§1.

安倍内閣の政策、「教育再生」が議論されている。そして、それが間違いだらけだと言うことで「新教育論」というコーナーが文藝春秋最新号に設けられるなど、日本は今教育のあり方を問う時期にあるらしい。昨日文藝春秋最新号を買って、すこしだけ覗いてみた。

 

11月号240ページから始まる記事は、佐藤優氏と池上彰氏の対談をまとめたものである。その冒頭、「教育の究極の目的とは何か」で二人は以下のように発言している(要約)。 

池上:私は良き納税者を育てることだと想います。さらに言えば、良き市民を育てていく。それこそが、教育の目標ではないでしょうか。 

佐藤:教育の究極の目的は、「信頼の醸成」です。人間社会にはこういう悪があり、あなたも環境によっては悪人になる可能性があるということを覚えさせておき、それを前提にして、信頼の醸成の重要さを教えるのです。 

 

二人の議論は、この後大学での教育のあり方について話が進んでいく。 後の方に有益な議論があるだろうが、今回は教育の本質について考えるので、さしあたりこの部分だけ議論の対象とする。 

 

最近、「膨張するドイツの衝撃」という西尾幹二さんと川口マー恵美さんの対談本を読んでいる。その中に日本とドイツの教育についての話が出ており、それが印象に残ったので一部を以下に記す。 

川口:日独では許育の目的が違っていて、日本の教育というのは新しい問題が出てきたとき、「こんな問題、どうやってとくのか解らない」ということが無いように、「あれにも対応できます、これにも対応できます」というふうになっている。ところが、ドイツの教育というのは、解らない問題がでてくることを前提にしています。「さて、それをどこからどうやって解くか」と、ゼロからの解決法を考え出させる。それが教育の目的になっています。 

 

西尾:簡単に言うと、ドイツの教育制度はエリートにとっては有益です。しかし、エリートとそうでない大衆との落差があまりにも大きすぎる。わたくしの体験談をお話ますと、ドイツの科学関係の役人(工学部出身)と対談したことがありますが、彼らのもっている文学や哲学に関する知識は実に該博でした。そんな会話は、日本の財務省の官僚や技術系の友人などとはできません。 

 

この二人の議論も教育を考える上での重要なヒントになると思う。以下に、池上氏と佐藤氏の議論に現れた”教育の究極の目的”と合わせてヒントとし、教育の本質とそれがどうあるべきかについて自分の考えを記す。 

 

§2.

幼稚園から大学院までにおいて、先生と生徒(ともに一般的表現)との間で行われる対話や作業を教育という言葉で語るのが普通だが、その意味するとことは大きく変化する。そしてまた、当然変化すべきである。日本では大学院まで小学校と同じ「教育」、つまり教科分けされた各科目において、その分野の知識をつけることを主な目的として”授業”(一般的表現)を行い、生徒も親も知識を計る各種テストや資格試験に対応できるような授業を期待しているようである。(補足1) 

 

この幼稚園から大学院までの各段階での“教育”のあるべき姿を考える。教育の大部分は情報のやり取りでなされる。そこで、教育を被教育者を中心にした情報の流れの方向で議論する。中学までは、主たる情報の流れは教師から生徒の一方向だろう。しかし、高校から大学に向かうに従って、その方向が双方向になり、大学院では学生の中から湧き出るという風に変化すべきなのである。 

 

つまり、生徒を中心とした情報の流れが、①先生=>生徒、②先生<=>生徒(補足2)、そして③<=生徒=>という風に変わるのである。この①の段階が通常議論の対象となる教育であり、③の段階が創造である(補足3)。③の段階を終了したものは、ある問題が提示された時、それが解決できる問題かそうでないかの判別ができ、解決できる問題については、ゼロから解決できるだろう。(ドイツの教育)①の段階を完全に修了したもので、②の教育を経験した者は、良き市民となり良き納税者となるだろう。良き市民は、社会に信頼という財産を蓄積できるだろう。(池上氏、佐藤氏の定義を満たす教育)

 

このように中学、高校までで①のタイプの教育を修了し、大学で②のタイプの教育(講義)を受け、大学院では③のタイプの知の創造(研究)が専門分野でできる様に、教育機関がそれぞれの段階を受け持つことを意識して対応すべきである。以上から、「教育の究極の目的は何か」と言ってみても、小学校と大学では目的は異なるので一言では言えない。幼稚園から大学院までのいわゆる教育機関と呼ばれるものを通して、あえて目的を定義するとすれば、それは「社会に有用な人作り」としか言えないだろう。

