思い向くままに、日本語論議を以下に書きます。つまらないかもしれませんが。。。
 
1)現在政治家がよく使うことばに、慙愧に堪えない、忸怩たる思い、矜持を保つ、遺憾の意を示す、などがある。これらの言葉は発言する方も相手の心に語りかけている様に思えないし、聞く方も単に頭上を越えるような感覚をもつと思うが、その様に感じるのは私だけだろうか?
 
つまり、日本語で語られる言葉には、現実から離れて“宙に浮く様な”不思議な性質がある。それは日本語文化の特徴であるが、その原因の一つには借り物の言葉である漢語を多く使うからである。

 

政治家がこのような難解な表現を用いる理由は、“教養を言葉で飾るように”喋って、有権者の評価を上げることが一つだろうが、もう一つの理由は、自分の心の中でその言葉がほとんど反響しないため、気分的に楽だからだ。
 
例えば、慙愧という言葉の意味であるが、辞書には:ざんき=自分の見苦しさや過ちを反省して、心に深く恥じること、とある。“自分の見苦しさや過ちを反省する”という言葉をそのまま話すことは、一応高いプライドを持つ政治家には至難の技である。つまり、これらの言葉は通常あまり使われないため、喋っても心に響かないのである。
 
また、何か悪事の証拠を示され追求された政治家は、決して「わすれました」と言わない。それは日常語でわかり易い為、発言する側から聞く側にストレートに伝わるだけでなく、その言葉が自分の心をも攻撃するのである。従って使う表現は決まって、「記憶にありません」或いは「失念しました」である。その言葉の意味は「わすれました」と同じだが、聞いた側を煙に巻くだけでなく、自分の心も重く沈まないのである。
 
しかしである。心の中で反響するのを感じつつ、相手に向かって言葉を発するのが、人間にとっての喋るということなのだ。
 
2)ここで、慙愧という難解語の誤用例を取り上げる。安倍総理が第一次内閣のときに、松岡農水大臣が政治と金の問題で自殺した件で、「慙愧に耐えない」と発言し、ネット上で話題になったことがある。
 
松岡農水大臣の件の詳細はウィキペディアなどに譲るが、それは安倍総理が心に深く恥じることではない。従って、慙愧という単語の意味を十分ご存知なく、誤用だったのだろうというのがネット上での結論である。http://techpr.cocolog-nifty.com/nakamura/2007/05/post_7d01.htmlなど)
 
慙愧という言葉の慙や愧という感じの意味を知っている人は、漢字検定一級を取った人以外にはほとんどいないだろう。総理大臣と言っても、知らない可能性は十分ある。財務大臣が未曾有や踏襲が読めなかったのだから。(最近では、北方領土担当大臣が歯舞が読めなかった。)
 
一般に言葉は、貨幣と同様社会のだれもが使えることが前提の筈である。従って、このような誤用の背景には、日本文化の中では「言葉は、自分の意思を相手に直接伝達するために用いられていないという了解があるようだ
 
3)日本の言語文化は不思議である。そして思い出すのが、幼少期に聞いた御詠歌やお坊さんが仏壇の前で読む経である。なんの目的であのような訳のわからない歌や漢詩にリズムをつけて歌うのか?(補足1)相手を意識して読んでいるのか?相手はだれなのか?
 
日本では、相手が一人の場合は、意思の伝達は本来以心伝心でなされることを理想とする。言葉を用いるのは次善の方法である。言葉を多く用いる人は饒舌な人物と軽蔑される。そして、寡黙は日本では誉め言葉である。何かの説得に言葉で応じると、「言葉じゃないのだ、態度で示せ」という風に軽蔑される。
 
相手が多数の場合は、改まった雰囲気で言葉を空間に電波のように投げかけるのである。聴く人はそれを受信機で受け取るのだ。その典型的な例は、何かの式などでの挨拶(スピーチ)や、街のあちこちに掲げられた「ゴミのない町、⚪⚪市」とかの掲示である。
 
補足:
1)般若心経の中の有名な色即是空&空即是色の是は、中国語のBe動詞であるので、集合の記号を用いると、色(形あるもの)空(実体のないもの)&空(実体のないもの)色(形あるもの)となる。これは色と空は等価であることとなり、単なる言い換えでなければ論理的に有りえない。(人は動物である&動物は人であるなら、人以外の生き物は動物ではないこととなる。)
宗教が生じた原因について若干考えてみたい。もちろん、素人なので戯言のように思われる方も多いと思うが、遠慮なく叩いてもらいたい。
 

