朝鮮戦争終結を、60年以上経った今ようやく議論するのは誠におかしな話だ。ずっと前から、私はブログで北朝鮮をソフトランディングさせるべきだと書いてきた。また、具体的に国連事務総長が中心になって米国を説得して北朝鮮をなぜ承認しないのかと言ってきた。最近では、1月24日のブログ記事で、北朝鮮に核兵器を持たせたのはアメリカであると書いた。

今日のWSJの記事は、単に米国のアリバイ工作のようなものである。核兵器開発前に、朝鮮戦争の終結を考えておれば、北朝鮮の核の脅威は生じなかった可能性大であるし、拉致被害者の帰還も実現していただろう。
 
そして、飢えに苦しむ北朝鮮ではなく、ベトナム型の国が出来ていて、飢えなど無くなっていただろう。北朝鮮を承認せずに、東北アジアの紛争の種として残したのは、米国の犯罪的企みの結果である。
(朝のまどろみの中で、重力のことを考えた。何も新しい点はないが、見えない星の周りを我々の住む太陽系が周回していること、そして、天文学的時間スケールで考えて、突然巨大な星の近くを通り、大災害が起こる可能性なども0でないことなどである。)
 
重力波の検出が一時話題になった。そして、“国家が大規模投資すべき研究対象ではないのでは”という意見をブログに書いた。ただし、素人としての興味はある。何故なら、重力ほど近くに感じる力はなく、且つ、非常に不思議な力だからである。
 
重力は地球による引力のことであり、ニュートンの万有引力の法則で表される。二つの物体の間に働く万有引力(F)は、距離(R)の二乗に反比例し、および物体其々の質量(M1 M2とする)の積に比例する。つまり、 F=GM1M2/R2
距離の二乗に比例するということは、万有引力は距離にたいして緩やかに変化する力であると言える。(補足1)
 
物体の質量が体積にほぼ比例すると仮定すると、球でも立方体でも寸法 r(半径とか一辺の長さ)の3乗に比例する。一方、月が地球から見た天空に占める大きさは、その立体角(Ω)であるから、それは月の半径と月までの距離の比の2乗に反比例する。つまりΩ=r/R 
 
従って、遠くに見える小さな点のような星でも、それが地球を引っ張る力は、太陽からの力よりも遥かに大きい可能性がある(補足3)。ただしその場合は、点にしか見えない大きな星の周りをゆっくり太陽と供に回ることになる。


地球から見える月と太陽の大きさは、その立体角で比較することになり、それらはほぼ等しい。しかし、地球は太陽の周りを周り、月は地球の周りを周るのである。
 
一般には、楕円軌道の場合などもあるから、現在その兆候が無くても、将来巨大な質量の星の近くを周るときが来る可能性がある。その場合は、地上の生物は絶滅する可能性が高くなるだろう。
 
補足:
1)電気的なクーロン力はプラスとマイナスの電荷間の引力であり、それも距離のマイナス2乗に比例(つまり、距離の二乗に反比例)する。電気的に中性である二つの分子間にもファンデルワールス力という電気的な力が存在する。それは距離のマイナス6乗に比例する引力とマイナス12乗に比例する斥力の二つの成分からなる。ヘリウムなどの希ガスの液化はファンデルワールス力の存在により可能となる。
2)月までの距離Rで天空に架空の天井をつくると、その表面積は4πRである。月の半径をrとすると、月のその天井での断面積はπrである。月の占める立体角Ωは、Ω=πr/4πRr/R 
戦後総理の中でも長期政権を誇った中曽根氏が何を考えていたか知りたかったのだが、表題の本を読んだ理由である。しかし、内容が薄いという印象をもった。戦後日本を代表する元総理の一人が、日本政治を動かしたのがどのような力であったか、日本の世界における位置をどうかんがえていたか、将来の日本をどう予測していたのか、などを知る上で参考になるだろうと思って最後まで読んだ。
 
日本の戦後政治はGHQの日本改造計画を元に進められた。それは、旧日本を数領域に分断(南北朝鮮、千島、台湾、日本列島)し、強力な軍備は持たさず、愛国心を国民から払拭して、二度と強国として立ち上がれない国にするという方針である。
 
日本独立後も、米国の対日方針が統治方針から外交方針になっただけで、内容が変わったわけではないと思う。GHQの影、或いは、GHQの残像が強く日本政治に残ったはずだが、この自省録にはそれがいくつかの具体例に見られるだけであり、体系的な記述は全く見られない。
 
例えば、吉田茂総理が、「(GHQから日本に)与えられた憲法の改正、日本の安全保障を担当する自衛隊(軍?)の必要性、教育基本法の改正などを訴え、堂々と“自分の国は自分で守り、米軍は早く返す”と、まっとうな議論をやっていたなら、今日これほどひどい後遺症は残らなかったと思います」と書いている。それは吉田茂の怠慢なのか、無能さなのか、米国の反対があってのことなのか、何の議論もない。
 