 

つまり、池上氏と佐藤氏の「教育の究極の目的」は、もともと高校レベルまでの教育について語っているのではないだろうか。二人の議論は、そこから米国の名門大学MITでの教育の話しに移行するが、それは「教育の究極の目的」として語られた部分からははみ出ていると思う。

 

西尾氏と川口氏との対談の中のドイツの教育であるが、西尾氏のいうように大衆の教育レベルが低すぎるとしたら、ドイツでも小学校から大学まで、同一の「教育の究極の目的」を探し、その答えに基づいて②のタイプの教育しているのではないだろうか。つまり、川口マーン氏がドイツの教育として指摘されたような教育を小学生のころからすれば、大衆一般の教育レベルは上がらないだろう。また、日本のような問題と答えを一組にしておぼえるような教育では、優れたエリートは育たないだろう。

 

補足:

 

1)人々は教育の自由とか大学の自由とか口ではいうが、日本の大学は学生や親の上記のような要求から自由ではない。

 

2)ハーバード大のサンデル教授の講義の様子を見れば、大学の教育がこのようでなければならないとわかるだろう。

 

3)この被教育者の周りの情報ベクトル場を考えた場合、③は情報が生み出されて被教育者から流れ出ることを示している。ベクトル場的に考えれば、知識ベクトルの被教育者のところでの発散がプラスの値を持つことになる。(小学校では発散はほとんどゼロで、高校以降で輪になって議論が起こる場合は、情報場の回転が値を持つことになる。)

SEALDSのデモやユネスコを利用した国際的デモ: 明確な意思をもった少数の隠れた結束はおそろしい

政治デモは、ある主張においてマイナーな政治勢力が自分の主張を世に問う際、街頭に出て視覚的に大衆に訴えることである。民主主義でオープンな社会である現代日本では、その様な方法で政策を国政などに反映しようとするグループは、所詮マイナーな勢力であることを十分知っており、組織的に感情に訴える方法をとる。民主主義社会の現代日本では、誰でもインターネットで自分の主張を論理的に冷静に訴えることができる。従って、街頭で行うデモの多くは国民全体の視点で見た場合、有害無益であると思う。(補足1)

 

インターネットで自分の考えを訴えるには、その資料を、冷静に文章を中心に作らなければならない。もちろん、動画で語りかける様に訴える方法もあるが、少なくとも訴える側とそれを受け取る側で、同じ感情が相互作用的に巨大化するという現象はない。

 

最近の日本のSEALSを名乗る人たちが、安倍内閣の安全保障法案を潰すために、国会前などで激しいデモを組織した。その際、「戦争をさせない」とか、「憲法9条を守れ」とかの短い標語をあげていただけで、そして、間断なく出されるシュプレヒコールは感情に訴えるだけで、当然のことながらそこには論理などない。現代のデモは、政治思想を共有するものがあつまって何かを訴える様子を、テレビを巨大なスクリーン付き拡声器として利用し、1億3000万人と3000人との間の壁を大衆の錯覚を利用して越えようとする行為である。

 

1億という数字は、数字に過ぎず視覚の対象ではない。3000人を目の前にすれば、その巨大な圧力は数字を圧倒する。目の前の無関心な人たちを含めた総数の人間とその3000人を無意識に比較して、国民の世論としての大きな位置をテレビで見る人の頭に誤って植え付ける。一部反日勢力は、それを利用して小さい火種を大きな火事にしようと扇ぐ。

 

明確な意思をもった人の隠れた結束ほど、おそろしいものはない。少数といえども、烏合の衆の中の禿鷹の様に、国家を破滅の方向に導くかもしれないのだ。全国ネットのテレビを抱き込めば、そして、新聞を支配すれば、その計画は実現する可能性が高くなる。

 

昨日報道された、従軍慰安婦とか南京大虐殺とかを利用してユネスコで宣伝する世界的な政治的企みも、規模が世界的という意味で新しいタイプの国際世論誘導である。世界記憶遺産に登録するというが、それは遺産ではなく、現在進行形の反日の政治活動である。世界経済の限られたパイを分配する人数を減らすために、ヨーロッパの一部勢力と中韓が結託して、ユネスコを丁度朝日新聞の様に利用しておこなわれているのだ。日本政府は、全力をあげてこの企みを失敗させなければならない。