1)人は生き残るために集団化した。そして、その集団(一つの部族)には動物の群れと違って、複雑な社会的構造と一組みの規範や習慣が存在する。その部族の安定的維持に中心的役割を果たすのが戦力と宗教であると思う。宗教の一大特徴は、死して天国あるいは極楽に行けるという教えであり、それは幼児からの”刷り込み”と強制で部族構成員が共有する(補足1)。

 

あらゆる宗教において、戒めを守れば死後天国に行けること保証するのは何故か。私は部族の戦力維持の為に、若者の命の供出が必要だからだと思う。つまり、部族(や民族)が戦う場合に当然死者がでる。その部族の為に戦って死んだ者こそ、真っ先に天国に入ることが宗教で保証されるべきだからである。

 

戦争に勝ち残る為には、若者が命を差し出すだけでは無理である。その宗教に対する信仰心で、部族の結束を強くする必要がある。そして、それら要求にあった最も優秀で説得力ある宗教を作った民族が、戦争を勝ち抜き生き残る確率が高くなるだろう。優秀な武器を作り、戦術を工夫する必要がある。従って、生き残る為には技術(や文化)の発展も大切である。武力と宗教と文化の三重の鎖の発展が、部族の生き残りの為になくてはならないと思う。

 

宗教の基本は、若者に命を部族の為に差し出させることであるが、それを合理化する為の道徳や規範、及びその説明に信憑性を持たせる為の部族の神話、更に(後の世で分離する)実用的な自然と社会に関する知識、などを含んだより高度なものに進化する。宗教の進化は、戦争などによる部族の淘汰で起こる。

 

生物の進化と部族の進化は相似であると思う。生物の進化では、頭脳や四肢などの個体の機能変化が起こるが、部族の進化は社会の組織化、宗教を含む文化の発展、軍事を含む技術の発展などを伴う。

 

従って:軍事と宗教は、ペアとなって他部族との戦争の為に生じ進化したと思う。

 

2)有史以来、人口は食料生産量で決まる。人も動物も食料が十分あれば、その数は幾何級数的に増加する。従って、下図に現れている近世の急激な人口増は、農業の発達などによって食料生産量が増加したことに対応している。

 
イメージ 1

上の図(内閣府のHPより)によれば、1世紀から11世紀まで、世界の人口はほとんど増加していない。従って、幼児の段階で死亡したり、疫病で死亡したりすることも相当あるだろうが、多くは飢えた部族間の戦争で命を落としたのではないだろうか(補足2)。人口増加の裏には、必ず農業の広がりと改良がある筈である。人口が急増するとき、戦争で死ぬ人間の数は減少し、軍備開発の停滞や宗教の堕落が起こっているだろう(補足3)。
イメージ 2

上図は考古学及び歴史学的に調査された、全死亡の内戦争でなくなる割合を示している。http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51795121.html

(池田信夫氏のブログから転載;原著、Steven Pinker著、The better nature of our nature

例えば、AD1325ころのSouth DakotaCrow Creek(一番上)では60%にもなるっている。西欧文明が入り込まなかった地域では、南北米でもオセアニアでも、最大60%、平均して20%程度の戦争死亡率である。一方、20世紀の世界では平均2%以下の死亡率しかない。

 

つまり、近代文明前までは戦争死亡率は非常に高く、従ってこのデータは上記仮説の背景を説明している一つの資料であると思う。

 

グーグルグローブを見ると、温暖で緑に覆われた土地は、アフリカ中部、インドから東アジア、それに中南米である。アフリカで生まれた現世人は全地球に広がったが、部族の生き残りの理由となった農業など新技術の発生・発展は、東西に広がったユーラシア大陸で起こった(補足4)。

 

そして、もともと肥沃な土地であるインドや東アジアなどの人口密度が非常に高い地域は、人のプールの様な役割を果たしただろう。つまり、干ばつなど自然災害が起こって世界中の人口が減少しても、その後その土地へ人を移動させる役割を果たしたと考えられる。そして、部族の境界が明確にできる、中東など砂漠地域やヨーロッパなどの寒い地域において、戦争と宗教と文化の三重の鎖の戦いと発展があったのではないだろうか。

 

3)日本での例:

日本で戦争死を救う役割を果たしたのは、明治維新以降では靖国神社である。自爆攻撃を玉砕と呼び、最後に靖国で会おうと言い残して飛行機に乗ったのだから、それに異論のある方は皆無だろう。

 

