昨日の産経新聞記者にたいする無罪判決は当然だとしても、その裁判の進行は異常であった。冒頭裁判官が、韓国外務省の日韓関係の悪化を懸念して地裁に善処を求める内容の量刑参考資料を提出したことを紹介し、その資料を読み上げたという(読売新聞12/18朝刊)。
 
判決と外務省の圧力との関係がどうであっても、その要請文を読み上げたのか不思議である。行政による司法への圧力を裁判所が明らかにしたことは、三権分立の観点から韓国の国家制度が未熟だということになる。この件、昨日のBSフジのプライムニュースでも議論されていた。
 
あるゲストから、”行政が司法に圧力をかけるのであれば、電話一本かければ良いではないか”という発言があった。それに対して、”電話一本では意見には沿いかねるので、もっと明確な形で提出してくれと裁判長が催促したのではないのか”という考えが、別の出演者からだされた。行政から無罪判決を出せというのなら、なぜ行政の一角にある検察に起訴しないように圧力をかけなかったのか?という意見も出た(補足1)。
 
検察が告訴したのは、韓国民への迎合であったのか、大統領府の圧力だったのか意見の別れるところである。しかし、今回の裁判へ進行を見ると、少なくとも有罪とする意向が国民一般にあり(補足2)、それを無視できなかったことがわかる。
 
裁判所が訴えた先は国民一般である。つまり、行政の圧力があったために、このような無罪判決を出したと、裁判長がこの判決に至った経緯を国民に公表し、”裁判所の罪”ではないと訴えたのである(補足3)。そして、この文書の公表無くして無罪判決を出せば非難されるのは裁判所であり、その結果、狂信的な勢力によるなんらかの被害が及ぶことを裁判長は恐れたのである。
 
この行政からだされた量刑参考資料読み上げという異常な出来事の解釈としては、それ以外には考えられない。
 
もし、行政に抗議する気持だけなら、毅然と無視すれば良い。なぜなら、そのような圧力に屈することは、司法の権威に拘り、且つ、裁判官としての名誉に拘るからである。しかし、韓国民一般に屈することは、一司法官の恥にはならない。それは、国民一般の意思は政府に優先するからである(補足4)。
 
以上から、反日は韓国の国是であり、池上さんが言及して一時問題になったように、「反日は韓国建国神話にかわるものである」が正しいことを証明している。
 
韓国との関係は、このような韓国民一般の考えを念頭において、考えなければならない。それは日韓の問題であるが、韓国自身の問題でもある。解決には少なくとも20年を要すると思う。なお、読売新聞の社説や編集手帳にこの件の議論があるが、この裁判官による「外務省からだされた量刑参考資料の読み上げ」についての解釈は、ほとんどなされていない。

補足:
1)検察が告発する段階では、大統領府も告発に賛成であったと思う。その後の国際環境の変化などにより、大統領府の考えが変わったのである。
2)有罪でかなりの量刑を望む意見が半数以上かどうかはわからない。しかし、狂信的に重い刑を訴える連中がかなりいるだろう。
3)裁判官自身は無罪判決が当然だと考えていた可能性の方が大きいと思う。なぜなら、司法の役割や三権分立については十分承知している知識人の筈だからである。それ故に尚更、この読み上げの件は異常なのである。
4)国民一般の感覚を裁判においても重視するのは当然である。それ故、裁判員制度が導入されたのである。しかし、法理に反する判決は普通は出せない。

補足追加: 対馬から盗難にあったの返還訴訟において、韓国テジョン地裁は、「日本側が仏像を正当に取得したということを訴訟で確認するまで、日本に仏像を返還してはならない」という決定した件も、同様に韓国世論に強制されたものだと考える。https://ja.wikipedia.org/wiki/対馬仏像盗難事件
この歴史を巻き戻すような判決が異常だと思わない知識人は、地球上にはいないだろう。しかし、そのような判決が現実に出たことは、今回の件と同様に考えると説明可能である。
もっとも、自衛隊が憲法9条第2項に違反するという判決が出せない日本の裁判所も同じような状況にあるのだろう。司法とは所詮その程度のものなのかもしれない。