 

補足:

1)     表現の自由などは当然確保しておくべきである。多くの政治デモは無益であるとの認識を持つことは、本当に我々の想像を超えたデモ、デモ以外に方法がない主張のデモを守ることにもなる。

中国の抱える問題:民主社会へのもがき
 
§1。冨坂聡氏の本「習近平と中国の終焉」を読んだ。それを元に自分なりに考えた中国近現代の本質についてまとめてみた。冨坂さんの中国を見る視点は、中国は経済だけでなく政治においても近代化を目指す努力をしてきたというものである。ところが、それらは全て失敗に終わっている。一つの体制から新しい体制へのスムースな移行は、歴史が明らかにしている様に、無理な様である。
 
文化大革命の冬の時代が終わり、春の雰囲気が鄧小平を中心とする中国にもたらされていた。その時の総書記は胡耀邦であり、総理は趙紫陽だった。この3人の所謂トロイカ体制は、国民の支持を集めて強大な支配力を有していた。
 
この春の時代に民主化要求デモが学生を中心に起こったが、それは天安門事件と呼ばれる武力弾圧で抑えられた(1989年)。急激な民主化が起これば、反体制派はそれを利用しようと動き出し、政権側に大きな打撃となると予想されたからである。そして、春を招いた鄧小平自身が、結局民主化の芽を摘み取ることになったのである。(補足1)
 
鄧小平後も同じ体制が今日まで続き、民主化は益々遠くなってしまった。保守主義は新たな挑戦が不要であるという点で、偉大な指導者を必要としない。また、保守政権が続くに従って、政治体制変換の困難さは益々大きくなる(補足2)ので、偉大な指導者が現れなければ、体制の変換は試みさえされないだろう。
 
§2。この体制にたいしてチャレンジをしたのが、薄熙来である。2007年の第17全国代表大会で、若い習近平と李克強が次期政権を担う地位につき、重慶市書記にしかなれなかった薄熙来には、政権を担う可能性はほぼなくなった(補足3)。そこで挽回を図ったのか、歴史に名を残したかったのかはわからないが、薄熙来が行ったのは重慶市での打黒である。
 
打黒とは黒つまりマフィア撲滅である。中国では、地方の権力者とマフィアが一体化して利益を独占する現象「警匪一家」が普遍的な問題である。その言葉が示す様に、警察と匪賊(マフィア)が一家の様な状態であり、本当の意味で撲滅するには、逮捕だけでなく裁判を異なった場所で行う必要がある。この異地裁判も一般的であり、薄熙来も徹底的にそれを行い、民衆からは将来の国家主席という期待が出てきた。
 
もう一つの運動は唱赤である。赤は革命歌を意味し、毛沢東礼賛の歌を唄おうという運動である。薄熙来は北京の長老たちに送ったつもりだったかもしれないが、それがネット社会の若者たちから思わぬ賛意を得て、全国に拡大し始めた。「打黒唱赤」:打黒は、格差と腐敗に満ちた現状を批判するものであり、皆が貧しく一般民衆には大きな格差がなかった毛沢東時代を懐かしむ唱赤と調和した(補足4)。ネット社会の若者は、大躍進運動や文化大革命などの大失敗と、その際の数千万人と言われる犠牲者のことなど十分知らないのである。
 
それを北京の次期政権を担う習近平らはどういう目でみていたかは想像に難くない。そして、薄熙来は北京の反撃で撃墜された。それを許したのは、皮肉なことに薄熙来も腐敗から遠ざかっていた訳ではなかったということである。それと対比されるのは、胡耀邦が死去した時の新聞記事に書かれた文章、「胡耀邦が自分の子供達に残した遺産で、金目のものはわずかに冷蔵庫だけだった」である。
 
§3 「トラ(老虎)もハエ(蒼蠅)もまとめて叩く」中国の習近平国家主席が中央紀律検査委員会の演説で言ったとされる言葉だ。その言葉がなぜ出てきたか、それは薄熙来の打黒運動を無視しては政権が大衆に受け入れられないからだろう。習近平は政権を握る側であるので、そのような捨て身の戦法を自分の信念として言い出すはずがない。というより言い出せない。なぜなら、習近平も薄熙来同様、海外とのつながりが強いトラだからである。
 
