今日も青山さんの動画をみた。彼の説明はおかしい。
 
1)「北朝鮮が水爆や中性子爆弾の開発を行うなど、朝鮮半島情勢が流動的である。日韓が従軍慰安婦問題などで反目している場合ではない。そこでオバマ大統領が、日韓米の協力体制を補強するために、慰安婦問題の日韓合意を強く要請した」という説明だが、それだけなら話の筋は通っている。
 
しかし、イランが北朝鮮の核兵器開発に協力して、核兵器を手に入れようとしているというのが国際的に常識なら話は全くことなる。今回、米国はイランへの経済制裁を止めて、イランが海外に持つ12兆円の資金の移動を解禁する(した)という。そして、その一部は北朝鮮に流れると考えられる。 それが資金になって今回の実験も可能になったと青山さんはおっしゃる。(もちろん、米国は北朝鮮への資金供与は許さないと口では言うだろう)
 
北朝鮮の核開発へのイランの協力が国際常識だというのなら(青山さんはIAEAの人もそう考えていると言っているのだから)、イラン制裁を何故今やめるのか。米国のこれらの行動は、熊をつないだロープを切っておきながら、熊があらわれると危険だからお前ら協力して対処する準備しろと、言っているに等しい。
 
つまり、米国の支配層は、青山説とは別のことを考えている筈だ。
 
また、パククネ大統領に「慰安婦問題について、”いつまでそんなことを言っているのだ”と、日韓合意について強く要請(指導、強制)した」というのも疑わしい。日韓合意への圧力は、韓国よりも日本へ強かった筈だ。安倍さんが持論を変えてまで合意するのは、余程のことだろう。
 
今回の日韓合意で、日韓が本当に信頼関係を持つようになるか?効果は全く逆であり、日韓の間には不満がたまるだけだろう。アメリカはそんなことは十分承知している。アメリカは非常に巧妙に日本潰しと中国牽制をやっているのだろう。


北朝鮮の核など米国は怖くもなんともない。韓国や日本などどうでも良い。彼ら、米国を牛耳る人たちの考えは、東北アジア(日韓)の資本を手にすることや、中国の台頭を抑えることだろう。そして、日中韓の間に不和の種を十分撒くことだろう。

原点に戻れば、米国は北朝鮮を承認して、北朝鮮が核兵器開発などせずに、中国型の国になるような道を与えることができた筈だ。北朝鮮の核保持は、米国が東北アジアに蒔いた不和の種だろう。元々の方針は違っただろうが、ある時点から核保持を認めざるを得ないという形で北朝鮮に核兵器をこっそり持たせる道を米国は選択したはずだ
 
その時点とは、北朝鮮の初めての核実験のあと、ライス国務長官が日本に飛んできて、「米国は、日本を核攻撃から守る」と発言した後の日本の反応を解析した時だろう。つまり、日本は完全に平和ボケしていて、「北朝鮮が核兵器を持つのなら、日本も独自に持つ必要がある」と誰も主張しなかったからである。
 
北朝鮮の核兵器は、中国と北朝鮮との間に、そして日本と朝鮮半島の間に、解決できない深刻な問題として長く残るだろう。そしてそれも、米国のシナリオ通りのことだと思う。北朝鮮の核が中国の脅威になるか?については、田中宇さんのブログにも書かれている。http://tanakanews.com/g1024japan.htm
 
 
2)なぜ、米国は自国の経済が十分回復していないのにFRBに利上げをさせたのか。(補足1)また、何故世界経済の先行きが(FRBの利上げで)懸念されている時に、そして、原油安による産油国の金詰まりに対して追い討ちをかけるように、イランへの原油輸出への道を開くのか。
 
上記北朝鮮からの脅威を煽ること、FRBの金融政策、イラン原油輸出解禁の3つの政策は、共通の目的のもとに行われたのではないのか? 米国の支配層は、深いところで何かを企んでいるのではないのか
 
今日のMONEY VOICEというサイトで、英国大手銀行RBSが異例の警告「極めて深刻な事態、投資家は全てを売るべきだ」との記事が配信された。http://www.mag2.com/p/money/7118
 