また、現在(2004年)の世界の紛争の理解も、アメリカと一部の“ならず者国家”との間のものと捉えている(212頁)。ならず者国家というのは政治家としては安っぽい表現だと思う。それらの国が何故ならず者になったのか、何故ならず者に見えるのか、それに大国の影響などないのか?それらについても、何も書いていない。
 
昭和の大戦と明治憲法の欠陥については述べているが、その欠陥が放置された理由については言及していない。また、運用の間違いについて、「明治の元老が亡くなった」ことに丸投げしている。軍、特に陸軍の奢りについて、少しでも議論すべきである。憲法改正(改訂でなく改正と書いている)についても、「一生懸命に説明しても国民が理解しれくれない」「何故理解しれもらえないのか?これは人間の壁だと思い至ったのです」(248-249頁)という、貧弱な理解である。
 
憲法改正の必要性を国民に理解させる為になすべきことは、国民と日本政府の間に信頼感を築くことである。そして、それには昭和の大戦の再評価を徹底的に国内の問題として行うことだと思う。中曽根氏の個人的総括は32頁に書かれているが、貧弱だと思う。最初に、「皇国史観は通用しない」としているが、誰が皇室史観で戦争を始めたのか?(補足1)自分が開戦反対を軍艦上でいうには勇気が必要だと言っているが、海軍では大臣(米内光政)も次官(山本五十六)も英米との開戦は反対だった筈だ。
 
自分の政権を回想するという章であるが、外交に関しては米国の要求をほぼ丸呑みであったが、米国の要請は米国の保護国である日本は受け入れるしか方法がないと受け取ったのだろう。ロンとヤスの関係については、内外の政治家の評価のところで書かれている。個人として仲良くやるのは比較的簡単だろうが、国家を背負って仲良くなるは困難な仕事だと思う。単に米国の対外方針に理解を示し“イエス”というだけでは、仲はよくなるが、国家を背負ったことにならないと思う。
 
繰り返しになるが、何故、吉田茂元総理が、国家としての政治的骨組作りに着手しなかったのか?それらを大事と思わなかったのか?時期尚早と思ったからなのか、議論がないのは非常に残念である。鳩山一郎が憲法改正と日ソ交渉という政策を掲げて昭和29年の選挙にかった。その鳩山一郎の政策は、脱占領政策、吉田政治からの脱却という面を持っていたが、何故鳩山内閣が短命に終わったのかについても書かれていない。(補足2)
 
田中角栄失脚の原因として米国石油メジャーの絶大な力に言及しているが、どのような経緯で石油メジャーとロッキード疑惑が関係しているのか? とにかく、これがこの本で唯一政治を動かす深部に潜って存在する本当の力に言及したことばである(補足3)。
 
田中角栄だけではなく、鳩山一郎内閣にも、短命に終わった内閣の影に米国があったのではないのか? それにどう対処するかにアイデアを出さなければ、米国の属国からの脱却はできないのである。つまり、それらすべてに、米国の日本を二度と立ち上がれない国にするという基本方針が反映されていた筈であるが、その重要な点についてほとんど気がついていないか隠している。
 
中曽根内閣は、何かを行うチャンスであったにも関わらず、自分にできないことはやらないし、できるだけ長期間総理大臣を務めるという世俗的目的を最優先したのではないのか。
 
内政では国鉄、日本専売高公社、電電公社などの行政改革を成し遂げた話と教育改革できなかった話が主である。最後に、「教育改革を私の政権時代に実現できなかったことは、最大の悔やみと思っています。」と述べている。つまり、上記国家の枠組の問題はさしあたり、それほど大きなものではなかったと言っていることになる。教育改革など、国家の骨組がまともになれば、自然に解決するのだ。
 
この本は結論として、永田町の住民内の勢力争いに最も多く頁数を割いた、政治屋的回想録である。この本では、米国や中国をはじめ、世界は日本が働きかけるべき対象と言うよりは、永田町内ポリティックスに与えられた土俵のような感覚である。
 
補足:
1)大東亜戦争の総括として中曽根氏は5項目あげている。
①昔の皇国史観には賛成しない。②東京裁判史観は正当でない。③⑤あの戦争は、対英米と対中国&アジアで性格がことなる。対英米仏蘭に対しては普通の戦争だが、アジアに対しては侵略戦争だった。④動員された国民大多数は祖国防衛の為に戦ったし、一部は反植民地主義・アジア解放の為に戦った。(32頁)
2)日ソ国交回復(1956)後に、退陣している。体調なのか、何なのかわからない。
3)これには孫崎亨氏の「アメリカに潰された政治家たち」の中で、日中国交回復が真の原因だろうと書かれている。石油政策なら、当時石油政策にかかわっていた中曽根通産大臣(孫崎氏は当時、イラクから石油利権獲得に動いていた通産省の石油開発課にいた。)が無傷である筈がないと書いている。因みに、この本の中で、中曽根康弘氏は代表的な対米追随路線の政治家とされている。