習近平の地位の上昇にともない、一族の利権も拡大した。そして一族の多くが数百億円という金とともに、外国籍を取得し中国を出ている。姉はカナダ国籍、弟はオーストラリア国籍、娘は在米でありグリーンカードを取得していると言われている。前妻はイギリスに逃げ、習近平夫妻だけが中国に残っている。
 
それらの事実が明らかにされる切っ掛けは、米國のインターネットに掲載された習近平一族の蓄財の様子を暴いた記事である。
上記ブルームバーグの記事(2012/6/29)は、現在中国本土では見ることはできない。 “虎も蠅もまとめて叩こう”と思えば、自分の一族こそ真っ先に叩かなければならないことがこの記事でわかる。
 
自分たち一族も例外ではないが、高い地位にいる者のほとんど全員が同様に蓄財しているので、ネット記事を閲覧できないようにしさえすれば、自分の権力掌握までに同じ手法で誰でも失脚させることが可能で、非常に便利である。それと同時に上述のように、ネット時代の若者市民たちの間に広がった動きを逸らす為には、薄熙来の打黒運動を継承せざるを得ない。
 
一つの体制からスムースにもう一つの体制に移ることは、極めて困難である。幕末期の日本は、諸外国の強力な圧力と天皇という受け皿があり、奇跡的に薩長の下級武士たちにより最小限の犠牲で革命が行われた。両方ともない中国に革命が訪れるとすれば、大きく巨大化しているだけに恐ろしいシナリオしか書けないのではないだろうか。

追補:(2019/5/8) 習近平のハエも虎も叩くは、一般国民の支持を得る方法というより、主に反対派(虎)を追放し権力を掌握する為の強力な武器となった。ハエを叩く目的と虎を叩く目的は異なるのである。4年前のこの投稿ではそのように理解ていなかったようである。
 
補足:
1)その春の時代の1968年、学生による民主化要求デモが北京で起こった。清華大と北京大という二つの名門大学の学生が合流して天安門広場に向かった。このデモに対して、毅然たる態度が取れなかった胡耀邦総書記は解任され、その約二年後胡耀邦は死去した。そして葬儀の日までに、学生たちを中心に天安門へ献花に向かう人数は10万人に達し、再び民主化要求デモとなり、そして全国に広がった。最初統制がとれていなかったが、その後デモ隊に改革派自由主義者が含まれる様になった。趙紫陽総書記は平和的解散を呼びかけたが、強硬派が大勢を占めるに至り、首都は麻痺状態になった。鄧小平は戒厳令が布告し、学生たちを武力弾圧した。
 
2)これは、憲法9条とそれに違反している自衛隊の共存、それを批判するだけで仕事になる野党と、ひたすら政権にしがみつく与党という日本の構図が長年変化しないのと似ている。そして国民は気づいていないだろうが、この野党も与党も一組で保守派だったのである。安倍政権は久しぶりに出てきた改革派政権であり、それに反対する民主党は従って(日本が潰れようが与党案に反対するのが役割だと誤解している)保守派である。
 
3)中国共産党の人事構造:共産党党員は8260万人、党大会代表2270人、中央委員205人、政治局委員25人、政治局常務委員7人、トップが総書記(35頁)。憲法に「中国共産党が国家を領導する」と規定されているので、共産党総書記が国家主席になり、政治局常務委員会が事実上の意思決定機関である。しかし、形式的には国家の最高意思決定機関は全国人民代表大会(全人代;その内200人ほどで全人代常務委員会を構成する、日本の国会に相当)であり、国家主席、中央軍事委員会などは全人代で決定される。2012年の共産党第18回全国代表大会(18代)で政治局常務委員の順位トップになった習近平が、国家主席になったのは翌年の全人代の時である。行政機関は国務院であり、そのトップである国務院総理(首相)は、国家主席の指名により、全人代で決定される。(以上、ウィキペディアを参照のこと。共産党組織と政府組織が複雑に絡んでいる。明確に説明して欲しかった。)
 
4)ピケティの本で「格差」が話題になったが、西側資本主義社会でも格差が拡大しており、再度マルクス主義を見直す動きもある。“貧しきを憂えず等からざるを憂う”(論語=>http://togetter.com/li/480521 )のは、人間の共通した感情だろう。


冨坂聡氏の本の内容を理解及び記憶する為に書いたメモです。批判等あればコメントしてください。