元巨人軍選手、清原氏逮捕に関連したニュースが毎日テレビで報道されている。今朝も“特ダネ”で放送されていた。多くは興味本位の報道であり、品が悪いと思う。その報道を利用するのはちょっと後ろめたいが、報道された清原氏の言葉が気になった。スターであり多くの知人らに囲まれていた筈の彼が、「寂しい」と漏らしたというのだ。それが、覚せい剤との縁がきれなかった理由の一つではないかと思う。「人間は孤独な生物」投稿の切掛である。
 
テレビのワイドショウで屡々紹介されるのが、芸能界で有名だった人たちの孤独な死である。ここ数年では、大原麗子さん、飯島愛さん、淡島千景さん、山城新伍さんなどである。 http://www.zakzak.co.jp/entertainment/ent-news/news/20120319/enn1203191545006-n1.htm
孤独な死と対照的な追悼の言葉の虚しい響きに気づく人も多いと思う。(補足1) 
 
個々の人生を一般人で見るのは困難だが、芸能人の人生はマスコミで詳細に紹介される。周りに人が集まる芸能人でも、このような孤独な人生があるのだから、一般人なら尚更のことである。(追補1)

現代人は孤独である。いくら有名であっても、本質的に孤独であり、何時かはそれを実感するのだと思う。それは、科学的文化と経済の豊かさの享受と引き換えに支払った代償なのかもしれない。なぜなら経済的豊かさは、人と人の関係を希薄にする。それは、エネルギーが与えられた液体の水が蒸発して気体になるのと相似である。

19世紀の終わり頃、ツアラツストラ(ニーチェ)は「肉体が全てであり、精神は肉体の道具である」と言い、人の心から“超自然的”な神や仏の放棄を迫った。そして今年、嗅覚の鋭い人が「家族という病」という本を書いたように、家族というつながりさえ失いかけている。
 
その孤独感に起因する人の生態は、成長の途中にある学童たちの集りにおいて、より明確に観察されるように思う。独立した人格を持たない子供たちが持つ孤独への恐怖が、LINE(詳細は知りませんが。。)などにしがみ付くことや、虐めの共犯者となることを助長するのだと思う。
 
政治の世界でも、独立した人格が民主主義の前提である(補足2)。しかし、人間は完全には独立した人格を持たない。それは、人間が他の動物とは異なる点であり、社会性を持つことと等価であり、且つ、知性の源泉でもあるというのが私の持論である。http://rcbyspinmanipulation.blogspot.jp/2013/09/blog-post_2.html

孤独感は、人間が独立していないこと、つまり、幼児性を一生持つことから生じるとすれば、人間の宿命ということになる。この独立していないことが、自分を他人との関係において認識し(補足3)、且つ、両方とも世界において同等な存在であると意識する特異な能力の背景ともなっていると思う(これは独自説だろう)。
 
広い草原で狩りをするトラの姿には、独立した者の風格を感じる。しかし、成獣のトラにとって他のトラは(繁殖期以外では;補足4)、象やシマウマと同じく自分の生存の背景に過ぎないだろう。従って、トラは死ぬ間際でも寂しいという感情を持たないだろう。一方、のれんの中で酔っ払っている会社員のグループには幼児性を感じる。http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20120314/302385/?P=1
 
“スポーツ界に君臨したトラ”とでも形容できる清原氏も、本質的には皆と同じ寂しい人間である。
 
補足:
1)芸能ニュースに詳しければ、今年死亡した元スターの名を何人か上げることが可能だと思います。http://www.excite.co.jp/News/column_g/20120222/Asagei_3896.html
2)小沢一郎氏の著書「日本改造計画」に述べられている。
3)外の方向から自分を見る目、つまり自意識を持つのである。
4)孤独感は、集団生活で生き延びてきた生物が、個体で存在する状況が長く続くと持つ不安感が原因で生じる感情だろう。人間のこの他に依存する性質を、上では幼児性の残余と表現した。これも単なる言葉の定義を弄んぶことにすぎないかもしれない。

追補:1)2/10朝、上下の文章の繋がりを明確にする意味で追加。

=== これはあくまで自分のメモとして書いたものです。===
北朝鮮のロケット発射に対して、日米韓が国連決議違反だとして安保理事会に提訴した。北朝鮮に対する脅威として存在する国である米国と韓国が、その脅威となる政策を変えないで、その脅威に対抗する手段の開発に向けた準備を理由に、北朝鮮を非難するのは論理的におかしいのではないか(補足1)。
 