その中に、「世界支配層の国境なき資本によって運営されている西側メディアが、こうした広範囲のキャンペーンを展開する場合は、ロスチャイルド、モルガンを始めとする、いわゆるユダヤ系国際銀行家集団が計画したシナリオに、狼狽した世界中の人々を引き込んで、崩壊をさらに大規模にしようという意図があるときである、ということです。」と書かれている。これら大手金融資本は英米を中心に存在している。
 
そこで思い出すのは以下の話である。
ワーテルローの戦いで戦局をいち早く知ったネイサン・ロスチャイルドが、ナポレオンが勝つというウソのうわさをロンドンで流したことがあげられる。イギリスの公債を売って暴落させ、底値で買戻して大儲けし、英国ロスチャイルド家の基礎をつくった。https://ja.wikipedia.org/wiki/ネイサン・メイアー・ロスチャイルド
 
補足:
1)朝早く目覚めれば、枕元の小型テレビでモーニングサテライトを見る。ここに出演する経済アナリストのなかで最も信頼できるのはJPモルガンの北野一氏である。北野氏は利上げは出来ないだろうと出演の際毎に、何度も言っていたのを思い出す。北野氏の予想通り、利上げで米国も世界も不景気風が吹くようになった。しかし利上げの決断は、ノーマルな領域以外での企みなら当然ありえるのである。

==素人の意見ですので、厳しい反論など期待します。==
1)NHK午前7時のニュースで性的マイノリティーへの差別を無くそうとする趣旨で、教育現場での実態と対策について放送されていた。性的マイノリティーに対して社会はどう取り組むべきか?未だ意見が収束するには程遠い。ましてや義務教育の中でかなりの時間を費やすべきかどうかも、統一的な意見は形成されていない。
 
一方、放送では愛媛県のある学校で、LGBTlesbiangaybisexualtransgender)に対する理解を進める教育が積極的になされており、それを学んだ生徒たちによる地域の大人達への周知活動が紹介されていた。要するに、LGBTの人たちへの差別はやめようという趣旨である。そこで私見を以下に述べる。
 
基本的な理解であるが、LGBTというのは性的障害である。他の障害同様、それが直接妨げにならない社会での活動において、個人の法的権利は当然認められるべきであり、例えば職場等での差別があってはならないと思う。LGBTの存在を教える必要はあると思うが、理解を新たに深める必要はなく、個人の権利に対する理解で必要且つ十分であると思う。
 
LGBTに対する配慮について特別に教育をする必要を発見した場合でも、まず社会の成り立ちの上での両性の存在、両性による結婚の意味を同時に十分教育することが必要である。現状、解決可能な権利侵害がないのなら、上記のように個人の権利に対する理解を深めることで十分であり、特別な教育は不要だと思う。
 
2)残る問題で象徴的なのは、トイレの問題である。上記教育の問題でも同じだが、何事に対する対策も有限な資源と時間の配分でなされる。従って、LGBT用のトイレを随所に別々に作る訳にはいかないだろう。作ったとしてもそこを使う資格チェックが無くても良いのか、犯罪頻発の可能性がないのかなど、問題が多すぎる。
 
従って、この不特定多数が出入りする空間での不自由は、一方的にLGBTの方の負担になるが、仕方がないだろう。つまり男性用トイレに外見が男性であるGayの人が入る際に抵抗を感じるとしても、女性のトイレに入ることはできない。Gayの人と女性的な外見の男性の区別が容易でない以上無理である。他人の権利を侵害する個人の権利は、民主主義社会には存在しない。
 
ほとんどの個人は、容姿や能力などで問題を抱える。しかし、それは個人の内部で解決するしかない。LGBTも上記個人の権利が保障されれば、残る問題は他の個人的問題と同様のものである。
 
3)次に同性間の結婚の問題である。同性の結婚を法的に規定して、両性の結婚に準ずる権利を与えることについては反対である。すでに、同性婚についての意見はブログに書いた。http://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/42533121.html
仮に同性婚を法的に規定するとした場合、どの程度の権利を与えるかについては、通常の両性婚の社会的役割について基本的なところから再度考え、それとの区別化が必要である。
 
