【§1】移民受入れの経済的意味 

団塊の世代が後期高齢者となり、若手層の人口減が進み、生産人口の減少と要介護人口の増加が懸念されている。今のままでは、年金の破綻が確実視されている。また、日本国の経済は全体としての活力を下げ、経済的には二流国への転落の可能性が高いかもしれない。 

経済力が低下することは、国家の安全保障に支障をきたす一つの原因である。例えば、日本と中国の大きな経済的関係は、中国の尖閣諸島への行動を躊躇させる力となる(注釈1)。同様に、世界の安全は、全体としての経済発展と国家と国家の間の密接な経済関係により増加するだろう。 

経済が小さくなっても、一流国として残れば良いという考えもあるだろうが、それでは上記二つの問題、年金問題と安全保障、の解決には役立たない。その解決を諦めたとしても、一流国として残る為には最低限、1人あたりの収入を現在の値に維持することが必要である(注釈2)。しかし、他国が真似出来ないレベルの高度な技術力、開発力、ブランド力などがあれば、ドイツなどと同じような経済的地位を確保できるだろうが、ドイツの工業力と比較すると、その敷居はかなり高いと思う(注釈3)。 

イギリス人、デービッド・アトキンソン氏(注釈4)が語っている。“日本人に「なぜ日本は世界第2位の経済大国になったのでしょうか?」と質問をすると、ほとんどと言って良い位、技術力だとか勤勉な国民性という答えが返ってくる。しかし本当の理由は、日本の人口が先進国中で米国に続いて第二位だからである”と。 

つまり、世界での高い経済的地位を確保する為には、日本の人口増加が必要であるとの結論に至るだろう。それには、出来るだけ早い段階で、東南アジアなどから優秀な日本に同化出来る人、例えば日本で看護実習過程を終了した人を、希望すれば移民として受け入れ、経済規模を維持すべきだろう。 

【§2】移民受入れ反対の論理

日本では移民受け入れには大きな抵抗がある。それは、日本人の風習や考え方が他国の人々のそれらとかなり異なっているからである。つまり、日本社会の大きな財産として、大多数の人々が互いに善意で接するものと考え、それを前提として行動しても困難に出会う確率が低いことである。また、阿吽の呼吸で解決してきたことが、移民の流入により、訴訟で解決しなければならないなどの変化が社会に生じるだろう。

例えば、財布を道路に落した場合、高い確率で交番(ポリスステーション)に届けられ、落とし主が警察に届ければ、最終的に中身に変化なく受け取ることが出来る社会である(注釈5)。この場合、現金が含まれていた場合、その10%程度の礼金を支払うという慣例がある(注釈6)。 

もし社会におけるトラブルが多くあり、それへの対策や解決の為の経費が多くかかる場合、それはGDPの増加となって統計される。従って、パブリックスペースで他人を信用出来ることは、社会に上記GDP分の富が蓄積されていると看做すことが出来るのである。 

以上のような社会の富が、移民の流入により失われる可能性があると考え、それを理由に移民受入れに反対する人が多いと思う。私も、治安の低下などを心配して、移民受入れに反対の書き込みをしたことがある。しかし、その考えは時代錯誤かもしれない。つまり、現在、日本経済、スポーツ、芸能など多くの分野で、大陸出身の日本人がいなければ成立しないし、多くの異なった考え方を知ることは、国際化した世界で生き残る条件だと思うからである。 

【§3】移民受入れの政治的側面

日本は江戸時代までは、日本国というまとまりのある国家ではなかった。幕末期に、主権国家としての体裁を整えた先進国との接触で、危機意識をもった下級武士や下級公家達が、明治維新という大きな改革を為しとげ、主権国家としてのまとまりのある国を作った(注釈7)。支配階級である武士の既得権益を全てとり上げ、西欧文化の学ぶべきところを取り入れた、奇跡的な改革である。西欧に激しく抵抗した筈の攘夷運動が、武士達の特権をとり上げて西欧的国家をつくりあげるという方向に、運動のベクトルを転回したのである。 

この革命の主人公は、下級武士や中間(ちゅうげん:最下層武士)という、鬱積した不満を抱える層であった。彼らは、従来の支配層とは異なって、全てをゼロベースで考えることが可能であった。諸大名、徳川将軍、そして天皇さえ、将棋の駒のように考える自由な発想があった。 