2006年に国連は加盟国である北朝鮮にたいして、同年行った核実験を非難し、核拡散防止条約加盟とIAEAの査察受け入れを要求し、それと同時に経済制裁を決議している(補足2)。この提案も北朝鮮がNPTに参加していないこともあり、何かおかしい。何故なら、1)核拡散防止条約に加盟していないで、核兵器を保有していると考えられている国が複数存在するからである。それらは、インド、パキスタン、イスラエルなどである。それにもかかわらず、これらに国々に対して、国連が非難決議や経済制裁決議したという話を聞いていない;2)韓国、米国、中国、北朝鮮は朝鮮戦争の当事国であり、その戦争が終結していないこと;などである。
 
つまり、北朝鮮を国家として承認しておらず、しかも朝鮮戦争の当事国である米国と韓国が、北朝鮮という国家を公的機関に非難要求する資格がないと思うのである。そして、国連をつかって北朝鮮を制裁しようというのは、国連を朝鮮戦争に巻き込む行為であると思う。
 
国連が行うべきは、朝鮮戦争の終結ではないのか。
 
なお、筆者は北朝鮮には何のゆかりもない、政治の素人である。そして、拉致被害者たちの命の心配をしている一人である。北朝鮮を追い詰め、日本が北朝鮮の敵国として明確になれば、彼らの命が危ないのである。拉致被害者の命は、日本に対する取引材料としての価値が保障している。そのことを拉致被害者の会の方々は承知しているのか?
 
上記議論が、何か論理的(感情的ではなく)におかしいというのなら、お教えいただきたい。

 

補足:

1)それが、日本が提案者に含まれる理由だろう。そのような役割を日本がしていることを韓国は理解しているのだろうか。

2)https://ja.wikipedia.org/wiki/国際連合安全保障理事会決議1718

これは日本が非常任理事国の立場を利用して主導的役割を果たしたと書かれている。

現在、日銀は年間80兆円の量的緩和を行っている。物価上昇目標2%というが、世界経済はグローバル化で物価が下がる方向にあり、それが逆転するとは思えない。したがって、物価目標2%は言い訳で、目的は単なる円安誘導のような気がする。そして円安誘導は結局日本国民にとって、貯蓄の目減りを意味し、損である。
 
海外で事業を展開している会社や海外に輸出する企業の株価は、円安で上昇し円高で下降する。世界最大の債権国である日本は、毎年一定量の外貨が円に両替されて国内に流入するため、当然円高に傾く。ただ、日本に滞留しても利を産まないため、その金が再び海外へ投資として向かえば、その円高は是正される筈(補足1)。
イメージ 1

 上図は過去40年ほどのドル/円レートを消費者物価(赤)、企業物価(緑)、輸出品物価(青)のドル円購買力平価と実勢為替レート(黒)である(出典は図内に表示)。過去黒田総裁以前のレートに相関性が高い曲線は、輸出品でのドル円購買力平価である。日本は輸出で外貨を稼いでいるならば、それが自然である。2000年以降ドル/円レートが上方に外れているのは、外貨取引における輸出品決済の割合が減少したことを意味している。企業の海外進出が進んだ結果だと考えられる。そのように考えると、2009年からは円高傾向は、2014年ころには是正されている(〜110円)と思う。
 
日銀は、2012/4~2015/4の間に通貨供給量を120兆から300兆に増加させている。この図で見る限り、現在すでに相当の円安であるから、マイナス金利などの異常な金融緩和は短期に終了すべきであると思う。日銀の円安政策は、国民の蓄えを実質的に小さくする政策であるから、企業の円安での業績改善は国民の蓄えを食って延命していることにすぎない。
 
ドル円レートは、中央銀行の通貨供給量から中央銀行当座預金残高を差し引いた額、つまり実際に流通している通貨量の比率(その図は修正ソロスチャートと呼ばれる)で良く説明される。現在日銀が行っていることは、市場に流通する通貨量を少しだけ増加させるために、通貨供給量全体(マネタリーベース)を異常に膨らませていることである。量的緩和を行っても、円の流通量増加になるのは一時的であり、ほとんどは結局日銀当座預金に溜め込まれることになる。
 
今年に入って、日銀は一定の量的緩和を続けているものの、ドル/円レートはむしろ下落している。これを石油価格の下落などの経済の混乱と関係付けて、“有事の円買い”という人が多いが、その効果はそれほど大きくはないと思う。有事の時には金価格の値上がりがあっても良いのだが、金価格は最近少し戻してはいるが、2013年からほぼ直線的に下がっている。
 
従って、最近の円高傾向は単に本来のドル/円レートに近づいているだけであると思う。日銀の国債買付けが市場から合法的に行われているとしても、国の財政規律を無くするおそれがある。現政権は実際その傾向にあると思う。国民は、この金融政策に対してそろそろ反対の声を上げるべきであると思う。
 
補足:
1)実際に企業の多くは、海外に投資している。製造業の多くは海外に工場を持ち、海外の経済発展に寄与している。今朝のモーニングサテライトでは、ミャンマーへの投資のほぼ半分は日本からのものであると紹介されていた。