1)グリーンピースという国際環境NGO団体を名乗る団体がある。反捕鯨活動で良く知られているが、最近は沖縄に潜入し、辺野古で基地移設反対活動に参加しているという。時にはテロまがいのことをやる。クジラの命と人の命、辺野古のサンゴと日本国民の安全との優先関係すら頭の中にないのだから、一見幼稚な団体のようにも見える。しかし、本当に幼稚なのだろうか?
 
国際人権救援機構(Amnesty International)という国際連合と協議できるNGOがある。この団体は、1977年にノーベル平和賞を受賞した権威ある団体である。有意義な活動も多いので、時として応援したいような気にもなるのは、国際政治活動において力があるからである。これには元総理の佐藤栄作氏が参加したというから驚きである。https://ja.wikipedia.org/wiki/アムネスティ・インターナショナル
 
長期政権の間、この方が日本国のために自分の命をかける程のことは、ほとんど何もしなかったのも納得できる。何故なら、国家を背負う人間にとって、国際運動団体は要注視目標だからである。米国との核兵器持ち込みの密約をしながら非核三原則を国是とするような発言を何のためらいも見せずに行ったことも、納得が行く。
 
武藤正敏前駐韓大使が最近書いた本に「日韓対立の真相」という本がある。その中に、世界人権団体が慰安婦問題に深く関わっているという記述がある。そして、「今我々の価値観に照らして、慰安婦の存在が道義的に許されるのか」「許されないのなら、過去の行為であっても(人道に対する罪を日本が犯したと)認めるべきではないか」という言葉が彼らから帰ってくる、と書かれている(補足1)。
 
実際、2003年にアムネスティ・インターナショナルは、元日本軍慰安婦の人々の行動にたいする連帯を表明している。
それを紹介する文章の中に、“アイリーン・カーン事務総長は、従軍慰安婦の人びとが拷問と性奴隷 制の被害者となったとし、これは民間人に対する広範かつ組織的な人権侵害であり 「人道に対する罪」を構成するとし、時効等の法的な制限要素が当てはまらない、 と断じた。”と書かれている。
 
つまり、両団体とも極めて政治的な活動を、国際非政府機関という面を被って行っている。そして、「NGOだから公平に客観的に判断しているという予断」を世界の人々に与えることを隠れ蓑として利用し、国際世論を融資元の利益にそって醸成しようとしている。それは、現在の日本国に敵対するように見える。
 
2)グリーンピースは本部をオランダのアムステルダムにおき、アムネスティ・インターナショナルは英国ロンドンに、それぞれ本部を置いている。環境テロとも言われる活動をするグリーンピースと権威ある人権団体のアムネスティ・インターナショナルとを一緒に議論するのは、粗雑という批判を受けるだろう。敢えてそのような「(取られる)足をあげる」様な真似をする理由は、組織の基本遺伝子が似ていると思うからである。
 
活動資金の出所だが、グリーンピースの場合、元会長が、「ロックフェラー財団など50の基金が、原子力発電に賛同する一方で“環境保護に関心あり”というポーズのためにグリーンピース本部に資金援助している」と団体の資金源について内部告発を行ったという。https://ja.wikipedia.org/wiki/グリーンピース_(NGO)   (補足2)
 
アムネスティについては、「資金の調達のために、アーティストたちにボランティアで描いてもらったアートカードや便箋などのグッズや活動の内容を紹介する書籍、ビデオなどの販売を行っている」というものの、例えばアムネスティ・日本の財務報告によれば、事業収益は2300万円ほどで、収入の15%に満たない。その他寄付金の出所は、一般民にはわからない。会計検査を受けていても、それでは政治的背景は明らかにならない。(補足3)
 
3)これらの環境や人権を重視する意見は、先進国の一般市民には分かりやすいし、支持されやすい。西欧の民主主義を標榜する先進国は、民主主義国家としての長い歴史の中で、民主主義に欠ける戦略的部分を獲得する為に、多くのシンクタンクを作った。資本家などの社会の支配層はそれらへの出資を行う一方、それらから得た情報を元にして、自分たちが支配する政府への圧力団体の活動方針を企画しているだろう。
 
知的な層が厚くなったそれら先進国では、一般大衆に与えるのはパンとサーカスだけでは不足である。つまり、それだけでは反対勢力の誕生を許してしまう可能性が高いので、それを防ぐために人権と環境とを駆使する団体を、それらの中程度知的な人々の不満を投げ入れるバスケットとして用意したのではないだろうか。
 
日本国などの歴史の浅い民主主義国は、そのような重厚な多層的政治構造を持たない。その為、上記団体などの世論操作により、簡単に国論が分散させられてしまうだろう。それを如実に示しているのが、沖縄でのグリーンピースらの活動である。日本では相当知的な人でも、陰謀論を本能的に嫌う人たちがいる。宮家氏などの旧外交官は、その一角であると思う。彼らはテレビで活動しているが、その本当の目的はわからない。http://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/42023202.html
 
 
補足:
1)     武藤氏は、この世界の人権団体が何かについて明記していない。さらに、引用箇所の()内の言葉をわざと抜いている。この様に明言を避けるのは、日本の外交官の特徴なのだろうか。
2)     グリーンピース日本の財務報告では、収入源は主に寄付金であり、その約4割は本部からの支援金である。
 
3)以下のサイトに財務報告がある。
欧米の視点では、現在テロに対する戦争の90%位は、イスラム国との戦争と言っても良いくらいだろう。そして、イスラム国の殲滅を以って対テロ戦争は終結するという考え方をとるだろう。しかし日本国は、イスラム国のテロには絶対反対という行動をとるべきだが、イスラム国との戦争には拘るべきではないと思う。
 