古い題目だが、昨日のBSフジプライムニュースでゲストの曽野綾子さんが語っておられたので、書く気になった。フィリアは普通に好きであるということで、その言葉はphilosophy(知、つまりソフィー、を愛する)など、多くの英単語に生きている。アガペーは人間としての理性の愛であり、イエス・キリストの「あなたの敵を愛しなさい」の言葉で語られる愛である。
 
1)この「愛」の考え方については、古い思い出がある。
大学の教養課程の時、英語の教材がエリック・フロムの「Is love an art?」であった。テスト対策に邦訳を買ったが、その題名は「愛するということ」だった。授業を受けた後だったので、すぐに題名の訳が不十分(不適切)であることがわかった。Artという言葉が訳せていないのである。
 
英語の授業では最初に、このArtNatureに対する言葉であることを教わった。日本語では通常Artを芸術と訳すが、それを用いて「愛は芸術か?」ではフロムの本の題名としては誤訳になる。つまり、Artとは「人ゆえに持つ美しさの表現」の様な解説をされたと思う。そのArtを含む英単語にartificialがある。その和訳は「人造の」や「造りものの」となるが、あくまでもnaturalに対することばであり、安物といった日本語的感覚は元々なかった筈である。
 
つまり西欧には、「世界は、自然と人間という二つの空間に大きく分けられる」という基本的考え方があるのだろう。日本には、そして多分東アジアには、人間は自然の一部という考え方がある。オリジナルな神道(例えば御嶽信仰や白山信仰など)などはそれを明確に示している。

大学教養部の講義の中で現在まで残ったものである。専門につながる数学や自然科学以外では、この英語の授業以外はほとんど何も残っていない。
 
2)人間の空間を自然と明確に区別するのは、一神教と深く関係があると考える。エホバ神が創造した点においては、自然も人間も順番が違うが同格であるため、自然の下に人間を置くのはおかしい。従って、人間も固有の空間を持つことになる。私は、西欧人が現代の高度な文明を創造できた理由、つまり自然を人間が対象として解析し、それを用いて高度な文明を築くことができた理由が、そこにあると思う。アニミズムの世界に生きていては、現代のような文明など100万年かかってもできない筈である。
 
「愛」に話を戻す。人間と人間の間の感情には当然好意と敵意があるだろう。英語で該当するのが、PhiliaPhobiaであり、前者は語尾としてしか残っていないが「親しい」という意味で、後者は「恐怖心、敵意」を表し、単語としても語尾としても用いられている。これらは、化学分野のhydrophilic (親水的)とhydrophobic(疎水的)という言葉でもわかる様に自然界にも存在する。他に自然の中の異性愛として、エロスがあるが、それらは人間界特有の愛ではない。
 
そこで、人間界特有の愛としてアガぺーが持ち込まれたのだろう。創世記にあるように、神の形に作られたのが人間であるから、アガペーは人間界特有の愛であると同時に神と人間との愛でもあると思う。また、人間界は文明的空間であるから、アガペーは文明的な愛だと思う。
 
上記番組で曽野綾子さんは「理性の愛」と表現されていた。つまり、理性に照らして、義務として愛することである。それが、人間として社会をつくり、その中で充実した人生を作り上げる基本的栄養素なのだろう。