現代日本に、そのような人もエネルギーもないだろう。国民の多数が、憲法9条(注釈8)が国の安全を戦後70年間守って来たと、悲しくなるくらい幼稚に信じている国である。外国軍艦が領海侵犯を繰り返していても尚、日米安保条約に記載されている通りに、日本も備えるという最低限の対策に対してさえ、反対が多数である。しかも、自民党の元幹部の殆どもそのような反対派に含まれる。国会では、憲法違反とか、自衛隊員の危険性増加につながるという反論があるのみで、本来行なうべきこの国の危機的情況とその解決策に関する議論など何もない(注釈9)。 

つまり、日本が封建社会から近代主権国家として進化して得た筈の遺伝子を完全に破壊され、このままでは主権を忘れた家畜的国家に留まりつづけ、最悪の場合は自分では生命を維持出来ずに淘汰される可能性があるのだ(注釈10)。移民の受入れは、経済的な意味だけでなく、この国家としての遺伝子を再獲得する為に役立つなどの政治的意味もあるだろう。 

注釈: 
1)中野剛志氏は、この考え方を国際政治における理想主義に分類し、誤った考え方であるとしている。(注釈9の本、82頁)確かに、現状の日中経済関係は、中国の大戦略を変えるほどのものではないと思う。
2)「金ではない、幸福度だ」という意見はあるだろう。しかし、道徳とか倫理を維持するのも、経済力あっての話である。「貧しいが幸福度の高い国」と宣伝される国があるとしても、それをそのまま信じるのはナイーブだろう。 
3)先日、池上彰さんのテレビ番組で、日本とドイツの代表的企業を比較していた。トヨタやホンダ対ベンツとBMW、キャノン対ライカ、ノリタケ対マイセン、オリンパス対ツァイス、セイコー対ランゲ&ゾーネなどが比較の対象となっていたが、私はどのペアをとってもドイツが上のように思った。

4)元経済アナリストのアトキンソン氏は、移民が受入れられないのなら、観光立国を目指すべきだと説く。しかし、ギリシャでも、観光立国では国の経済が成り立たないことが証明された今、日本でそれが可能だとは考えられない。元々観光業振興は受身的な経済政策であり、世界経済が曇れば観光立国には雨が降るだろう。

5)遺失物と拾得物の詳細な統計として、島根県警察が公表した頁を見つけた。http://www.pref.shimane.lg.jp/police/keimu/kaikei/ishitsubutsu/lost_found_items.html 
この頁では、現金を例にとると、拾得金額(A)は遺失金額(B)の92.8%である。落とし主に返還された金額(C)はAを分母にすると、63.6%であり、Bを分母にしても59%あるので、拾った人はほとんど正直に警察に届けていることが解る。

6)遺失物法に規定があり、落とし物の価値の5-20%の礼金を支払う義務がある。
7)井上勝生著「幕末・維新」岩波新書

8)“日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。○2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。”

9)中野剛志著「世界を戦争に導くグローバリズム」集英社新書
この本には、日本の置かれた情況が解り易く書かれている。
10)米国は差し当たり日本を将棋の駒のように使おうとするだろうが、淘汰し消滅させることはないだろう。しかし、隣国と隣国の隣国が手を組めば、日本は消滅させられる危険性がある。つまり、日本併合である。例えば、以下のサイトを観てほしい。http://www.j-cast.com/2015/07/23240979.html
(1)NHKで放送された日本の肖像戦後70年を観た。その中で、学生達が60年安保に反対した理由を、ゲストの田原総一朗氏の証言が教えてくれた。それは、「安保反対デモに私も参加していたが、吉田安保(改訂前)と岸安保(改訂後)を読み比べた事はなく、その違いを知らなかった。私だけでなく、他の参加者も大多数は知らなかった。旧安保では、米軍は日本の何処にでも基地が置けるという様な酷いものであり、結局岸政権の安保改定は正しかったのだ」というものだ。

東条内閣の閣僚(商工大臣)であった岸信介への嫌悪感が、安保改訂に反対した理由のようだ。国民には戦争への強い嫌悪があり、岸信介は戦争を引きずっている様に見えたのだ。 
 