イスラム国はテロの対象に日本人もいれている。そんな馬鹿なと思っても、日本国の総理がイスラエル国旗と日章旗が並ぶ会見場で、対テロ戦争への参加表明みたいなのをやってしまった以上、どうしようもない。

日本のマスコミは、連携してイスラム国は国ではないというが、イスラム国の州を名乗る集団が方々にできている現在、その重みを計り間違えてはならないと思う。仮にシリアの集団が消えても、その種子は方々に残る可能性が高いのではないのか。
 
中東のゴタゴタは、ヨーロッパ諸国の植民地支配の後遺症なわけで、その始末はヨーロッパがつけなければならない。丁度、日本が韓国にいじめられているのと相似形であり、パククネ大統領の提出した「加害者と被害者の立場は1000経っても変わらない」というモデルをスケールアップして考えれば良いと思う。http://www.j-cast.com/2013/03/04168068.html?p=all
 
 欧米が日本に味方などせず、むしろ韓国の慰安婦の強制連行説を支持して、日本の首を締めるのに協力している。それは、2003年にアムネスティ・インターナショナルの声明で明らかである。http://web.archive.org/web/20031005173947/http://www.incl.ne.jp/ktrs/aijapan/2003/0308080.htm
それはNGOでしょう?と言っても、裏に居て動かしているのは恐らく英国などだろう。
 
日本の政治家は質が悪く、戦後70年たっても未だに米国の占領政策が生き生きと日本国のDNAとして生きている。欧米が民主主義や人権などという洋服を着て、下に毛むくじゃらの体を隠しているが、日本は体毛などない体に薄っぺらい借物の民主主義浴衣を羽織っているだけである。そして、簡単に欧米のトリックに嵌って、イスラム国の共通の的にされてしまった。
 
イスラム国は欧米が作ったものであり、日本には関係がない。繰り返しになるが、日本はテロには反対するという強い姿勢で十分であり、イスラム国自体の存続の問題には関わる必要なないと思う。欧米には姿勢を変えたという印象は与えてはならないと思うが、それには政権交代を含めた政治家の知恵が必要だろうと思う。とにかく、戒厳令もしけない国での、伊勢志摩サミットとオリンピックが心配である。



1) ユネスコは、国際連合教育科学文化機関(United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization)である。ユネスコ憲章前文には、戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない。相互の風習と生活を知らないことは、人類の歴史を通じて世界の諸人民の間に疑惑と不信を起こした共通の原因であり、この疑惑と不信の為に、諸人民の不一致があまりにもしばしば戦争となった。」と書かれている。http://www.mext.go.jp/unesco/009/001.htm
 
ユネスコがこの宣言の下に活動をするのなら、多くの国で行われている他国を根拠なく賤しめる様な教育や広報活動の実態を調査し、その様な行いを止める様勧告すべきである。
 
最近、イスラム教信者による、自爆テロが頻発している。人が自発的に自分の命を賭して、他国を攻撃し他国民の大勢の命を奪おうとするのは、異常である。人は利害や思想では自分の命を捨てることは出来ない。そこには目標とする国やその宗教を含めた文化に対する強い憎しみがある筈である。
 
ユネスコは、他国やその文化に対する憎しみを自国民に育てる様な行為をなくす為、実際の力となる様具体的な活動をすべきである。その様な活動をこれまでどれだけ、どのように行ってきたのか総括し公表すべきである。世界遺産など、ミシェランガイド記載やギネス世界記録指定と変わらない様な活動のみをするのなら、国連下部機関としての存在意義はないと思う。 
 
日本国は、ユネスコへの活動へ、多額の拠出金という最も具体的な形で行ってきたのであるから、その様にユネスコに要求すべきである。
 
2) なぜ、このような当たり前のことを書くのか? 
それは、反他国の教育や活動を、歴史を穿り返して行っている国が隣にあるからである(補足1)。そして、その韓国の出身者がユネスコの上位機関である国際連合の事務総長であり、国連がその傘下を含めてまともに機能していないと思うからである。
 
また、そのユネスコが行っている世界記憶遺産への南京事件の資料登録(補足2)が、そして、次回の登録候補として、従軍慰安婦資料が検討される可能性が高いからである。これらのことは、あまりにも上記憲章前文の精神に反していると思う。
 
3) ユネスコは、宗教の違いを“諸人民の間に疑惑と不信を起こした共通の原因”にしない様活動すべきである。そのためには、宗教の自由は個人の自由であり、国家がある宗教を強制したり推奨したりするのは好ましくないことを、加盟国に確認すべきであると思う。イスラム国が反十字軍をテロ活動の口実にするのは、歴史を遡って宗教の対立を探し出し、その種子を復活させ木に育てようとする行為である。
 
私は人格神を持つ宗教の信者ではないのでよく分からないが、ユネスコはこのようなイスラム国の行為が論理的に間違っていることを証明する活動の中心になるべきであると思う。
 
繰り返しになるが:
ユネスコは世界から戦争の悲劇を無くする為に、根拠なく他国への憎悪を自国民に醸成するような教育などの活動、特に国家が前面に出て行うこれらの行為を、阻止すべく活動すべきである。それはユネスコの設立の趣旨の筈である。
 
 
補足:
1)     韓国は、日本に親しみを持ったとみなされた人を貶すため、親日人名事典を作成している。 そしてそれを、公立学校などに配布している。このような行為をユネスコは黙認するのか?http://news.nifty.com/cs/world/chinadetail/rcdc-20151109026/1.htm
 
2)     人類の歴史として共有できるような資料ならともかく、議論が定まっていないデータと資料を登録するのは、反日本の行為と言わざるを得ない。そのような登録が、憲章前文に宣言されているユネスコ設立の趣旨に合致しているのか、意見を求めるべきである。