補足:曽野綾子さんの言葉で印象的だったのは、「私は人を信じません。」「嫌な人でも、その人を愛する人がするようにすれば良い。」などであった。私は曽野さんの言葉を以下のように解釈した。つまり、人間は神と違って不完全な存在であるから、本心を表に出してはいけない場合があるし、相手の方の本心を過剰に気にすることも慎むべきである。それらは人生において重大な失敗の原因となる。曽野さんは、西欧(キリスト教圏)の方々同様神を信じることにより、人にたいしては自由な接し方(つまり本心に拘らない接し方;大人の接し方)ができるのだろう。
 日本人が子供っぽいのは、怖れる神(自然神)を持っても、信じることができる神(人格神)を持たないことが原因だろう。
昨日12月13日の読売新聞の編集手帳に興味ある記事が掲載された。記事の一部を原文のまま引用すると:脚気を防ぐビタミンB1は農芸化学者の鈴木梅太郎が抽出に成功した。学会で発表したのが1910年12月13日だったから、今日は「ビタミンの日」だそうだ。

ビタミンの発見は化学会にとっても医学会にとっても重大事なので、英語版のウィキペディアで調べてみた。https://en.wikipedia.org/wiki/Thiamine
そこには、鈴木梅太郎の名前は全く出ていなかった。

そこで、英語と日本語のウィキペディアを中心にして調べて、互いの相違点などから真相に迫ってみた。幾つかの文章を読むと、世界中の研究者が激しく競争をしており、話は非常に複雑であることがわかった。日本では鈴木梅太郎の他に、何人も同じ狙いを持って研究していた人がいるが、ライバルとして都築甚之助が挙げられる。外国では、オランダのEijkman, ポーランドのFunkなどである。

先ず、「ビタミンB1を発見する」という言葉の意味をどう定義するかが問題になってくる。鈴木梅太郎が発見して1910年12月13日に学会発表した物質は、ビタミンB1を含む混合物であった。同時期か少し早く都築甚之助も、米糠からの抽出物を得てアンチベリベリンと名付けて市販している。その時代、鈴木梅太郎のオリザリンよりも良く売れたという。

西欧での研究であるが、E.B.Vedderが同時期(1910-1913)に米糠抽出物による脚気治療法を確立しているという。https://en.wikipedia.org/wiki/Beriberi#History
また、ポーランドの生化学者Casimir Funkは、1911年に米糠から脚気を防ぐ物質を取り出し、それは化学的にはアミン(amine)の一種であり、更にその物質は生命維持の上で不可欠である(vital)という意味で、vitamine (vital amine)と名付けた。

上記thiamine(ビタミンB1)に関する英語版Wikipediaでは、ビタミンB1研究に貢献のあった人で最初に出てくるのが、日本の軍医であった高木兼寛である。高木は、1884年に脚気の細菌原因説を否定して、白米食と脚気の関係に気づいた。そして、食事を改善することで脚気が防げることを示した。

ノーベル財団が脚気を防ぐビタミンの発見者としたのがオランダのEijkmanであった。Eijkmanは1897年、精米と脚気の関係を確認した。しかしその原因は、白米の胚乳に神経毒が含まれるからだと考えた。その後1901年に米糠成分との関係を確認したのは弟子のGerrit Grijnsであった。

純粋なビタミンB1(Thiamine)を1926年に結晶の形で得たのは、オランダのB.C.P. JanzenとW.F. Donathである。更に、米国のWilliamsがその化学構造を決定して、1934年明確に下図のような化学構造の物質がビタミンB1であることを示した。
 
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どの時点で誰がビタミンB1を発見したと言えるのか? 上の歴史を見れば、その複雑さが分かるだろう。

以上、ビタミンB1関係の文献から得た情報を列挙した。ノーベル賞受賞者がノーベル財団の主観で決められ、業績面で本当に優れた人を選んだかどうかはわからない。また、ふさわしい人は受賞者の何倍もいることがわかってもらえると思う。例えば、上記vitamine (その名前からvitamin、つまりビタミンという総称が生まれた)と命名したFunkは4度 (1914年、1925年, 1926年, 1946年)ノーベル賞に推薦されたが、受賞を逃している。

このような複雑な歴史があるにもかかわらず、日本では鈴木梅太郎と米糠から取り出したオリザリンが特別視されている。日本では、東京帝国大学教授で理化学研究所の創設者という地位が、事実まで歪めてしまうようである。