日本の神道も、アニミズム的なものから、朝廷の英雄である天照大神を祀る神道に進化した。そして支配層は、古事記のような伝説とともに、出来れば聖書としてまとめたかったのではないだろうか。そうなれば、天照大神は日本製の人格神となる(補足5)。

 

武士が支配した中世、江戸時代以前の武士の戦争での死亡率は相当たかかったのではないだろうか。その戦争での死の救済のため、武士道が出来上がったと思う。儒教や仏教などから作り上げられた武士道は、思想というより宗教だと思う。

 

補足:

1)哲学の方でも死や、霊魂不滅などは考察されるが、来世がアプリオリに仮定されるわけではない。http://www.edv-consult.com/drwolf/lang_ja/Essay/Philosophia_mortis.html

2)致命的な病気の多くは、農業の発展特に家畜の飼育により生じた。従って、先進国と接触しなかった上記2番目の図の民は、ペストなどの疫病で死ぬことはなかった。(ジャレド・ダイヤモンド著、「銃・病原菌・鉄」)

3)現在はこの時期だと思う。武器の発展が停滞していたが、今後の歴史の大転換に備えて、新兵器の開発が進む時期に入ったかもしれない。おそらく、兵器ロボット、ドローン型殺人機、地球周回型の攻撃基地などが研究されているのではないだろうか。また、月面基地は人類による最初の大規模な月利用となる可能性が高いと思う。

4)これも、「銃・病原菌・鉄」に記載された考え方である。

5)その神道聖書が編纂されれば、聖徳太子の17条憲法は聖書におけるモーセの十戒に相当する形で載ったかもしれない。

時事放談
 
今日の時事放談のゲストは、仙谷由人氏と片山善博氏であった。
 
北朝鮮問題
 
仙谷氏、「経済状況が非常に悪い中で、ミサイル開発に多額の金をかける金正恩を批判する」、そして、「北朝鮮の国民がかわいそう」という発言に全く同感である。更に、「米国の制裁強化という方針だけでは、泥沼から出られない」という意見にも、全く同感である。更に、「全てを盛り込んだone packageとして解決するしかない」との発言も同感だが、司会者の御厨氏がその詳細を聞かなかったことには不満である。
 
私のone packageは、「朝鮮戦争の終結、核兵器廃棄と核開発取りやめ、北朝鮮の現体制保障、日米韓の北朝鮮承認、日本の北朝鮮との基本条約締結と賠償の代わりに経済協力金支払い」である。そのためには日韓基本条約の改定が必要である。
 
片山氏の、「このような北朝鮮の状況は南沙諸島などでの(中国の違法な進出に対する)海外の批判を反らすことができて、中国にとって都合が良いのではないか」という考えもよく聞く。そして、「この問題は中国が中心になって解決すべき」という意見もよく聞く。
 
片山氏の後半の意見には反対である。問題を解決できるのは、米国である。また、前半の意見も偏っていると思う。中国にとって、北朝鮮は米軍との緩衝地帯として大切であるという考え方の方が事実に近いと思う。
 
宮崎・甘利問題
 
宮崎氏の件:こんな人しかいなかったのか?という意見で一致。
甘利氏の問題:片山氏、「事件屋とか示談屋の手口であり、政治家は気をつけるべきである。」仙谷氏の「民間からのクレイムの7割は難癖を付けて利益を得ようとするような類である。30%が考察に価するクレイムで、その1/3が役人側の間違いである」と。また、「事件屋や示談屋を利用しないで、もっと裁判所に解決してもらうのが良い」という意見に賛成。


甘利氏の事務所が保障金額にまで口を挟んでいたことが明らかになったという。古い政治がこの人にまで及んでいることにびっくりし、二世議員ばかりの政界ではこの種のことは表に出なくても、未だ日常のことなのだろう。
 
日銀のマイナス金利など
 
片山氏、「金融政策では本質的な解決はできない。日銀は、過剰に自分の役割意識を持つべきではない。金融政策決定会合の議事録の中身を出すべき」。
仙谷氏、「マイナス金利は銀行の経営を悪くする。ヨーロッパではあのドイツ銀行がおかしくなっている。マイナス金利は経済成長しないという宣言のようなもの。資本主義の破壊へ向かうような政策である」と、それぞれその通りだと思う。


どちらの発言だったかメモにないのでわからないが:「リーマンショックからの立ち直りには中国経済の発展が寄与した。しかし、今回発展途上国への期待はできないので、先進国が知恵をだすべきである」。 G7の役割であるが、英米の金融資本が何を考えているのか気になる。