した結果、性奴隷などなかったという。その米国自身の調査結果など知らんぷりで、勝手なことを言っていると思う。http://rcbyspinmanipulation.blogspot.jp/2014/11/blog-post_27.html 

言論の自由、そして、真理と正義を価値の中心に置く筈のニューヨークタイムズでも、自国政府の利益を代弁して社説を書き、日本の名誉など頭の片隅にもないのだろう。
 
米国を代表する新聞の社説であることを考えると、この一方的だと思われる内容が米国において、そして米国政府の対アジア外交の方針において、支持を得ていると考えられる。米国政府は競争相手の中国を中心にアジアを観ている。日本については、生殺与奪の権利を持っているので、その視野の端に入れるだけで十分ということだろう。http://rcbyspinmanipulation.blogspot.jp/2015/02/httpheadlines.html慰安婦問題は未解決なのか?2/15のブログ)

或いは、終戦間際に広島と長崎へ原爆を投下したことに関する罪悪感を、残虐なる日本の韓国統治と中国侵略というキャンペーンにより相対的に軽減しようとする気持ちがあり、日本に嘘の歴史認識を強要することにおいて、中国及び韓国の利益と共通しているのだろう(注1)。

 しかし、安倍政権がこれらの圧力を全くの正面から対抗する形ではね除けるのは、無駄なエネルギーと多くの損害を日本国家に強いることになるだろう。従って、90度違う“虚軸方向”から(注2)、後の世において力となる作戦をとるべきである。つまり、日本国もさきの戦争を詳細に再評価する作業を開始すると宣言するのである。勿論、その際に、韓国の女性を強制連行したという事実が確認されれば、新たに賠償すると宣言すると良い。
 
正直な話、日本の第二次世界大戦への参加と満州から中国への侵略行為は、間違った選択であっただろう。その際、軍部の暴走に関連した人達については、個人を特定した形で責任の評価が行なわれるべきであると思う。また、戦争時であるから残虐な行為も、各所でおこなわれていた筈である。更に、戦争終結を考えないで戦争を開始し、内閣の決断として戦争終結出来なかったことは、無責任な政治体制だったことを明示している(注3)。戦後、それら責任を負うべき人たちも、一括して名誉回復させたことは、愚かなことだと思う。

今回、それらの責任問題を、国際的にも十分納得の行く陣営で、再調査し報告したらどうだろうか。安倍総理は、そのような計画を米国議会で表明したらどうかと思う。

補足1:ニューヨークタイムズの社説では、日本が韓国を占領したと書いているが、韓国は当時日本に併合されていたので間違いである。つまり、まともに歴史を勉強していないと思う。
補足2:昨年政府は国連の1996年に出された人権報告(クラスワミ報告)の修正を要請したが失敗したことで、日本政府の修正依頼に根拠が無いと結論付けている。これは、吉田清治証言や済州島での調査などを全く無視した、或いは全く勉強していないで、記事を書いていることを示している。また、国連事務総長が韓国人であり、過去にその地位を利用して日本批判したことを知らないようだ。http://rcbyspinmanipulation.blogspot.jp/2013/09/blog-post.html
要するに彼らには真実などどうでも良いのだ。
 
注釈:
1)平和友好条約(日韓は基本条約)締結後に、昔のことをとり上げて問題視しても、常識で考えれば、利益にならない筈である。従って、彼らは問題があると宣伝することにより、現在の利益(自国の政権を安定させることや政権の支持率)をあげているのである。その目的から考えて、最初から結論は決っている。つまり、日本国が悪者でなければその目的は達成されないのだ。
2)虚軸方向の力とは、90度位相遅れで、時間が経過した時に実軸に来る力と言う意味である。
3)無責任体制は明治憲法に原因がある。明治憲法の規定に従って、立憲君主として活動した昭和天皇の苦労は、最近出版された本で良くわかる。半藤一利他著、「昭和天皇実録」の謎を解く、文芸春秋2015/3/20 (実録を読むのは専門家でないと無理だと思うが、この本は素人にも判り易い)