因に、岸信介の描いていた憲法改訂への筋書きは、岸の退陣により二度と表には出てこなかった。その後の総理である池田は元々吉田茂の後継者であり、経済政策だけだった。岸信介は国民の一歩前を進む政治を目指したが、弟の佐藤栄作、中曽根康弘の長期政権でも、国民の後を追うことに終始したのだ。 

民主主義体制における一流の政治家は、国民と伴に考える態度で、国民の一歩前を歩くだろう。 

戦争直後の経済優先は、正しい選択だっただろう。しかし、佐藤栄作や中曽根康弘の時代には、日本は経済回復へのレール上を既にひた走っており、憲法改定を議論すべきだった。憲法改訂の必要性は知っていたが、議論を開始する程度の決断さえ出来ないレベルの政治家(=政治屋)だったことになる。 

(2)太平洋戦争は、日本統治の権威が、天皇と政府と軍の間の空間に浮遊し、明確な意志のもとに遂行されたのではないと思う。殆どの日本人は、戦争に巻き込まれたという感覚を持っており、従って誰も責任をとる気持ちなどなく、日本独自の戦争総括は一切なされていない。国民は煽動され、官憲に支配されて、戦地に向かった。戦争が終わった時の国民の感覚は、巨大な自然災害が去ったというものだったと思う。外国を交渉すべき相手と考える明確な政治主体があれば、あの戦争はなかったのではないのか。結果として、昭和版尊王攘夷運動を、全国民に強いたのではなかったのか?< 

外国(人)を交渉相手と言うより、まるで天災をひき起す未知の生物のように捉えた、幕末の尊王攘夷運動の延長上にあの戦争があったという考え方がある(原田伊織著「明治維新と言う過ち」)。長州の”志士”達の考え方とは違って、江戸幕府はしたたかに外交を行い、江戸庶民は外国人にも気後れを感じさせなかったらしい。井上勝生著の「幕末・維新」には、「(欧米人に対する)嫌悪と警戒のイメージは、近代の文明開化以降に生み出されたものである」(第三章、p101)と書かれている。 

幕末から昭和までの歴史資料を、全て掘り出して、出来るだけ多くの歴史学者、社会学者、政治学者などに研究議論してもらい、この期間の歴史の総括を行ってもらいたいものである。 
(素人の素朴な感覚で書いたものです。批判等歓迎します。)
新国立競技場の予想建設費の高さから、設計やり直しの必要性が世論の指摘する所となり、それに押されて安倍総理がそのように決断した。この件、政治が機能することの確認を国民に示した点で、安倍総理は点数をあげたと思う。 
 
2012年にデザインを国際公募した際に「1300億円程度」という条件があったが、採択されたデザインを基に試算された総工費はふくれ上がり、6月29日の文科省の正式発表では2520億円になっていた。
 
公募作品の審査にあたった安藤忠雄さんの会見があったが、その内容は”私には責任がない”という言い訳だけだった。しかし、デザインの条件である1300億円程度の経費が、結果として殆ど無視されていた作品を選んだことになり、その責任はある筈だ。勿論、設計とデザインは違うという言い訳があり得るが、経費が倍になったのでは1300億円程度という条件は死文化する。問題になりだした当初は、もっと高い経費が報道されていたので、最終的にはもっと高くつくと疑う人は多いだろう。 
 
絵を書くだけなら、夢のようなものを書ける人は多いだろう。ただ、建物の外形だけでなく、内部構造とその経費の概算を含めた、その道のプロが参加するコンペだった筈である。 
 
無責任国家日本の典型的出来事であるが、それから学ぶことはないだろう。昨日のテレビ報道では、八ッ場ダムの設計段階と実際にかかるであろう経費の間にも、一桁の差があったという話があった。その際の経験から何も学ばなかったから、今回の様な失態があるのだから。 
 
否、もう一つの別の考え方が正しいだろう。つまり、この件も八ツ場ダムの件も、その計算した経費の変化するプロセスは、その件の中心に位置する関係者には予定のもので、それにより誰かが大きな利益を上げるのだろう。
 
更に、それが実際の政治と(いままで)矛盾しなかったことは、上記中心に位置する人物達の権益と、政治的決定の間に密接な関係があることを示しているのだ。つまり、確信犯なのだから、学ぶことがあるとしたら、初期のもみ消しに失敗したという点からだけだろう。