つまり、結婚は次の世代を作り育てること、そして、その世代が前の世代の老後の面倒を見ることで、社会が人間的価値を維持したままで循環的に維持されていると言うことである。従って、結婚して子を産み育てることがノーマルな人生の形であり、社会がそのようなタイプのパートナーシップを支持するものでなくてはならない。
 
同性の二人が人生のパートナーとなる法的契約を新たに作ることには、それほど反対ではない。しかし、仮にそれを認める場合には、LGBTに限らず一般にパートナーシップ(特別な友人関係など)を認めるべきである。それに不都合があるのなら、新たにそのような法律を作る必要がないと思う。
 
典型的な問題の一つは、同性のパートナーシップを税制にどう反映するかということである。両性のパートナーシップ(結婚)と同等にすることは、逆差別である。なぜなら、両性で結婚したパートナーから生まれた新しい世代による老後の扶助を、子供の養育や教育の負担をしないで受けることになるからである。また、かなりの確率で、パートナーシップを偽装して贈与税を相続税にするような企み、あるいは脱税なども発生するだろう。

以上からLGBTに関する教育を行う場合、その存在についての理解と個人の権利保護の重要性についての教育以外には必要ないと思う。
韓国歴史の特徴は、何と言っても紀元前から大国中国に支配され続けたことである。19世紀になると、日本同様、西欧諸国やロシアが近づいてきた。日本はそれに備えて、明治維新から西欧の武器や兵の組織戦法などを研究して武力を整備した。しかし、李氏朝鮮は中国の属国状態でありそのようなことは必要性を感じても出来なかったのではないだろうか。
 
西欧諸国が遠方から来る目的は日本のような小さな痩せた国土の国ではなく、大陸であった。日本に期待するのは補給のための寄港と通商などであり、士気の高い武士と複雑な地形の中で戦うのは算盤にあわなかっただろう。その結果、薩長&下級貴族の勢力と幕府との戦いという内戦で、新しい体制に移行可能であった。更に、何があったかわからないが、http://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/42475174.html
奇跡的に国家の枠組みを市民革命も経ずに国民国家へと変え、近代的軍隊を持つことに成功した。
 
一方、韓国はロシアの南下に脅かされるも、長期にわたる中国の属国体制の中では、自力で軍の近代化など出来なかっただろう。キリスト教というつながりで、フランスや英国との同盟も考えたが、それも失敗した。結局、日清戦争でタナボタ式に朝鮮は独立し、朝鮮王から朝鮮皇帝になった(補足1)。それも束の間であり、十数年で日本に併合されて独立国でなくなったのである。
 
このあたりの韓国の歴史を見て、日本では李氏朝鮮をあたかも無気力政権のように云う向きもいるが、地政学的条件などを考えると、日本民族がそこにいても同じ状況だったと思う。何故なら、当時の李氏朝鮮の状況に現在の日本はそっくりだと思うからである。李氏朝鮮にとっての中国は、現在の日本にとっての米国である。
 
現在の日本は、明らかに米国の属国である。去勢されたような軍隊、自衛隊(補足2)、を持ち、もっとも強力な武器の保持は厳しく禁止されている。安倍政権と雖も、あの韓国に捏造された犯罪行為を、米国の圧力で白状させられる始末である。高麗が元の命令で日本国を攻めた文永の役(1274年)や弘安の役(1281年、朝鮮半島では夫々、第一次日本遠征、第二次日本遠征と呼ぶ)のように、南シナ海まで自衛隊が出かけるハメになるかもしれない。
 
補足:
1)1897年に独立門がつくられた。朝鮮王は朝鮮皇帝に格上げされ、これまで中国皇帝のみが行っていた祭天儀式を新たに作った式典用建物(園丘壇)で行った。
2)憲法上軍隊ではない。また、自衛隊は米軍の一部としてただちに行動できるように作られているらしい。(米国が世界の警察なら、自衛隊は世界の警察予備隊である。)

 

== 素人の意見ですので、辛口コメント歓迎します。==